記事

本当の友達は"嫌なら辞めれば"と言わない

1/2

職場の悩み相談に、「嫌なら辞めればいい」と返す人がいる。法政大学キャリアデザイン学部教授の上西充子氏は「親身になって考えてくれる人の言葉ではない。この言葉は相手の思考の枠組みを狭める『呪いの言葉』だ」という――。

※本稿は、上西充子『呪いの言葉の解きかた』(晶文社)の第1章「呪いの言葉に縛られない」の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/PeopleImages)

親身になって考えてくれる人の言葉ではない

「嫌なら辞めればいい」という言葉。これは、典型的な呪いの言葉だ。

長時間労働や不払い残業、パワハラ、セクハラ、無理な納期、無理な要求――そういう問題に声をあげる者に対して、「嫌なら辞めればいい」という言葉が、決まって投げつけられる。

たしかに辞めるという選択はある。けれども、辞めてすぐに次の仕事が見つかるとは限らない。次の仕事が見つからなければ、生活は行き詰まる。次にまともな仕事が見つかるとも限らない。だから、辞めるというのは、そんなに簡単に選択できることではない。

にもかかわらず、「嫌なら辞めればいい」という言葉を投げつけられると、その言葉は増幅されて自分に迫ってくる。「その仕事を選んだのはおまえだろう。辞めずにいるのも、おまえがそれを選んでいるからだろう。だったら文句を言うなよ。文句を言うくらいなら辞めればいいじゃないか」と。

だが、ひと呼吸おいて考えたい。「嫌なら辞めればいい」という言葉は、親身なアドバイスではない。親身になって考えてくれる人であれば、あなたが簡単に辞めることができない事情にも目を向けたうえで、言葉をかけてくれるだろう。

では「嫌なら辞めればいい」は、何を目的として発せられる言葉だろうか。

労働者に問題があるかのように見せかけている

「嫌なら辞めればいい」と言われると、「それができるなら苦労はしない」と思ってしまう。けれども、そう考えるときに、私たちはすでに相手が設定した思考の枠組みに縛られているのだ。

「嫌なら辞めればいい」という言葉は、辞めずに「文句」を言う者に向けられている。他方で、その言葉を投げる者は、長時間労働を強いる者や、残業代を支払わない者、パワハラをおこなう者、セクハラをおこなう者、無理な納期を強いる者、無理な要求をする者などには、目を向けない。そもそもの問題は、そちら側にあるのに。

だから、「嫌なら辞めればいい」という言葉は、働く者を追い詰めている側に問題があるとは気づかせずに、「文句」を言う自分の側に問題があるかのように思考の枠組みを縛ることにこそ、ねらいがあるのだ。不当な働かせかたをしている側に問題があるにもかかわらず、その問題を指摘する者を「文句」を言う者と位置づけ、「嫌なら辞めればいい」と、労働者の側に問題があるかのように責め立てるのだ。

不当な働かせかたという問題の本質を背景に隠し、「なぜ辞めないのか」という問いの中に相手の思考の枠組みを固定化しようとする。「嫌なら辞めればいい」は、そのような「呪いの言葉」だ。

「相手の土俵に乗せられない」ことが大切

このように「呪いの言葉」は、相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意を持って発せられる言葉だ。

だから、呪いの言葉を向けられたら、その言葉に搦めとられないことが大切だ。「辞めればいいと言ったって……」と考え始めた時点で、あなたはすでにその呪いの言葉に搦めとられ始めている。

では、搦めとられないためには、どうすればよいだろうか。大事なのは、「相手の土俵に乗せられない」ことだ。「相手の土俵に乗せられている」と気づいたら、そこから降りることだ。

そのことを私に教えてくれたのは、カスタマーセンターの仕事に関わりのある人だった。カスタマーセンターには、理不尽にクレームを言いつのる電話もかかってくる。そういう電話に真正面から向き合っていると、メンタルを病んでしまう。だからカスタマーセンターでは、正当な要求といわれのない要求を見極めたうえで、正当な要求はきちんと受け止め、悪質クレームについては、相手の土俵に乗せられないように、心理的に距離を置きながら対応するのだという。そういう心構えが、私たちにも必要なのだ。

「答えのない問い」への対処術

「相手の土俵に乗せられている」状態を考えるうえで、思想家の内田樹が重要な示唆を与えてくれている。どのように答えても「誤答」になってしまう「答えのない問い」が相手から発せられたときの対処術は、「問いの次数を一つ繰り上げる」ことだと内田は語る。

たとえば「どうして負けたんだ?」と野球チームの監督が部員に問う。あるいは別れ話を持ち出したときに「私のどこが気に入らないの?」と彼女が問う。そういったときに、その言葉を投げかけられた側は、どのように答えても「誤答」になってしまう状況に追い込まれる。

そういうときには、「ひとはどのような文脈において『答えのない問い』を発するのか?」というふうに、問いの次数を一つ繰り上げよ、というわけだ。そして、内田はみずからその問いに答えてみせる。

ひとが「答えのない問い」を差し向けるのは、相手を「『ここ』から逃げ出せないようにするため」である。

と。

問いを発する人が「支配する場」から逃げる

「多くの場合、『答えのない問い』は相手に対して権威的立場を保持し続けたい人、相手を自分の身近に縛り付けておきたい人が口にする」のだ、とも内田は語る。そのうえで内田は、可及的すみやかに、その問いを発する者が支配する場から逃げ出すことが正解だとする。

相手を出口のないところに追い込んで傷つけるために発せられるこのような「答えのない問い」も、「呪いの言葉」と言えるだろう。ならば、呪いの言葉が投げつけられたときの対処術は、「なぜ、あなたは『呪いの言葉』を私に投げるのか」と問うことだろう。そして、「あなたは私を逃げ出せないように、縛りつけておきたいのですね」と問い返すことだろう。

自分を縛ってくる者に対して、実際にそう問い返すことは身の危険を伴うかもしれない。けれども、心の中でそう問い返すことによって、呪いの言葉を投げつけられた者は、その言葉の呪縛から一時的にせよ、精神的に距離を置ける。呪いの言葉の呪縛の外に出られる。

呪いの言葉の呪縛の外に出ることができれば、柔軟に考え、行動することができる。「嫌なら辞めればいい」という例に戻れば、それはつまりは、「文句を言わずに働け」という圧力なのだと、理解できる。そして、不当な働かせかたを押しつけてくる相手こそが悪い、と問題をとらえなおすことができる。

さらに、その不当な扱いにどう対抗できるかと発想を変えることができる。労働組合に相談する、公的な相談窓口に相談する、弁護士に相談する―そういうことは、発想を変えて初めて浮かんでくる選択肢だ。その相談から、具体的な状況改善の糸口が見えてくることもある。

あわせて読みたい

「労働」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    安倍嫌いでも協力を 医師が訴え

    中村ゆきつぐ

  2. 2

    反権力は正義か マスコミに疑問

    BLOGOS編集部

  3. 3

    満員電車ゼロ 小池知事は今やれ

    藤田孝典

  4. 4

    タバコで新型コロナ重篤化の恐れ

    BLOGOS編集部

  5. 5

    現金給付案に自民議員からも批判

    山田賢司

  6. 6

    日本の補償は本当に「渋チン」か

    城繁幸

  7. 7

    キスも…慶応研修医の集団感染

    文春オンライン

  8. 8

    布マスク費用への批判は大間違い

    青山まさゆき

  9. 9

    コロナ患者かかった病院実名公開

    PRESIDENT Online

  10. 10

    高学歴女性がグラビア進出する訳

    NEWSポストセブン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。