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奇妙なアドバルーン

昨年の特許法改正に続き、今年の著作権法改正、と大きな改正が続いている知財業界だが、今年に入ってから報じられている“新しい改正の動き”には、どうも奇妙なものが多い。

以前ご紹介した意匠法改正の話*1に続き、15日付けの日経紙でも、これまでの審議会等での議論の中で何らコンセンサスが得られていない“一アイデア”が、あたかも改正の既定路線であるかのように報じられている。

「政府の知的財産戦略本部(本部長・野田佳彦首相)は、電子書籍で読める作品の数を増やすため、出版社に著作権に準じた権利を与える方針だ。著作権使用料という新たな収入源が生まれれば、出版社はこれまで紙でしか読めなかった作品の電子化をもっと進め、利用者にとっても便利になると期待している」(日本経済新聞2012年5月15日付け朝刊・第4面)

記事では、この「出版社への著作隣接権の付与」という方向性が「知的財産推進計画2012」の中で示され、来年の通常国会への著作権法改正案の提出も視野に入れられている、とされているが、果たしてそんなスケジュール感で進められる話なのかどうか。

「出版社への権利付与」については、文化庁の「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」で議論が続けられていたようであるが、結局のところ、今年の1月にまとめられた報告書*2では、

○以上の点を踏まえると、出版者への権利付与」を含む様々な対応について、出版者等の関係者が中心となり、当該権利付与や他の制度改正が電子書籍市場に与える全般的な影響について検証を行うことが求められる。なお、当該検証の実施に際しては、文化庁等の関係府省が必要に応じた助言を行うなどの支援を行うことが重要である。

○同時に、「出版者への権利付与」、現行の制度における対応及び他の制度改正に係る法制面における具体的な課題の整理等が必要であると考えられ、この点については、新たに専門的な検討を行うための場を設置するなど、文化庁が主体的に取組を実施することが求められる。

○その上で、電子書籍市場の動向を注視しつつ、国民各層にわたる幅広い立場からの意見も踏まえ、「出版者への権利付与」等の具体的な在り方について、制度的対応を含めて、官民一体となった早急な検討を行うことが適当であると考えられる。

と、賛否両論を受け止める形での玉虫色な見解が示されたのみであり、しかも、その後、日本漫画家協会が出版社の著作隣接権付与に否定的な見解を示すなど*3、出版社以外に積極的に法改正を主導するような動きがあるわけでもない。


上記検討会議の報告書によると、出版者(出版社)側は、以下のような根拠に基づき、著作隣接権の付与を求めているようである。

(1)「著作者の意向を正確に反映した出版者に主体的な権利処理を行うインセンティブが与えられ、出版物のより円滑な流通が可能になり、著作者の利益につながる。」

(2)「個々の著作者が対応せざるを得なかった権利侵害についても、出版者が自ら迅速かつ実効性のある実質的な対応ができるようになり、結果として著作者の権利保護に寄与する。」

(3)「出版者の投資回収の保護を図ることで、より積極的な投資を誘導し、電子書籍販売の伸張等、出版コンテンツの豊富な流通が実現できる。その結果、著作者の創作基盤が安定し、知の拡大再生産が実現していく。」

しかし、出版社の中には、権利処理や紛争対応もままならないような零細なところも多いのは周知の事実で、仮に権利を付与したところで、全ての出版社において、(1)、(2)のような効果が発揮できるかといえば、かなり疑わしい*4

また、(3)については、どんなに美辞麗句を並べたところで、「既存の紙媒体の書籍の売れ行きが伸び悩む中、電子書籍の市場拡大に乗り遅れつつある今の出版業界に、打ち出の小槌を与えてくれ!」というふうにしか、自分には読めない(苦笑)*5

日経紙の記事の中でも、ネット配信業者側からの意見として取り上げられているように、電子書籍・出版物の流通、ということを考えるのであれば、コンテンツにかかわる「権利関係」はなるべくシンプルな方が良く、従来のような「著作権者からの許諾」に加えて「出版社からの許諾」まで必要ということになれば、クリアランスコストが余計にかかるのは明白であろう。

その意味で、「電子書籍の流通促進」を新たな権利付与の理由として持ち出すのは、明らかに矛盾しているように思う。

もちろん、一冊の書籍が出来上がるまでの間に、出版社が、体裁面のみならず内容面に至るまで、大きな寄与をしているのは事実だから、単なる“出版元”という位置づけを超えて、著作物の流通に対してコントロールを及ぼせるようになりたい、という一部の大手出版社等の欲求は理解できなくもない*6

だが、そういった欲求を満たそうとするのであれば、著作隣接権ではなく、むしろ著作権そのものを著作者とどのようにシェアするか、という観点から議論を進めるべきだろうし、一冊の出版物に対する出版社の寄与度がどの程度なのか、ということは、それぞれの出版物によってまちまちなのだから、一律に法定された権利を付与するのではなく、著作者・出版社の相対の契約の中で、取り決めていくのが本来のカタチではなかろうか*7

おそらく、現時点では、意匠法改正以上に実現性が低い話だと思われるが、一部の議員等が絡んだ政治的な動きも若干出てきているようであり*8、今後の動きには注視した方が良いのかもしれない、と思うところである。



*1http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20120327/1333180270

*2http://www.bunka.go.jp/bunkashingikai/kondankaitou/denshishoseki/pdf/houkoku.pdf

*3http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20120403_523516.html

*4:本当にニーズが存在するのであれば、著作権者の権利の信託譲渡を受けて、侵害対応まで含めて対処できるようなJASRAC的権利集中処理機構の創設を目指した方が、よほど現実的だと思う((2)などは、漫画家協会が指摘するように、現実のニーズ自体がそもそも乏しいようにも思えるのだが・・・)。

*5:電子出版の時代になり、「出版」の主役としての地位を奪われつつある既存の出版社の焦りの裏返しのようにも思えてならない。

*6:それゆえ、出版社に対する権利付与を認めるかどうか、ということは、相当古い時期から議論されてきた。

*7:上記検討会議報告書の中には、「我が国におけるこれまでの出版契約において、出版者に対して著作権の譲渡等がなされている事例は少ないと考えられるが、こうした実態は著作者が著作権の譲渡等について消極的であることが一因であると考えられるとともに、当該実態を変えることは適当ではないとの意見があった。」という記載もあるが、これに続いて提案されているとおり、侵害対応やライセンス交渉対応を積極的に行うための「期限付き譲渡」や「権利共有(役割分担についても契約で規律)」といった方法であれば、著作者にとってもそんなに大きなデメリットがあるとは思えない。それよりもむしろ、著作者・出版社の間で権利行使等についての明確な整理を付けないまま、出版社側に一方的に権利を付与し、著作権者とは別個の理屈で自由に権利行使できる余地を与えてしまう(例えば、著作権者は出版元以外の会社がネット上に自分の作品をアップすることを認めているのに、出版元の会社が著作隣接権を行使してそれを差し止めるなど)方が、よっぽど弊害は大きいと思う。

*8:日本経済新聞2012年4月28日付け電子版には、「作家、出版社と超党派の国会議員らで構成する「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長:中川正春衆院議員)はこのほど、電子書籍の普及に向けた著作権法の改正試案をまとめた。」という記事も掲載されている。実際にこの超党派勉強会のサイト(http://www.mojikatsuji.or.jp/pdf/nakagawavol3.pdf)に行ってみると、「改正試案」というにはあまりにアバウトな内容にとどまっており、議員立法等で導入するにしても、まだまだ詰めるまでには時間がかかりそうな気がするのだが・・・。

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