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で、あなたは「本当に自分の好きなこと」を知っていますか?

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「自分の好き」がオーラになって見える人もいる

 他方で、「自分の好きな仕事」がオーラのように立ち昇って見える人というのも、少数、いる。
 
 起業する人。
 コンテンツづくりに携わっている人。
 あと、一部の研究者。
 
 このあたりの職種には、「自分の好きな仕事」を全身からほとばしらせて働いている人が結構いるように思う。その「自分の好きな仕事」のかたちは様々で、「醸造に関係のある仕事がしたい」「SFに関係のある仕事がしたい」といった場合もあれば、「とにかく自分の力でカネをもうけたい」みたいな場合もある。ただ、とにかくそれが好きで好きでたまらなくて、一途に取り組みたいという意欲がオーラとなってメラメラ漂っているから、遠目にもよくわかる。
 
 趣味の世界には、これはもっと多い。
 たとえば同人誌即売会に出て来るオタク、特に自分で何かを作り、頒布したいと思っているようなオタクからは、少なくとも趣味に対するひたむきな「好き」が感じられる。好きで好きでしようがないがゆえにコンテンツを楽しみ、自分なりに咀嚼して、自分の思うようなかたちでその「好き」を他の人と共有したいという強い思いが、同人誌即売会に出てくるオタクからは滲み出ている。
 
 ネットでコンテンツを発表し続けている人にしてもそうだ。「あっこいつどうしようもなく『好き』なんだな」という人は、傍目にも明らかだ。インフルエンサーの猿真似をして、それを「自分の好きな仕事」だと勘違いして、半年後にはやめてしまう人々とは言動の質感がまったく違う。
 
 こうした人々が社会的/経済的に成功するためにはもちろん「好き」だけでは到底駄目で、才能や需要を読む目、セルフマネジメント能力、運、運、それと体力、悪くない実家などが必要だろう。いずれにせよ、「好き」というオーラを漂わせている人が実在しているのは確かで、そうした人々から各方面をリードする人材が輩出されることもあるだろう。  

「自分の好きなこと」は、現れることも、現れないこともある

 じゃあ、どうすれば「自分の好きなこと」がオーラとなってくっきり現れるのか?
 
 わからない。
 
 私が見知っている範囲では、「自分の好きなこと」が子ども時代から発露している人は少数のようにみえる。子ども時代に好んでやっていたことが、実は誰かに褒められるためのもので、本当に好きだったのは自分自身だけだった、という人も案外いる。こういう人が大成している例を、私はまだ知らない。
 
 思春期。この段階でもまだ、自分の好きなことがくっきり現れない人は多い。オタクのなかには思春期で十分に開眼し、ネットやイベントで頭角を現し始める人もいるけれども、こと、仕事の分野となると二十代の前半でも「自分の好きなこと」がぜんぜん現れない人は多い。
 
 そして中年期にもなれば、「自分の好きなこと」がくっきり現れた比較的少数の人と、そういったものが現れない比較的多数の人に分かれてしまう。
 
 繁華街で快活に酒を飲みかわすサラリーマンたちにしても、彼らは「自分の好きな仕事」をやっていると言えるだろうか。「自分の仕事も満更ではない」人なら、結構いるんじゃないかと思う。自分自身を仕事のほうへと寄せて、仕事も自分自身の適性や嗜好に引き寄せて、それで「好きとまでは言わないけれど、やり甲斐は感じられる」境遇にたどり着く人はどこの分野にも多い。たぶん、現代社会にうまく適応しているほとんどの男女は、そうやって現実と自分自身との折り合いをつけ、満更ではないアイデンティティを獲得して生きていく。少なくともこれまではそれで構わなかったし、私個人としては、これからもそれで構わない時代が続いて欲しい、と思う。
 
 だがもし、冒頭で安達さんが述べていたように「自分の好きな仕事」を見つけなければならない必然性が高まっていくとしたら、これは、えらいことだと思う。なぜなら、そんな風に「自分の好きな仕事」を見つけられる人は少数派で、なおかつ才能や運やマーケティング能力や実家の太さによってそれを実現できる人はさらに少数だからだ。
 
 「好きなことをしなければ豊かになれない」近未来とは、自分の好きな仕事を(自身の適性も込みで)見つけられ、なおかつそれを実現できるごく少数だけが豊かになれる、そうでない大多数は豊かさから遠ざけられる近未来だと、私は思う。
 
 そういう未来がやってきた時、才能や運やマーケティング能力や実家の太さに優れた人々が「自分の好きな仕事」で大活躍し、残りの大半が「自分の好きな仕事」はおろか、現実と自分自身の折り合いをつけることすら難しい、アイデンティティの獲得も困難な仕事へと追いやられるような世の中になったら……社会は、今よりもずっとたくさんの疎外に覆われることになるだろう。
 
 リンク先の安達さんも、そのような未来がやってきたら、うまく適応できない人もたくさん出て来るだろう、と予測しているが、同感だ。
 
 たいていの人は、そんなに「自分の好きなこと」をきちんとわかっていなくて、なんとなくお金が多いほうへ、なんとなく世間体の良いほうへ、なんとなく楽しそうで苦しくなさそうなほうへと流されて生きている。だから「自分の好きなこと」、まして「自分の好きな仕事」がわかっていなければならない社会なんて、ごく少数を圧倒的に利すると同時に大多数を疎外するに違いないのである──少なくとも私には、そんな風にみえる。
 
 「自分の好き」をそれほど自覚していない・自覚することもできない大半の人々が豊かさから遠ざけられる社会がやって来るとしたら、それは社会の進歩ではなく退歩ではないだろうか。私の価値基準のなかでは、どんなにテクノロジーが進歩しても、どんなに利便性が高まっても、なんとなく生きてなんとなく死ぬ人が疎外に苦しむほかない社会は、良い社会とは言えない。
 
 「あなたの好きな仕事をすればいい」「自由に好きなことをやればいい」という謳い文句は、少なくともある時期まで、たくさんの人々の自由度を高め、たくさんの人々の幸福の幅を広げてきたはずである。
 
 だが、いつまでもそうだろうか。
 
 現実の世の中には、なんとなく生きて現実と折り合いをつけてうまくやっている人がたくさんいる。他人やメディアが提示した生き方やワークスタイルを自分の願望だと思い込むしかない人もたくさんいる。本当に自分の好きなことを、自分自身の適性も踏まえて選び取ってみせられる人間なんてほとんどいない事を糊塗したまま、「あなたの好きな仕事をすればいい」「自由に好きなことをやればいい」とますます吹聴する世間のなかで、本当に私たちは、豊かさというやつにたどり着くことができるのだろうか。
 
 たとえばあなたは、「自分の好きなこと」を知っていますか?
 その「自分の好きなこと」で人生をちゃんとナビゲートしていますか?
 言語化・戦略化し、他人に語ってみせることもできますか?  

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