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なぜ格差は自己責任といわれるのか?社会学者・橋本健二氏に聞く 現代日本「格差社会」の歴史

近年、日本の政治課題のひとつとして挙げられ続けている社会問題「格差」。きっかけは2006年に「格差社会」という言葉が流行語となったことだ。

あかね書房が復刊した40年前の社会絵本「あしたのための本」シリーズの1冊『社会格差はどこから?』では、上流階級、中産階級、労働者階級という3つの階級について描かれている。本書の問題意識は当時のスペインの状況に基づいたものだが、ここ日本にも「階級」に注目し、格差問題を研究し続けている研究者がいる。

早稲田大学の橋本健二教授は、格差問題に関する著作を持つ専門家だ。今回は絵本の発売にあわせて、日本の格差問題はどのように語られてきたのか、話を聞いた。

流行語になるまで注目されなかった「格差」

—— 「格差社会」と言われて久しいですが、そもそも日本における格差はどのように表面化してきたのでしょうか

格差が注目されるようになったのはこの10数年ほどですが、日本がまだ貧しかった高度経済成長時代以前の時代には、貧困の問題はよく取り上げられていました。しかし、高度経済成長期に入り、都市と農村の格差も縮まり、労働者も豊かになってからは、格差があまり意識されなくなった。これが1970年前後です。このあたりから、格差について語られることが少なくなりました。

実際にデータを見ると、経済的な格差は1960年代から1970年代にかけて縮まっています。そして1970年代も半ばを過ぎると、日本人の約9割が自分のことを中流層だと思っているという調査結果が発表され、「日本は格差の小さい平等な国」だという認識が広まっていきました。

話を聞いた早稲田大学人間科学学術院教授の橋本健二氏

その後、1980年代になると格差が拡大し始めます。しかし、日本は平等な国だという思い込みのせいで、格差拡大の傾向について意識されることはなかった。また、バブルの時期になってくると、一部の土地や資産を持っている人が目立つようになってきて、新たな格差が生まれ始めます。ところがこの時代の格差というのは、普通の人はそれなりに豊かになり、お金持ちはとてつもなく豊かになるというものだったため、あまり問題だとは思われなかった。

そして、バブルが崩壊すると、人々の収入が上がらなくなって、一部では中高年のリストラ問題が注目されるなど、世間に漠然とした不安が広がり始めます。この1990年代あたりから、少しずつ格差に関する研究が注目されるようになったのです。そして1997年、銀行の不良債権問題を発端とした金融危機が起こり、日本経済の先行きが不透明になっていきます。その頃から、格差の問題を取りあげる新聞や雑誌の記事も増えてきた。その後、2005年になると、格差拡大の証拠となるようなデータが広く知られるようになり、国会でも取り上げられます。決定的だったのは2006年、格差社会という言葉が流行語になった。そこから一般的にも格差に注目が集まるようになりました。

つまり、元々あった格差が1960年代から1970年代にかけて縮小したのち、1980年代から格差が拡大しはじめていた。にもかかわらず、人々が格差の拡大を認識し始めるのはそれから20年以上後だったということが言えます。

—— 認識に大きなズレがあったということですね。このようなズレはなぜ生まれたのでしょうか

一部のマスコミやジャーナリストが、ときおりこの問題を紹介してくれてはいましたが、やはり専門家以外の目に触れにくかったということがひとつ。もうひとつは、人々が「一億層中流」という強力な神話を信じていたせいで、格差拡大という情報を真に受けなかったということがあるのではないかと思います。

格差問題はもはや「手遅れ」に近い

—— 認識するまでに20年以上もの差があるということは、格差解消を目指すのはすでに難しい状況になっていませんか

はっきり言ってしまえば、手遅れに近い状況です。格差拡大の最大の要因は格差拡大が始まったと同時に増えた非正規労働者です。これはバブル経済の時期に労働力が必要で、正社員を増やす以上に非正規労働者を増やしていたことに起因します。そしてバブルが崩壊すると正社員の雇用を控え、今度は非正規労働者ばかりを増やすようになった。

格差が拡大しはじめてバブルが崩壊するまでの間、最初は若かった非正規労働者たちが中高年になり、数も増えていた。バブル期に生まれたフリーター第1世代はすでに50歳代ですから、非正規労働者のままキャリアを終えるしかない人も多い。そうすると、財産や貯金、年金もないという状態で高齢期を迎えることになっていく。

—— 加えて、ロストジェネレーションといわれる層も存在しますよね。彼らもかなり人口の多い世代だと思いますが、そうした人たちの数が増えると日本社会にも影響があるのではないでしょうか

負の影響は大きいと思います。まず少子化です。フリーター第1世代に加えロストジェネレーションも40歳を過ぎていますから、すでに子どもを産み育てるのは難しくなってきています。このままいくと、人口のバランスが崩れたまま高齢化も進んでいく。この状況はもう手遅れというしかない。


—— 格差問題は頭ではわかっていても、普通に生活していると、なかなか見えにくいものでもありますよね

人の交際範囲は狭いので、仕事の上でも、生活の上でも同じような学歴、同じような階級の人とばかり会っています。たとえば大卒のサラリーマンだったら、周りも同じような人が多い。住宅地も、高級住宅地と貧困地域でそれぞれの層が固まって住んでいますから、会う機会は少ない。

また、今は服にしても日用品にしても誰もが大量生産品を使っているので、見るからにボロボロの格好をしている人というのもあまり見なくなりました。そういう意味でも見えにくいというのはあると思います。

—— 確かに、周囲には似たような属性の人が多い気がします

ただ、東京のあちこちを歩き回ってみたりとか、普段入らないような店に入ったりすれば、自分とは違う人がいるということもすぐに分かると思います。実際、都心でも貧困層が集中している地域というのはありますし、そのような地域の食堂や食料品店に入れば、自分たちが普段買い物をしている店とは全く違う相場のものばかり売っている店があることに気付けます。

豊かな人も、こうしたことを意識的に見ていく必要はあると思います。また、統計的な数字を見るリテラシーを身につければ、格差に関するデータというのはいくらでも手に入るので、その存在に気付けるようになるはずです。

なぜ格差は自己責任といわれるのか

—— 格差に対する世代間での意識の違いもあるのでしょうか

いまの若い世代は、学生の頃から格差社会という言葉があるので、存在は認識していると思います。時代的にも、自分の周りに就職がうまくいかず、非正規労働をしている人が必ずいるはずですから。

—— 就職、というのも格差を生む大きな要素ですよね

就職氷河期とリーマンショックのあった第二氷河期世代は、たまたま自分が学校を卒業した年の経済状況によって一生が決まってしまうという非常に理不尽な経験をしています。

そういう人達に対しては社会が保障をすべきだし、そういう世代が生じないように、企業の社会的責任として、雇用の機会をオープンにしていく必要があると思います。

——就職が難しかった世代については、「自分の身を自分で守らなかったのが悪い」というような自己責任論を言う人もいますが

自己責任論が根本的に間違っているのは、非正規労働者や貧困層が増えたのは、自分が招いたのではない社会経済の変化と、それに対応しなかった政府の失策によるものだということを見落としている点です。これは社会の側の問題で、自己責任論は社会の責任を免罪してしまい、被害者に責任を押しつける論理です。ただ、残念ながら浸透力が高いので、いまだにそういうことを言う人が出てきてしまっている。

また、うまくいっている人ほど、「それは自分が頑張ったからだ」と思いたいというのもあると思います。そういう人にとっては、格差に社会の責任を認めることが、自分の成功も社会状況によってたまたま生み出されたものだという、一種の自己否定になってしまう。これも自己責任論が蔓延する理由のひとつだと考えられます。

写真AC

—— いまの日本で問題とすべき格差はなんなのでしょうか

一番はやはり非正規雇用による所得格差の拡大ですが、その背後には、自分の生まれた家庭が豊かだったか貧しかったかという、機会の格差もある。家庭の貧富によって教育格差も生まれますし、親から遺産を受け継ぐことができるかどうかも変わってくる。これらが全くないと、格差を再生産してしまいます。

—— 格差の話をするときには、社会に責任がある派と自己責任派で対立が生まれているように思います。これらをどう乗り越えるべきだと思いますか

結局、自分の身に降りかかってくる問題だと考えられるかどうかだと思います。いま自己責任論を唱えている裕福なサラリーマンだって、その子どもは非正規労働者になるかもしれない。あるいは、年金をもらえると思ったら、ほんの少ししかもらえないかもしれない。退職したと思ったら家族が大きな病気をして退職金がなくなってしまうということだってありうる。そうなると、非正規で働かなければならなくなります。そういうことが自分の身にも起こるんだと思えば、無用な対立は生まれないはずです。

—— 最近の日本においては、余裕のある人ほど自己責任論を述べているような気がします

もともと、日本の高学歴者というのはリベラルな政治的立場で、経済的な平等を求めてきたという伝統があるのですが、最近は変わってきています。

伝統的な社会主義の理論によると、労働者階級が中心になるはずですが、日本の場合は平和運動にしても反原発運動にしても、政治運動にしても、高学歴な人が中心になってきました。ところが20世紀の終わり頃から、高学歴者・高所得者や新中間階級が保守的になり、リベラルな傾向が薄くなってきた。私が参加している調査では、1995年から2005年あたりで少しずつ変わって来て、2015年の調査ではさらにその傾向が強まり、格差拡大を肯定する比率が資本家階級とあまり変わらなくなった。

この原因は、かつては安定していたはずの立場の人たちも、経済状況によって自分の身が安泰でなくなったため、自分の地位を守りたくなったからではないかと考えています。つまり、自分のお金が貧乏な人に回るのは嫌だと。

——「貧すれば鈍する」というような感じでしょうか

全くその通りだと思います。だから、そういう人達はもう少しだけ想像力を働かせてもらって、自分の子どもや老後のことを考えたら格差は縮小したほうがいいし、最低賃金は上がった方がいいし、社会保障制度は手厚い方がいいということに気付いて欲しいですね。

最低賃金、生活保護…必要な社会保障は行き届いているか

—— 現状、格差をゼロにすることは難しいと思いますが、必要な施策はどのようなものになるのでしょうか

中高年の元フリーターたちに関しては、最低賃金を大幅に上げて生活を支えることが必要です。何十年もフリーターをやってきた人たちをいきなり正社員で雇えといっても企業は動きません。だとしたら、非正規のまま普通に生活できるだけの賃金を保証する必要があります。

いま、野党の一部で最低賃金を1500円まで引き上げるという動きがありますが、この金額になれば年間1600時間働いて年収240万円になり、なんとか生活ができます。これが夫婦2人だと480万円ですから、子育てもできるかもしれない。これが最も重要な施策です。

次に、これらの人たちが引退すると、今度は社会保障によってその生活を支える必要が出てきます。このため必要なのが生活保護制度の見直です。現在、生活保護の受給者は急速に増えていますが、実際には貧困層で生活保護を受けているのは15~20%ほどと低い状態です。

なぜそんなことになるかというと、自治体が生活保護を認定したがらないからです。生活保護制度の75%は国費で賄われていますが、残りの25%は自治体が負担しています。自治体の負担は地方交付税交付金の算定基準に入っているので、最終的には多くが国から戻っては来るのですが、それでも一時的に負担をしなければいけないので、自治体は生活保護認定を避けている。これを100%国費にすれば、自治体が住民の生活水準を向上させ、経済を活性化させるため、積極的に生活保護の認定をするようになると考えられます。

もうひとつの問題が、1ヶ月分の最低生活費を超える貯金があると生活保護を受給ではないということです。多くの貧困層は病気になったときや自分の老後のためなどの理由で貯金を取り崩したがらない。そうすると、いつまでたっても生活保護をもらえない。

—— 基本的には社会保障を手厚くするしかないということですね

こういうことを言うと財源の話になるのですが、それも所得税の累進制を高めるとか、現在上限が決まっている年金の保険料を撤廃するなどのやり方はあるはずです。私は、財産税として金融資産に課税することが最も効果的だと思っていますが。

みんなが自分の現在だけでなく、自分の子どもと自分の未来に想像力を働かせてくれれば、格差の縮小に向けて、最低賃金の上昇や税制改革、年金制度の改革についても合意できるのではないでしょうか。


社会格差はどこから? (あしたのための本)あかね書房 - Amazon.co.jp

プロフィール
橋本健二(はしもと・けんじ)
:1959年生まれ。社会学者。早稲田大学人間科学学術院教授。専門は社会階層論、階級論専攻。居酒屋に関する論考でも知られる。著書に『「格差」の戦後史――階級社会日本の履歴書』、『階級都市――格差が街を侵食する』、『新・日本の階級社会』、『アンダークラス ──新たな下層階級の出現』など。

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