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『天気の子』が照らした、社会システムの内と外

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 ※この文章は『天気の子』のネタバレ内容を含みます。映画館でまだご覧になっていない人はご注意ください。

新海誠監督作品 天気の子 公式ビジュアルガイド
作者: 東宝,コミックス・ウェーブ・フィルム,角川書店
出版社/メーカー: KADOKAWA
発売日: 2019/08/09
メディア: 大型本
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 新海誠監督の2019年の新作『天気の子』は、賛否があることを承知のうえでつくられた作品と耳にして、とりあえず期待しながら雨の日の映画館に向かった。
 
 なるほど、こういう作品が許せない人はいるに違いない。少なくとも『君の名は。』と比べて賛否のわかれるの物語だろう。それだけに、この作品をこういうかたちでリリースしたことに感心した。
 
 意表を突かれた、とも思った。
 あれだけ売れた『君の名は。』の次に、こういう作品をぶつけてくるとは。
 
 なんにしても、『天気の子』を2019年の7月に映画館で見れたのは幸せな巡り合わせだと思ったので、自分の所感を書き残しておく。
 

東京のピカピカしていない部分が描かれている

 視聴開始数分で気づかされたのは、今回の舞台としての東京は、必ずしもピカピカに描かれていない、ということだった。
 
 行き交う電車やプラットホームを映し出すのはいつものこととして、今回は東京のあまり美しいとは言えない景観――それはどぎついネオンの繁華街だったり、身よりのはっきりしない者を野良犬のように敬遠する人々だったり、ラブホテル街だったりする――をどぎついままに描き出していた。『君の名は。』が東京や飛騨を、少なくとも景観レベルではひたすら美しく描いていたのに対し、『天気の子』は東京のピカピカしていない部分を意識的に描いていたように思う。
 
 だから今作の東京は、観光パンフレットみたいな雰囲気にはなっていない。
 
 では東京の、どぎつく、ときには汚く描かれていた景観は悪いものとして描かれていたのか?
 
 必ずしもそうではない、と思った。
 
 家出少年の帆高が上京してきた時、さしあたって命を繋いだのは、まさに汚く描かれる東京だった。陽菜たちとの逃避行で彼らが一息ついたのもラブホテルだった。
 
 もちろん汚く描かれた東京は、未成年者の彼らを綺麗な手で受け止めるわけではない。ネカフェの店員は嫌々応対していたし、ラブホテルの婆さんは高い料金を取っていた。帆高を受け入れた(中年サイドの主人公ともいえる)須賀にしても、未成年を日当3000円でこき使っていたわけで、どぎつく描かれた東京の生態系は容赦がない。
 
 中学生であるとバレて仕事を失い、売春に走りかけていた陽菜を未成年と察しながらあっせんしていた男も、陽菜を助けていたと言えるだろうか。そうではあるまい。
 
 主題歌のひとつも流れない間に、東京のそういった圏域が矢継ぎ早に描かれ、この作品の主人公とヒロインがそうした圏域のきわで生きていることを私は強く意識させられた。いったいこれから何が描かれるのだろう? と思わずにはいられなかった。    

彼らは社会システムのなかの邪魔者だった

   家出してきた帆高には、まず東京は恐ろしい街・冷たい街としてうつる。
 
 『君の名は。』で美しく描かれた東京、華やいだ街として描かれた東京は、いったい誰にとって美しく住みやすい街だっただろう?
 
 『天気の子』を見ると、どうしてもそれを考えさせられる。
 
 人々の安全を守り、街の景観を守り、健全な青少年の成長を守る東京の社会システムは、社会システムの内側で暮らす者・社会システムの内側で身分を証明されている者のために最適化されている。そこから外れた人間の都合なんて、社会システムは考えてくれない。社会システムの内側で暮らすことが当たり前になっている人々にとって、そこから外れた人間はただ存在するだけでリスクであり、ただ存在するだけで迷惑な存在でもある。
 
 それもわからなくもない。現代社会の利便性や快適さは、高度なテクノロジーだけでなく、人々の遵法意識やリテラシーも含めた、社会システム全般によって成り立っているのだから。もし、社会システムから逸脱した人間がたくさん存在していては、東京のようなメガロポリスはたちまち機能不全になってしまうだろう*1
 
 そして帆高は家出少年として、陽菜は保護者不在で自活する未成年者として、社会システムからはみ出してしまっている。この作品の主人公とヒロインは「逸脱者」なのだ。
 
 この、美しくて快適な東京の秩序のなかでは、明確な犯罪者だけが「逸脱者」なのではない。身元の保証されていない未成年もまた「逸脱者」である。
 
 帆高に手をさしのべた須賀にしても、そうした社会システム全体のなかでは、相対的に「逸脱者」に近い、うさんくさい仕事をしている大人だった。須賀が未成年を低賃金で働かせることができたのは、彼の意識も職場も社会システムの中枢*2からは遠い、辺縁的なものだったからだ――そう解釈するなら、須賀のような男のもとで帆高が住み込むことにも整合性が生まれるように思う。
 
 陽菜たちが始めたお天気サービスにしても、それが成功裡に進んだのは社会システムの辺縁(フリーマーケットや家族のため)に位置づけられているうちだけで、テレビという、社会システムの中枢に映ってしまえばその力は失われてしまう。作中では、テレビに映ったから帆高と陽菜が「自主的に」サービスを止めたことになっているが、もともと「逸脱者」やうさんくさい仕事の領域には、社会システムの中枢に映ってしまうと力を失うものも多い。
 
 たとえば『ムー』のようなオカルト雑誌にしても、それが社会システムの辺縁にあるから存在を許され、『ムー』としてのプレゼンスを保っていられるのであって、『ムー』が社会システムの中枢に移動してしまえばプレゼンスを保てなくなり、存在じたいも許されなくなる。
 
 物語の後半、帆高は警察に追われることとなり、須賀のもとにも警察官が訪れる。須賀はここで、事務所から出て行くよう帆高に告げるが、はたして、あの時須賀が口にした「大人になれ」という言葉は誰に対してのものだったのだろう? ともあれあのシーンは、須賀という人物がどの程度社会システムから逸脱していて、どの程度社会システムの内枠におさまっているのかをわかりやすく説明していたと思う。多少の逸脱があるとはいえ、須賀もまた、東京という社会システムのメンバーには違いないのである。
 
 『天気の子』という作品の後半では、帆高は陽菜を取り戻すためにますます逸脱を余儀なくされ、最終的に須賀と夏美は、ためらいはあったにせよ、それに手を貸すことになる。社会システムの遵守という視点からみると、須賀と夏美がやったことは逸脱に違いなく、この作品の後半は、そうした逸脱によって支えられていたことになる。
 
 ここまでブログに書いてから『天気の子』の劇場パンフレットを読んでみると、はたして、以下のような新海誠監督のコメントが記されていた。  

 悩みに悩んで最後に思い至ったのは、狂っていくのは須賀ではなく、帆高なんじゃないかということ。客観的に見て、おかしなことをしているのは実は帆高のほうなんじゃないか。それに帆高と須賀を対立させるとなると、須賀も空の上の世界を信じてなければいけないことになってしまう。でもそれはどうも違う。なぜなら、須賀はアウトローだけど観客の代弁者でもあるからです。須賀はむしろ常識人で、世間や観客の代弁者でもあって、社会常識に則って帆高を止めようとはするけれど、最後はやっぱり味方なんだということにしたんです。帆高と真に対立する価値観があるんだとしたら、それは社会の常識や最大多数の幸福なんじゃないか。結局この物語は、帆高と社会全体が対立する話なのではないか、それに気付けたことが、今回の物語制作でのいちばんのブレイクスルーだった気がします。

   この作品のなかで、帆高は徹頭徹尾社会システムの外側にいて、疎外されていて、そんな帆高に手をさしのべられた大人は、社会システムの辺縁に位置し、いくらか逸脱気味な須賀だった。社会システムは、そのリスク管理の思想からいっても、最大多数の幸福に寄与するようにつくられている。陽菜のために逸脱を辞さない帆高はともかく、須賀には逸脱に対するためらいがあった。観客の代弁者という役回りの須賀がそのようにためらい、最後の最後に帆高の味方をしたのは、私にはカタルシスのある視聴体験だった。

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