- 2019年07月26日 11:35
人間関係における「縦の関係」をなくし、誰もが対等な「横の関係」を結ぶべき - 第93回名越康文氏(後編)
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全身全霊で赤ちゃんは怒ってる
みんなの介護 「怒り」について伺わせてください。著書『自分を支える心の技法』での、「赤ちゃんは怒っている」という名越さんの仮説は非常にユニークですね。人は生まれてすぐ、泣き喚くことで母親を動かし、それによって自分の不快を解消させる術を身に付けてしまう。その際、原動力になっているのが怒りのエネルギーであると。
名越 僕の脳裏にその仮説が最初によぎったのは、もうずいぶん昔になります。
田舎の家の軒下のツバメの巣の中で親鳥に餌をねだるヒナたちを眺めていて思ったんです。「うわっ、この子ら必死だ」、と。「カワイイ」ではなく「必死」。
親鳥がくわえてきたミミズに我先にと群がるヒナたちの目はたしかに血走っていて、開かれたクチバシの奥から絞り出される啼き声は悲鳴のようでも絶叫のようでもあり、その時、僕は「みんな怒ってる」と直感したわけです。
続いて、僕は人間の赤ちゃんの泣いている様も観察してみたんですが、こちらもまさに全身全霊。「オギャー!」と鬼瓦のような形相で喉も張り裂けよとばかり。「ツバメのヒナも人間の赤ちゃんも、たしかに怒ってる」。そう、はっきりと確信したんです。
みんなの介護 思いのほかタフな弱者の生存戦略がきっかけだったんですね。しかし、名越さんはその戦略がのちに宿命的な過ちを招いたとも著書で語っています。
〈僕らのコミュニケーションは怒りによって他者を動かすというところからスタートしている。しかも、大切な相手であるほど、その怒りは噴出しやすいように宿命づけられている。そういう非常に不幸な生い立ちを持っているということを認めないと、心の問題は語れない〉(名越康文著『自分を支える心の技法』より)
まさにこの指摘こそ、家族介護が内包する爆弾の正体を言い当てているように思えてなりません。
名越 そうですね。家族介護は最小単位の「家庭」という閉鎖空間で行われていますよね。それでなくても自分勝手な欲求がむき出しになりやすい環境ですから、ドメスティック・バイオレンス全般に共通する問題が、そこに集約されていると思います。
理論を学ぶだけのアドラー心理学では意味がない
みんなの介護 そういった、欲望むき出しの介護環境を改善するための方策というのは、あるのでしょうか?
名越 すぐにできることは、家族に対する身勝手な怒りが湧き上がった瞬間の心の状態を覚えておくこと。そして怒りが再燃したら、必ずその場、その部屋から1分間で良いので離れるようにすることでしょうね。その間に随分心が静まるはずです。
それと、先ほど話した「縦の関係」を「横の関係」に変えてみること。ただ、「横の関係」というのはそう簡単には作れません。本を読んで理論を学ぶだけじゃ無意味。
当面、1年くらいはしかるべき指導者に複数回は講習を受け、その都度「あのときはああだった、こうだった」と振り返る。仲間内でも定期的に話し合う機会を持つ。そして2年目、各々の現場で2週間に一度の短いスパンで振り返りの演習を行なってみる。
そういう地道な演習を繰り返し、繰り返しやっていくと、ようやく「『横の関係』というのはこういう感じなのかな」と感覚が掴めてきます。
みんなの介護 どれくらい演習をすれば「横の関係」の極意のようなものが修得できますか?
名越 筋の良い人で2年(笑)。まあ、普通、3年はかかるんじゃないでしょうか。
ただ、ある程度身に付いたとしても、演習とフォローアップを怠っていると、すぐに心もとなくなってきます。
こういう話をすると、真剣にこの記事を読んでくれた人が脱力するかもしれませんが。でも、そういうものです。人間が変わるのには即効薬はありません。
僕としては人間関係の上で「縦の関係」より「横の関係」が素敵だということを知ってもらい、人生を有意義なものにするきっかけにしてもらえれば嬉しい限り。いずれにせよ、どんな形でも人の心のありようと向き合う時間を持つことは、決して無駄にはならないはずです。



