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幼児と戦車

本日、以下のようなニュースを見ました。
this.kiji.is

たまたまこの前、息子が戦車のラジコンをほしいと言っていたのもあって、思ったことを書いてみます。

「はたらくくるま」と戦車

この手の「はたらくくるま」系の本は息子が幼稚園の頃何冊か持っていましたが、たしかにそこには自衛隊のはなかったと記憶します。機動隊のはあったような…。この本を実際に見ていませんが、報道のとおり、

全30ページのうち6ページで自衛隊の戦車や車両を取り上げ、中には潜水艦や自走りゅう弾砲など、車ではないものも含まれていた。

となると、「うーんそれはちょっとやりすぎ」というか「どうしてそうなった」という感じはします。批判が来るのもわかります。

「男児」はバトルが好き

さて一方、「男児」(ここを♂に限定するか大いに迷いがあり、「 」に入れたうえ、一番下にグダグダ書きます)を育てているほとんどすべての親は経験すると思うのですが、やつらは好戦的です。武器が好きです。棒をもてば剣とみなし、L字型のものは銃に化けます。格闘的な遊び(相撲とかプロレスとかレスリングとか)も好みます。

この前、遊びに行った先でラジコンをしている父子を見ました。「ああ、それアリですね」と思いまして、息子とふたりで検索して商品ページを見てみました。私としてはJeepとかランクルとかフォレスターとかその辺に行ってほしかったのですが、案の定、「戦車がいい!」と言いました。


www.youtube.com

妻に速攻で却下されていました──が、諦めているかどうかわかりません。

息子の気持ちは、かつて「男児」としてバトル好き文化に浸かっていた私には、よくわかります。

1980年頃の町のおもちゃ屋と戦争玩具

振り返ってみるに、1980年前後ぐらいの町のおもちゃ屋(私は1972年生まれです)には、兵器や武器があふれていました。「男児向け」コーナーの半分ぐらいは、広い意味で戦争がらみのものだったような気がします。

戦車、軍艦、戦闘機。
銃も流行ってました。コルト・パイソンとか44マグナムとか。
ガンプラ(ガンダムのプラモデル)が売れていましたが、ロボット兵器も大量にありました。
私は買わなかったけど、戦場系のジオラマもあったと思う。
城の模型も、まあ戦争カテゴリに入る。
空気銃もあった。BB弾のやつとか。町中の路上にはオレンジのタマが転がっていた。

今や、「町のおもちゃ屋」という存在自体がほぼ絶滅寸前なので、もう上のような風景がわからない世代が増えていると思うけど、いま40代以上の世代は、こういう文化のなかで育ってきました。30代はどうなのかな。わからない。もう私はその時期おもちゃ屋に行かなくなっていたから。

我々40代の男性は、これらの戦争玩具文化に養育された結果、好戦的な世代に育っているのでしょうか? 一部、そのままミリオタの道に進まれた方もいると思いますが、大多数はいつか卒業していきます。

現代子供文化の脱-戦争化

現代の子供の文化は、脱-戦争化が進んでいるなと思います。それは親たちの好みの反映でしょう。いまの子供の親は30代や40代で、特に多くの「男親」たちは自分の子供時代に上記の戦争玩具文化に多かれ少なかれ接触してきたはずですが、不思議なことです。私自身そうなんですから、私自身、不思議です。

子供向けの夕がたアニメとかに付き合っていても、「こいつらほんとに生身で殴り合わないなぁ」と思います。ポケモンも妖怪ウォッチもパズドラも爆丸バトルプラネットも遊戯王も、全部「代理バトル」ですよね。まあ、ボルトとかワンピースとか、生身で戦うのもありますから、全部とは言いませんが。(代理バトルは戦争じゃないのか、という問題もあるか)
たまたま今、地元のテレビではセーラームーンR[1992年~]やってますが、生身で普通に殺し合っていて、おお女の子なのに!とむしろ新鮮です。その前やっていたのが「アイカツフレンズ!」だったから、なおさらかもしれない。

戦車に触れると戦争好きになるのか

最初に戻りますと、当該の本のページ比率や潜水艦(車なわけないだろ)は変だと思いますが、子供たちの眼前からそんなに神経質に戦争(玩具)文化を取り除く必要があるのだろうか、と思います。

むしろ先に取り除くべきなのは、大人の世界のリアル兵器じゃないのだろうか、と思ったりもします。子供の目の前からいくら兵器を見えなくしたって、実際兵器はこの日本も含め、世界にあふれているわけで。日本は、自国の中の兵器を、なし崩し的に海外でも使えるようにしつつあるわけで。アメリカの超高額な戦闘機を気前よく爆買いしたりしているわけで。監視するならそっちが優先じゃないかなぁ。

幼児たちは、たぶん戦車に興味を持ちますが、その興味は知らない間に摩滅して、任天堂スイッチが欲しいと言い出すようになり、愛だ恋だに目がくらむようになり、しまいに親に何も言わなくなり、そして平々凡々たる大人になっていきます。

あんまり神経質に、検閲しなくてもよいのではないかと思います。
子供から大人への道筋は、単線じゃない。
表現を見ること読むことと、実際に行動を起こすこととのあいだには、ちゃんとギャップがある。
私たちはそんなに単純じゃないですよね。
あんまり厳しい検閲マインドは、社会の窮屈さの水位を上げるだけじゃないかなと思います。

「男児」をめぐる補足的注記

私は、性別の役割分業や、性に付随する文化的嗜好は、成長の過程で周囲の文化に接触して、養われていく、と基本的に考えています。ただ、ぜんぶ「周囲の文化」起源なのか、ということについて、子育てをするうちに考え込むようになってきました。単純に言えば、「生まれつき」なのか「育ち」なのか問題です。男の子は男の子だから生まれ持って好戦的なのか。それとも、周囲の男の子文化に接触するうちに、好戦的になっていくのか。

もちろんこの問題には、無視できない「例外」の問題もあります。戦争玩具文化にまったく興味のない男児がおり、逆にけっこうバトル好き、戦争玩具好きの女児がいる。かれらは「例外」なのか。そうではないでしょう。それは単に人数の比率からして「例外」といわれるだけで、彼らにとってはそれが「自分の普通」ですよね。他人と比べてどうこうは関係ない。男の子なのに戦車すきじゃないんだ?とか男の子なのにピングが好きなの?とか女の子なのに戦闘機に興味があるの?とか、本人にとって、大きなお世話であります。

男の子たちは、「概して」戦闘的だったり戦闘にまつわるものに興味を持ったりするようにみえる。自分自身や周囲の親たちとの意見交換、保育園での観察レベルなので、まあ「自分調べ」の域は出ないですが。この「概して」って、なんなんでしょうか。ヒトが生物である以上、身体にビルトインされた振る舞いってのは、あると考えるがむしろ自然かなと思います。ただ、どこまでが「生まれつき」でどこからが「育ち」なのかの腑分けが、すべての面においてできるわけはありません。

というわけで、この「生まれ/育ち」問題は興味深い問題ですが、(学問では別として)一般に追究してもにさして言いはないと思っています。混じっていくよね、それ、という当たり前の答えに突き当たる。
重要なのはとにかく、「男児だから●●」「女児だから××」という枠内に、個別の「その子」を押し込めるのは、やめてあげようね、ということでしょう。

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