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なぜ日本にはカネカ的企業がはびこるのか

育休をとった男性社員が復帰直後に転勤を命じられた「カネカ問題」。男性の育休取得が叫ばれてはいても、現実にはまだまだこうした事例が続きそう。男性学を研究する田中俊之先生は「日本にはまだ建前と本音がズレている企業が多い」と指摘します。企業がイクメンを応援できない本当の理由とは?


※写真はイメージです(写真=iStock.com/XiXinXing)

男性の育休や定時帰り 企業の本音は

高度成長期に出来上がった「男は仕事、女は家庭」という役割分業は、今や時代遅れと言われています。現在の日本は低成長期。父親の収入だけでは家族を養えず、フルタイム共働きの夫婦が多数派になっています。当然、男性も子育てに参加するようになり、企業もイクメンを後押しする姿勢を見せ始めました。

しかし、そうした姿勢はまだ建前の域を出ていないのかもしれません。最近、化学メーカーのカネカが、育休明けの男性社員に転勤を命じたとして話題になりました。カネカは「育休への見せしめではない」と否定していますが、結果としてその男性社員は退職しており、パタハラ(パタニティー・ハラスメント=育休を利用する男性への嫌がらせ)ではないかと批判が殺到しました。

育休制度は男女ともが利用できるものですが、カネカにとっては、決まりだから作った建前上の制度にすぎなかったのでしょうか。一連の流れを見る限り、本音では「男が育休をとるなんて」と考えていたようにも受けとれます。これはカネカに限らず、多くの日本企業に見られる風潮だと思います。

昭和を引きずった「定時」の定義

もう一つ、身近な例を挙げてみましょう。私の知人の男性は、育児のために頻繁に定時帰りをしていました。するとある日、女性の上司から「定時で帰り過ぎ」と怒られたそうです。本来なら、定時帰りする人とは“普通”の時間に働き終えて帰宅する人のこと。しかし、その上司は“最低限”の時間しか働かない人、と捉えていたようです。

1日の労働時間は法律で定められていますから、会社にはそれにのっとった制度もあるはずで、上司も知っているでしょう。ただ、それは建前上の制度として知っていたにすぎず、本音では定時=最低限と考えていたわけです。

この2つの例からは、日本の建前社会の気持ち悪さが見えてきます。口では男性の育児参加や残業削減をうたっていますが、本音は「男は家庭の都合で休んだりせず長時間働くべき」なのではないでしょうか。企業やそこで働く人たちの建前と本音の間に、今、大きなズレが生じているのです。

昭和の高度成長期と令和の現代とを比べると、男らしさの像は大きく変わりました。しかし、日本の企業風土や企業文化はまったく変わっていないように思えてなりません。変わったのは建前だけであり、本音の部分ではまだまだ昭和を引きずっていると言えるでしょう。

現実は仕事に身を捧げる人=デキる人

カネカ問題に対しては「今はそういう時代じゃない」という声も聞こえてきますが、現実に起きているということは、今はまだ「そういう時代」なのです。次の時代へと歩みを進めるには、まず一人ひとりが建前と本音のズレを正す必要があると思います。

では、なぜズレが起きるのでしょうか。私は、多くの企業の評価基準がいまだに「生活態度としての能力」に設定されているからだと考えています。これは、自分の生活のすべてを仕事に注ぎ込める能力のことで、1990年代に経済学者の熊沢誠さんが提唱した言葉です。

転勤も残業も嫌がることなく引き受ける人、つまり会社に身を捧げている人ほど、能力が高いと評価される。時代遅れに聞こえるかもしれませんが、この評価基準は今も多くの企業で変わっていません。転勤を断る、時短勤務やリモートワークを活用する。こうすると、評価が下がることが珍しくないのです。

男性の働き方が変わらない理由

この基準からは、「男は休んだりせず長時間働くべき」という、高度成長期に出来上がった日本社会の本音が透けて見えます。この本音を変えるのは生易しいことではありません。まず評価基準を変え、男性の働き方を変えた先に、ようやく本音に変化が起きるのではないかと思います。

女性の働き方は、専業主婦からパート、フルタイムへと変化してきました。産休や育休の制度もでき、仕事と育児の両立も可能になりました。女性の働き方は変わったのに、なぜ男性は変わらないのか。それは、女性の変化が企業にとって調整弁になったからです。

女性が労働力不足や育児との両立問題を解消してくれたおかげで、男性は働き方を変える必要に迫られませんでした。そのため、フルタイム共働き時代になった今も、男性は会社に身を捧げよと求められ続けているのです。

男女とも利用できる育休制度や、残業削減はとても意義のある取り組みです。これを建前上の制度にしないためにも、企業は「会社に身を捧げる人=能力が高い人」という評価基準を一掃すべきでしょう。建前と本音のズレは、この基準が消え去り、男性の働き方が変わって初めて解消に近づくのではないかと思います。

「どうあるべきか」と「どうあるか」の違い

建前と本音のズレについて、もう少し考えてみましょう。例えば、宿泊したホテルでお湯が出なかったとします。そんな時に「ホテルはお湯が出るべきだ」と騒いでも事態は解決しません。従業員はお湯が出ないという現実を見つめ、原因を探り、それを直すのが先決でしょう。

お湯が出ないという「現実=どうあるか」を見つめ、ホテルはお湯が出るべきだという「目指す姿=どうあるべきか」に近づけていくわけですね。これと同じで、男性も気兼ねなく育休をとれるようにすべきだ、定時に帰れるようにすべきだと騒ぐだけでは、何も解決しません。

私たちは、男性が育休をとっても転勤を命じられない社会、定時に帰っても注意されない社会をつくる努力をしなければなりません。現実はその逆であり、原因は先ほども言ったように、建前と本音のズレにあります。

まずは、皆さんに現実をしっかり見つめてほしいと思います。カネカ問題は、そのよいきっかけになるのではないでしょうか。そして目指す姿は、すでに制度ができており、男性の育休義務化も議論が始まっているので、誰もが建前としてはわかっている部分だと思います。

昭和上司だけの問題ではない

「目指す姿=どうあるべきか」に近づくためにはどうすればいいのでしょう。繰り返しになりますが、私からの提案は、第一に「生活態度としての能力」を評価基準から外すこと。多様な働き方をする人が共存する会社ではどんな評価が可能なのか、企業は今すぐ議論を始めてほしいと思います。

第二に、制度を建前で終わらせないように、本音の部分の意識を近づけていくこと。カネカ問題も定時帰り問題も、建前と本音が一致していれば起こらなかったはずです。これは“昭和上司”だけの話ではありません。日本では、女性も無意識のうちに「男は休んだりせず長時間働くべき」という考え方になりがちです。企業はもちろんそこで働く人たちにも、今こそ自らの本音を見つめ直してほしいと思います。

(大正大学心理社会学部人間科学科准教授 田中 俊之 構成=辻村洋子 写真=iStock.com)

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