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稲盛和夫「困難は愛が形を変えたもの」

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平成を代表する経営者・稲盛和夫。「利他の心」から発した数々の挑戦は、現在のKDDIの創業など卓越した成果を残している。そのエッセンスはどこにあるのか。稲盛氏を知る3人に聞いた。第2回は、側近中の側近といわれ、現在は日本航空会長補佐を務める大田嘉仁氏――。(全3回)

なぜ話すだけでなく行動で示すか

JALの再建に稲盛さんが乗り出された当時、社内には若手を中心に稲盛さんを歓迎する声もありましたが、幹部クラスに限れば懐疑論のほうが強かったと思います。しかし彼らも次第に心を開き、稲盛さんを中心に強い一体感のある会社になりました。再建2年目には営業利益が過去最高の2049億円を超え、再上場を果たすこともできたのです。

稲盛和夫氏

稲盛さんは、そのために何をされたのでしょうか。講演や著書で述べられているとおり、一言で言えば、すべての従業員に対する愛と感謝の気持ちを言葉にし、行動で示されたのです。

大事なことは、言葉と行動が一致しているということです。世間に立派なことを言う人は多いのですが、なかなか行動がともないません。そうなると逆に不信感が生まれ、モチベーションは下がります。ところが稲盛さんの場合は、言葉と行動が一致しています。だから懐疑派を含め、全社員の心が動いたのです。

たとえば、旅客機の座席や設備を交換するリノベーションの現場視察の際、稲盛さんが機外に出ると、真冬の寒さのなか60~70人もの整備士たちが整列して待っていました。案内役の本部長が言うには「会長にお礼を申し上げるため、待っておりました」。すると稲盛さんは、「お礼を言うのはこちらのほうだよ」と言われ、その場にいた整備士たちと順々に握手をし、一人ひとりに「ありがとう」と伝えたのです。

私はこのとき、一緒にいながらまさか稲盛さんが全員と握手をするとは思ってもいませんでした。しかし考えてみれば、「すべての従業員に感謝をする」とはこういうことなのです。このときだけではなく、稲盛さんは空港の事務フロアに行かれ一人ひとりに声をかけ感謝の気持ちを伝えられたこともありました。そうしたことの一切が多くの社員に伝わり、経営に対する信頼度を高めていったのです。

CAの方々との座談会を開催したときには、こんなことがありました。そのなかの1人が「ロンドン・オリンピックの日本人メダリストが、これまで応援してくれた人たちに感謝しますと記者会見で言っていましたが、私たちも常にそういう心を持って仕事をしようと思います」と決意を述べました。

最近のアスリート、とくにオリンピックの選手たちは、必ずと言っていいほど支えてくれた人たちへの感謝の言葉を口にします。とてもいいことだと思いますが、稲盛さんは「感謝」の本質をもっと深く考えなさいという意味で次のように言われたのです。

「何かしてもらったことに感謝するのはある意味で当たり前です。大切なのは、何もしてもらわなくても感謝の念を持つことです。見返りを求めるのでは本当の感謝とは言えません。みなさんは自分が礼を尽くしたのにお客様から無視されたり、横柄な態度を取られたりしたこともあるでしょう。しかし、それでもお客様を心の底から大切にして感謝するのが本当の感謝です。
『お客様から愛されるCAになりたい』と話した人もいましたね。それよりも、お客様を愛することのできるCAを目指しましょう。愛されようとしてサービスをするのではなく、家族に対する愛情と同じような愛情をもってお客様と接することのほうが大事です」

なぜ仕事でも死生観を大切にするか

稲盛さんは優しく教え諭すだけではなく、厳しく叱ることもあります。経営破綻にともない、JALでは費用のかさむパイロット候補生の訓練は中止され、彼らは地上勤務に就くことになりました。しかし子供の頃からパイロットを目指してきた彼らは、少なからず不満を溜め込んでいました。


そこで稲盛さんは、立食でのコンパを開き「再建が成功すれば訓練は再開できるのだから、まずは再建に向けて一緒にがんばろう」と諭しました。ところが彼らは納得せず、強い言葉で反論してきたのです。

稲盛さんが目指すのは、すべての社員が経営者目線を持つ全員参加の経営です。ところがこのときの彼らは、「早くパイロットになりたい」という自分の都合しか考えていなかった。だから稲盛さんは本気で怒り、激論になりました。

ところが議論をいったん終えると、稲盛さんは一転して優しい顔で、彼らにビールを注ぎ始めたのです。

稲盛さんはおそらく、若い彼らに「気持ちはわかる」と言いたかったのでしょう。あれほど激論した直後に、深い共感を示すことができるのですから、やはり器の大きさを感じさせます。彼らは素直にうなずき、その後、不満は聞かれなくなりました。

このような稲盛さんの行動のベースになっているのが、稲盛さんの死生観・人生観だと思います。稲盛さんは、日々の仕事に追われるようなビジネスマンでは決して思いつかない壮大な構想を折々に描き、実現されてきました。それができるのも稲盛さんには確固たる哲学、そして死生観があるからだと思うのです

たとえばDDIを創業したのは、官営企業による市場独占は国民のためによくないことであり、通信市場の自由化が決まったからには、巨大官営企業に挑む健全な競争相手がなければならないと考えたからです。国際賞として京都賞を創設されたことも、若手経営者をボランティアで育成する盛和塾を始められたのも、ひとつとして利己的な動機がなく、世の中の役に立つことを第一に考えています。だからまわりの人がついてくるし、大きな構想も実現できるのです。

かつて稲盛さんは、心理学者の河合隼雄さんと対話をされたときに「私は現世と死後の世界は両方合わせれば辻褄が合うようにできていて、現世で善きことを積めば、その分だけ死後の世界では報われるようになっていると思うんです」と述べられました。河合さんは「そうですね。人生は『死んだ後』のほうが長いですから」と笑って応えておられました。

たしかに「死後の世界」があるとするなら、死んでからのほうがずっと長いでしょう。そう考えると、短期的な損得を追い求めるよりも、長期的な視点から、まず善行を積もうという発想になるのです。こうした死生観を持つことで、利己的な発想から利他的な発想へ意識を変えることができると思うのです。

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