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ビデオ・ジャーナリズムの可能性(最終回) 神保哲生×荻上チキ

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■人材育成のプラットフォーム

荻上 その、懸案の人材育成の見通しはどうでしょうか。神保 なかなか苦労してます。(笑)

ビデオニュース・ドットコム」は、テレビの報道が機能不全に陥る中で、正当で良質なビデオジャーナリズムを実践できる受け皿を作るために始めた事業なので、良質な報道番組を制作していくことと同時に、ジャーナリスト、とりわけうちの場合は映像も活字もきちんと扱えるビデオジャーナリストを育成していかなければ意味がないわけですが、前者はある程度自分の力で何とかなるのに対し、後者は自分だけではどうにもならないことなので、大変苦労しています。

特にビデオニュース・ドットコムのような小さな組織にとって、人材育成は本当に大変なんです。今は報道番組の制作に関わらせながら若い連中を少しずつ育てている段階です。元々どんな分野でも人を育てるのは大変だと思いますが、ジャーナリスト、しかも新しいメディア環境で競争していけるジャーナリストを育てるとなると、元々日本にはほとんどお手本がいないわけですから、更にハードルは高くなります。

それに、またちょっと下世話な話になりますが、人を育てるというのは会社にとっては少なくとも短期的には持ち出しになります。しかも、人に教えるためには一定以上の経験のあるスタッフを拘束するので、ダブルで負担がかかってきます。人に教えられるだけの経験や能力を持ったスタッフというのは、本来であれば取材や制作の最前線で活躍してくれなければならないわけですから、その人を現場から外して教育要員に回すことも、少ない人数でやっている会社にとってはとても大きな負担となります。

しかも、優しく教えているとなかなか仕事を覚えないし、ちょっと厳しくすると、若い人は簡単に辞めてしまいますね。

ジャーナリズムの仕事というのは、僕がずっとやっていたラグビーに似ているところがあって、選手としてある程度のレベルに到達しないと、なかなか楽しめるというところまでは行けないタイプの仕事なんですね。ラグビーは本質的にはとても痛いスポーツなんだけど、いやこれは肉体的に痛いという意味なんだけど、報道も僅かでも事実関係を間違えてはいけなかったり、裏取りと言って、事実関係を締め切りまでに確認しなければならなかったり、短期間で取材対象と信頼関係を築かなければならなかったりと、実際の取材や制作の現場では、さまざまなプレッシャーがかかります。これは世界中の報道現場に共通していることですが、どこに行っても、報道現場特有の「罵声が飛び交う」みたいな感じになるんですよ。そういうのって、最近の若い人、あまり好きじゃないみたいなんですね。でも、それを楽しめるようになるまでには、それ相応の経験や能力を積み上げなければならないし、何よりも神経を図太くしていかなければなりません。それだけプレッシャーがかかって大変な仕事なのに、最初のうちはそれを楽しむ余裕が持てないわけだから、辞めたくなる人が多いのも仕方ないことかもしれません。

でも、大変でも新しいメディア環境に適応できて、その中でしっかりとした公共的なジャーナリズムを実践していけるジャーナリストを育てていかないと、新しいメディアなんて画に描いた餅です。不十分とは言え、これまで既存のメディアが担ってきたジャーナリズムの機能が急激に衰退する中で、次の時代を担えるメディアやジャーナリストが育ってこなければ、これはもう民主主義の危機だと、僕自身は大まじめに思っているんですね。

ビデオニュース・ドットコムの今後の展望としては、まずマル激という受け皿番組を10年かけて持続的なものにしていったので、次はその受け皿に価値のあるコンテンツを乗せていかなければならない段階に入っています。それは映像リポートやドキュメンタリーかもしれないし、映像抜きの記者リポートかもしれませんが、そうした価値のある、そして既存のメディアでは踏み込めなかった領域に踏み込んだコンテンツを提供できるジャーナリストを少しずつ育てていって、受け皿番組の価値をより高いものに押し上げていきたいというのが現在の課題です。

ただ、そこからが本当に産みの苦しみで、インターネット時代の有料放送に耐えられるクオリティのコンテンツを制作できるジャーナリストを育てられたメディアなんて、少なくとも日本には一つもないし、もしかするとまだ世界にもそんなところはないのではないかと思うんです。だから、ここからは完全に未知の領域に突入しているという感覚があります。

でも、僕自身はある程度、勝算はあるんですね。ペンとビデオ、紙とテレビとネットなどのツールやプラットフォームに多少の違いはあっても、優れたジャーナリストに求められる能力というのは基本的には共通しています。それをきちんと実践していけば、少しずつかもしれないけれど、それを評価してビデオニュース・ドットコムを見てくれて、その会員になってくれる人が少しずつでも増えていくという感触は、この10年である程度つかむことができました。

ただ、このやり方はかなり時間がかかると思います。僕自身は半分冗談、半分本気で「ビデオニュース・ドットコムは100年計画だから」なんて言ってますが、冗談抜きで公共的なジャーナリズムをしっかりと実践できる独立した報道機関を作る作業は最低でも100年、場合によっては未来永劫終わりのない作業になるのではないかとすら思っているんです。だから、「僕はその長~いプロセスの最初の20年くらいは頑張るけど、あとはお前らがやれよ」が、最近の僕の社内会議での口癖になっている感じです。

荻上 ひとりでに社会問題化され、その語られ方に介入していくという形のものと、みんなが気づいていなかった社会問題をゼロから発掘して、しっかりと訴えていくという形のものとでも、また違いますよね。前者だと、アテンションを獲得するのはイージーかもしれないけれど、杜撰な発信も目立ちます。後者は丁寧に作りこむこともできるけれど、説得力や耳を傾けてもらうための信頼性も獲得しなくてはいけない。ビデオニュースドットコムが今の形式からさらに高い段階へいくことが、どれだけハードなのかよくわかります。

今は雑誌文化でもルポルタージュが厳しくなっていますね。講談社の「G2」とか、「ナックルズ」とか、ルポや実話にこだわる媒体は、もっと注目されてもいいと思います。一人の書き手に数十万円渡して、海外やアウトサイドの状況を体感させて、原稿を書いてもらうという仕方も、段々難しくなっていると思いますが。

神保 報道の分野では、かつて「月刊現代」などの月刊誌が、フリーのジャーナリストに活動の場を提供してきたのだと思います。魚住昭さんとか鎌田慧さんといった僕よりちょっと上の世代のフリージャーナリストの多くが、まず月刊誌にルポや連載企画を出し、それがある程度たまった段階で一冊の本にして出版するというのが、フリージャーナリストが食べていくための一つの勝ちパターンだったと聞いています。週刊誌にはそれほど長編ものを出すスペースはないけれど、月刊誌ならかなり長いものも出せる。昔は原稿料もそれなりに高かったそうです。ところが、「月刊現代」をはじめ「論座」などの月刊誌の多くが、次々と廃刊になってしまいました。フリーのジャーナリストがかつてのように活字媒体からの原稿料だけで身を立てていくのは、かなり難しくなっているのではないかと思います。

一方で、ネットで放送局を成り立たせようとすると、ちゃんと定期的に見に来てくれる常連さんを増やしていくためには、番組というプラットフォームがきちんと確立していることが重要になります。ビデオニュース・ドットコムは広告を取らず、また第三者からの出資も受けない独立経営を貫いているので、定期購読会員からの会費のみが財源です。要するにそれが、われわれにとってのお客さんになるわけですが、少しずつでもいいから時間をかけてそのお客さんを増やしていかないと、有料放送はなかなか成り立ちません。話題性のあるテーマを取り上げて、それをツイッターなどで告知するやり方でも、一見さんの視聴者を集めることはできるようになりましたが、一見さんは基本的には無料視聴が前提なので、それだけでは持続的なビジネスモデルにはなりにくい。無料放送は有料放送よりずっと多くの人に見てもらえるので、話題にはなりやすいのですが、やっぱり有料でも通用するような価値の高い番組を作れるようにならないと、事業として持続するのは難しいと判断しています。つまり、おカネを出してでも見る価値があると思ってもらえる番組を作るノウハウの蓄積が必要ということになるのですが、実は今までずっと「テレビは無料」が当たり前だったので、そのようなコンテンツを制作するためのノウハウが、日本ではどこにも存在しません。特にケーブルテレビやCS放送の登場でテレビが多チャンネル化しても、CNNやBBCなどほんの一握りの例外を除いて、日本の報道市場には既存のマスメディアしか参入できなかったので、日本のメディアは有料にしても通用するコンテンツ制作のノウハウを開拓したり蓄積する機会が全くありませんでした。

でも、テレビの地上波放送のような無料メディアというのは、例えば、駅なんかで無料で配っている「ホットペッパー」のような雑誌と同じビジネスモデルなわけですよ。そういうフリーの媒体も広告だけでなく、特集企画なんかもやってますよね。おカネを払って買っているわけではないお客さんを納得させるために要求されるクオリティや付加価値と、あえておカネを払って買ってくれた人を満足させるために必要となる価値には、自ずと大きな差が出てきます。

まずは、一人ひとりの視聴者から、有料で視聴するに値する、価値のある情報なり視点なり切り口なりが提供されていないと、ネットでは通用しません。ネットメディアでも、コンテンツの種類によっては、特にエンタメ系とか金融情報系、Eラーニング系のコンテンツは、報道とは異なるインセンティブが働くので、他にもいろいろなビジネス展開が可能かもしれませんが、競争と移り変わりと出入りの激しいネット空間で利益率の低い「報道」というコンテンツを配信し、しかも報道に不可欠な独立性や中立性、速報性などを保っていこうということになると、それなりに覚悟を決めてかかる必要がありますね。そして、それをビジネスとして成り立たせていくためには、かなり徹底したクオリティコントロールも不可欠になります。

現状では、とりあえず10年ちょっとかけて、ちゃんとした番組を出せば常時数万人から数十万人の方々に見てもらえるような受け皿はできました。また、ちゃんとした映像リポートを提供してくれる人がいれば、テレビ局のギャラと比べると何分の一かあるいは何十分の一かもしれないけど、一定の制作費のようなものも払えるようになりました。あとは、いかにしてその受け皿を質の高いコンテンツ、特に映像コンテンツで埋めていくかです。これは社内での人材の育成も当然必要ですが、これからはフリーのジャーナリストでも、ちゃんとした映像を撮ってきて、ちゃんとしたリポートをしてくれるのであれば、どんどん採用していきたいとは思っています。ただ、もちろんそれがそう簡単に実現するとは思っていません。さっきから言っているように、そのようなノウハウは、まだどこにも存在していないわけです。500万円とか1000万円とかをかけて、1ヶ月とか3ヶ月とかの時間をかければそこそこの映像リポートが作れる人は、放送局や制作会社にはいるかもしれませんが、ネットで戦っている僕らからすると、そんなものは競争力のうちに入りません。それだけの予算と時間が許されれば、ある程度の能力と経験さえあれば、誰だってある程度のレベルの物が作れるのは当たり前なのです。

荻上 実は効率は決してよくないと。

神保 僕がビデオジャーナリズムと呼んでいる、ビデオを使って質の高い報道コンテンツを作るノウハウは、実はまだ日本ではほとんど普及していません。インターネットはまだなんだかんだ言っても活字がメインですし、映像の分野では、記者会見やイベントを中継したり、スタジオでトークをするような番組は比較的に簡単にできることなので、増えてきていますが、映像の力をフルに活用した報道活動というようなものは、まだほとんど見ることはできません。そういうビデオニュース・ドットコムも、私が時々映像ものを作ったりはしていますが、それを定期的に出せるような状況にはなっていません。

活字コンテンツを制作するノウハウはグーテンベルクの活版印刷の発明以来、500年かけて進歩してきました。ボトルネックだったのは常に伝送路です。土管を持った人しかメディアをコントロールできない時代が続いていた。そして、ここに来てインターネットが登場して、伝送路がぱーんと弾けた。今はようやくグーテンベルクの第一次メディア革命の延長が終わって、新しいメディア革命のフェーズに入っているというのが、僕の認識です。

それだけ大きな話なので、簡単に新しいメディアなんてできるわけがないんです。実現するまでには相当の時間がかかるし、時間をかけて実現していくべきものなのだと思います。

もしかすると、ぼくの目の黒いうちには実現しないかもしれない。これからいろんな紆余曲折を経て、気がついた時には、今の僕たちには想像もできないようなメディア環境ができてくると思っています。

僕自身は、どちらかというとメディアを作ることに関心があるのではなくて、ビデオジャーナリズムを思いっきりやりたくて、でも最初の頃の舞台だったテレビが、どんどんジャーナリズムから離れて行ってしまったので、テレビの外にそういう場を作らざるを得なくなって、今に至るという感じです。だから、新しくできるメディアがどんな形でなければならないというような、具体的なイメージは持っていないんですよ。僕にとっては新しいメディアの唯一の条件が、公共性の高い、そして競争力のあるビデオジャーナリズムを実践できる場、そしてそれが経営的にも成り立つ場であるということです。今はそれだけを目標に、紆余曲折を経ながら、遠回りをしたり、のたうち回ったりしながら、13年目に入った今も、まだ産みの苦しみを味わっている最中という感じでしょうか。



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