- 2019年07月22日 14:58
ひきこもりと犯罪 - 井出草平 / 社会学
3/3・家庭内暴力
自閉スペクトラム症では家庭内暴力がしばしば起こる。元農水省事務次官長男刺殺事件がこのタイプにあたる。といっても、自閉スペクトラム症の疑いがあるのは被害者の長男であって、暴力性が外へ噴出し、事件化したというわけではない。
ひきこもりにおける家庭内暴力の対応法は、ひきこりに詳しい斎藤環氏がまとめている。
・斎藤環『家庭内暴力』 http://cocorono.jp/violence.html
・「家庭内暴力、止める方法あります ひきこもり問題専門家」(朝日新聞2019年6月20日)https://digital.asahi.com/articles/ASM6K672BM6KUTFL00N.html
ひきこもり状態に伴う家庭内暴力は、斎藤氏の解説の通り実行すると、ほとんどのケースは改善すると私も考えている。しかし、改善しないケースもある。それには自閉スペクトラム症が関連していると考えている。
少しややこしいことを言うが、自閉スペクトラム症との関連があるから対話はできないということではない。むしろ自閉症スペクトラム症のケースにこそ斎藤氏の示す丁寧なアプローチが必要である。
その理由は、自閉症スペクトラム症の中には記憶力が非常に良く、映像的に記憶する能力を持つ者が少なからずいることに関連している。自閉症スペクトラム症の人には虐待体験が多いといわれているが、親は虐待した記憶がないということもしばしばあり、その理由がこの記憶力の良さだと考えられている。
子育てのなかで、保護者による子どもに対する否定的な言動や行動はどうしても起こる。そのことは通常は時と共に忘れられていくのだが、記憶が鮮明な自閉症スペクトラム症の人には昨日体験したことのように感じられる。
これは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の心的外傷(例えば死ぬような悲惨な体験)を毎日繰り返して思い出す再体験と同じような状態を起こしうる。この記憶は消えることは難しく、場合によって毎日記憶が呼びだされるため、本人にとっては虐待のように感じるというメカニズムがある。
保護者は子どもへの否定的な言動や行動をしても、普通であればすぐに忘れてしまうようなことだと思っているので、たいして重要だと思っていなかったり、すでに忘れていたりするため、親子の間に認識の違いが生まれる。
このような記憶が暴力を引き起こしている原因になっていることもある。つまり家族に暴力をふるうのは、過去に自分が虐待をされたというロジックが作られるパターンである。本人と話を十分にしておかないと、家族への恨みが後々の禍根となることは珍しくない。
元農相次官の事件ではエルガイムMK-Ⅱのプラモデルを母親が壊したことから暴力が始まったという。プラモデルを壊すことは正しい教育法ではないが、もし壊したとしても、44歳まで恨み続けるということは通常は考えにくい。そこには記憶、とくに被害的記憶を忘れないという自閉スペクトラム症の特性がある可能性を読み取れる。また、プラモデルを壊したから暴力を振るってよいというロジックがみて取れる。
このようなことを踏まえ、「なぜ保護者である私たちは次のような行動をするのか」という説明を、保護者自身が「なるべく詳細に」する必要がある。保護者と本人のあいだで認識の違いが発生することが悪い影響として後々に響いてくるのであれば、より冷静に丁寧に対応することが求められる。家庭内暴力を受けているという状況は決して冷静にふるまえる状況ではないため、かなり難しいことではあるが、冷静さが何よりも重要となる。
自閉症スペクトラム症による重度の暴力の相談先、できること
ひきこもりに伴う通常の家庭内暴力と、自閉スペクトラム症が関係している家庭内暴力で明確な違いはないが、ある程度、重度であるものは、自閉症スペクトラム症が関連していることが多いと推測できる。
自閉症に伴う暴力の特徴は、1)慢性的である、2)小児期・思春期から持続することが多い、3)家庭内に退避する場所がある、もしくは暴力に耐えかねて一人暮らしをさせるくらい重度のもの、である。
これらの条件に当てはまったら自閉スペクトラム症だというわけではないが、十分に疑う根拠となる。家庭内暴力のなかでも惨いもの代表例は、統合失調症のカタトニアと自閉スペクトラム症によるものである。重度の暴力は命の危険があり「話し合いで何とかなる」というレベルを越えている場合がある。
このような重度の暴力に対して決定打のようなものは現状ではほとんどないが、各地にある発達障害者支援センターへの相談、および、自閉症に詳しい児童精神科医を探すところから始めるのがよいだろう。
発達障害者支援センターはウェブ検索をするとみつかる。管轄があるため、居住地の住所を告げると、適切なセンターへの紹介をしてくれる。発達障害者支援センターは親の相談も受け付けるが、情報のハブのような施設なので、継続的な相談を行っていないところが多い。ただし、適切な施設の情報を得るには最適な機関である。
児童精神科医は日本児童精神医学会のウェブページに掲載されているので、通えるところに医師がいるのであれば、所属している病院に相談が可能か問い合わせる。
http://child-adolesc.jp/nintei/ninteii/
自閉症に詳しい専門家であれば、家庭内暴力についても詳しいため、本人が来院しなくても親だけの相談に応じてもらえるはずである。ただ、児童のみを対象としている医療機関があり、成人の相談を受けているところは限られる。
児童の専門ではないものの、自閉スペクトラム症の対応ができる成人専門の精神科医が存在する。その医師らが実際の受け皿になることが多い。発達障害者支援センターや児童精神科医へ相談することによって、成人の対応が可能な精神科医の情報を仕入れたり、紹介によってたどり着くことになる。
本人が児童期を過ぎてから精神科による介入として期待できるのは薬物療法である。リスペリドン(リスパダール)やアリピプラゾール(エビリファイ)といった一部の抗精神病薬には、自閉症スペクトラム症の暴力を抑制できることが確認されている。また、バルプロ酸ナトリウム(デパケン・セレニカ)などの気分安定化薬にも同様の効果が認められている(Frazier et al. 2010, McDougle et al. 1998)。
抗精神病薬は自閉症スペクトラム症にみられる感覚過敏を和らげる効果もある。聴覚過敏であったり、対人関係・家族関係における易刺激性などである。投薬は暴力に関するいくつかの原因を取り除くことができるかもしれない。気分安定化薬も気分のムラを和らげるためには有用である。
精神科に連れていく場合でも、無理強いはしてはいけない。本人と十分に話し合って、少しずつ通院を促す。決して焦って無理やり連れていくようなことにしてはいけない。
また、本人を伴って精神科や施設を回るのではなく、家族が先んじて適当な施設を探しておくことも重要な点である。初めて訪れる施設や精神科は適切な場所かはわからない。不快な思いをすることも珍しくはない。最初に本人が嫌な思いをしてしまうと、精神科へ二度と行かないということになりかねないため、家族による十分な下見が必要である。
事件を繰り返さないために私たちが行うこと
自閉症に詳しい人のあいだではある意味常識的なことだが、自閉症スペクトラム症と暴力性には関連がある。
自閉症スペクトラム症の専門家である杉山登志郎は、「われわれは、暴力的な噴出を繰り返す児童が存在することに気づいた。全体としては高機能児の5%前後」「グループの子が一人いれば学級崩壊になってしまうほど、この子たちの起こす問題は深刻」「われわれは密かに『暴力アスペ』とニックネームをつけて呼んでいた」(杉山・原 2003)と述べている。
このように高機能(知的障害のない)自閉スペクトラム症のなかには暴力性を持つグループがいる。
カインとマザーイク(2011)では自閉症者の68%が介護者への、49%が介護者以外の者への暴力行為をしたと指摘している。
日本自閉症協会の会長も務めた石井哲夫は次のように述べている。
東京都発達障害支援センターにおいて、平成16年度の1年間に相談受理した442例のうち、1割を越える48例に、家族をはじめとする他者への激しい暴力、器物破損などの問題行動がみられた。これらの事例は当然ながら殆どが、家族というフレーム内で他者への暴力や器物破損が繰り返され、本センターに何らかの支援を求めて来所している。すなわち、「家族」という人的シェルターにより、高機能広汎性発達障害(自閉症スペクトラム症)当事者の反社会的行動の家庭外への突出がかろうじて防止されているともいえよう。
自閉スペクトラム症に伴う家庭内暴力に耐えかね、親が子を殺す事件はすでに起こっている。例えば、2009年7月には、自宅で父親が自閉スペクトラム症(広汎性発達障害)のある長女(当時20歳)を絞殺するという事件が奈良で起こった。長女の家庭内暴力に悩んだ父親が「このままでは家族みんなが不幸になる。殺すしかない」と考えた末の犯行であったという。2018年には名古屋北区と岐阜県大野町で親による自閉スペクトラム症をもった子どもを殺す事件が起きている。
暴力や育児に悩む家庭・親への支援は、行政によるサービスの提供をすべきであるが、社会資源はほぼ存在しない。家庭のなかで起こったことは家族で処理すべきとせず、家庭内暴力や介護で苦しんでいる家族にもサービスの提供を行うべきである。
元農水省次官の事件では、父親が長男を殺害したことを「責任をとった」といった論調が散見されるが、このような考え方を多くの人が持つようでは、同じような殺人事件は起こり続けるだろう。家庭のことは家庭で責任を取る、という根強い考え方があるが、この問題は家庭で対処できる事案ではない。
今は有用な資源は少ない。自閉スペクトラム症では家庭内暴力が起こり、家族では対応できず、社会的資源を分配する必要があるという説得を社会に向けて行っていく必要性がある。このような犯罪を防ぐにはそれしかない。殺人事件にまでは至らないものの、一つ間違えれば同じことが起こる家庭が日本中にあることを忘れてはいけない。
参考文献・報道
・朝日新聞大阪社会部、2000、『暗い森――神戸連続児童殺傷事件』朝日文庫。
・石井哲夫ほか、2006、「青年期・成人期における高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動に対する社会的支援システムの構築に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成因の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成一七年度報告書。
・井出草平、2014『アスペルガー症候群の難題』光文社。
・大分県精神保健福祉センター、2004、『ひきこもりの実態調査報告書』。
・岡江晃『宅間守 精神鑑定書』(亜紀書房)2013 – 警察庁『犯罪統計』 – 杉山登志郎・原仁、2003、『特別支援教育のための精神・神経医学』学習研究社。
・十一元三、2005、「少年事件・刑事事件と広汎性発達障害」『そだちの科学』5、8-9。
・藤川洋子、2005、「青年期の高機能自閉症・アスペルガー障害の司法的問題–家庭裁判所における実態調査を中心に」『精神科』7(6)、507-11。 – 内閣府、2010、『若者の意識に関する調査(ひきこもりに関する実態調査)』(https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/hikikomori/pdf_gaiyo_index.html)。
・内閣府、2019、『生活状況に関する調査 (平成30年度)』(https://www8.cao.go.jp/youth/kenkyu/life/h30/pdf-index.html)。
・山崎晃資ら、2005、「高機能広汎性発達障害の診断マニュアルと精神医学的併存症に関する研究」『高機能広汎性発達障害にみられる反社会的行動の成員の解明と社会支援システムの構築に関する研究』平成17年度 研究報告書。
・Frazier et al., 2010, Effectiveness of medication combined with intensive behavioral intervention for reducing aggression in youth with autism spectrum disorder., J Child Adolesc Psychopharmacol, 20(3):167-77.
・Kanne SM, Mazurek MO. Aggression in children and adolescents with ASD: prevalence and risk factors. J Autism Dev Disord. 2011;41(7):926–937.
・McDougle et al., A double-blind, placebo-controlled study of risperidone in adults with autistic disorder and other pervasive developmental disorders. Arch Gen Psychiatry. 1998;55(7):633–641.
・Tantam, 1991, Asperger’s syndrome of adulthood,”Uta Frith eds. Autism and Asperger syndrome.(冨田真紀訳、1996、「成人期のアスペルガー症候群」、ウタ・フリス編『自閉症とアスペルガー症候群』東京書籍、261-316。
・週刊朝日「川崎”通り魔事件”岩崎容疑者の同級生が語る素顔「おとなしいが、切れると豹変する奴」」(2019月5月28日)、(https://dot.asahi.com/wa/2019052800082.html)。
・東京新聞「関連事件の割合わずか」(2019年6月6日)。 – 毎日新聞、「裁判員裁判:長女絞殺 殺意の有無どう判断 被告、起訴内容否認--初公判 /奈良」(2010年3月24日)。
井出草平(いで・そうへい)
社会学1980 年大阪生まれ。社会学。日本学術振興会特別研究員。大阪大学非常勤講師。大阪大学人間科学研究科課程単位取得退学。博士(人間科学)。大阪府子ども若者自立支援事業専門委員。著書に『ひきこもりの 社会学』(世界思想社)、共著に 『日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社)。2010年度より大阪府のひきこもり支援事業に関わる。




