- 2019年07月22日 14:58
ひきこもりと犯罪 - 井出草平 / 社会学
2/3自閉スペクトラム症・アスペルガー症候群と犯罪
次にみるのは、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群に犯罪との関連があるかである。これについては井出(2014)にまとめており、シノドスでも本の要約記事が掲載されている(参考リンク)。
詳細はリンク先を読んでもらうとして、結論は、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群の大多数の人は犯罪とは無関係だが、リスクの高い群がいるというものであった。ひきこもり状態に至って犯罪を行うよりも、通常の社会生活を送りながら犯罪を起こしているケースの方が多いということも分かった。
つまり、ひきこもり全体が事件を起こすのではなく、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群のなかに犯罪と親和的な群がある。その群のなかでひきこもりの人もいれば、ひきこもりでない人もおり、ひきこもり群の犯罪がひきこもりの犯罪として報道されてきたことが多かったということである。
しかし、自閉スペクトラム障害(注)だといっても、現れる症状は多様であり、こちらもサブグループを想定しなくてはいけない。自閉スペクトラム症=犯罪予備軍というのは誤りである。自閉スペクトラム症のなかで犯罪を起こすリスクは最大に見積もっても一般人口の89.4倍であるが、それでも、全体からいえばごく一部にすぎない(井出 2014)。
(注)アメリカ精神医学会の現在の診断基準であるDSM-5では「自閉スペクトラム症」という呼称が使用されている。その前のバージョンであるDSM-IVでは、おもに知的障害を伴った群を「小児自閉症」と呼び、自閉スペクトラム症は「広汎性発達障害」と呼ばれていた。WHOの診断基準ICD-10には「アスペルガー症候群」という診断名があり、現在でも広く使われている。ただ、定義は一般的な使用法で示す範囲よりも狭い。一般的にアスペルガー症候群は知的障害のない自閉症という意味である。
犯罪とひきこもりであったり、自閉スペクトラム症と併せて論じる際には、関連があると指摘するだけではあまり有益ではない。メカニズムを明らかにして、それに対してどのような予防策が打てるのかをワンセットで示すことが重要である。
研究するうちに、犯罪リスクの高い群がいくつか確認できた。そのリスクに対しても、ある程度対応可能であることも少しずつ分かってきた。
自閉スペクトラム症と犯罪の関連性の認識
自閉スペクトラム症と犯罪の関係はまだまだ一般的には広まってるとはいえない。自閉スペクトラム症と犯罪を結びつけて論じることにアレルギー反応を示す人は多い。「偏見を助長する」という定型句もよくみかける。
しかし、実際に関係があるものを偏見とは言わない。偏見だと主張して放置すると、犯罪が続き、人が死に続ける。それよりも現実を受け入れ、可能な対策を打った方がよいと私は考えている。
自閉スペクトラム症と犯罪の関係は専門家の間では周知の事実である。そもそも自閉スペクトラム症とは他者の理解ができなかったり、ルールがわからなかったりすることが主症状なため、行動が犯罪に結びやすいのはごく当たり前のことなのだ。
日本自閉症協会の会長も務めた山崎晃資は「広汎性発達障害(自閉スペクトラム症)それ自体、あるいは知能の低さから触法行為が生じていると考えられる」と見解を述べている。
山崎のいうように犯罪のメカニズムを分析すると、自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群にみられる自閉性そのものに犯罪につながる特性があることがわかる。
近年の犯罪と自閉スペクトラム症
最近起こった事件でも自閉スペクトラム症が疑われる情報が出てきている。
・川崎20人殺傷事件
幼少期を知る男性によると「他人の家に勝手に入り込み、金魚鉢をのぞくような変わった子だった」(産経新聞 2019年5月28日)という。「勝手に人の家に上がり込んで何かをする」というのは、自閉スペクトラム症に特徴的なエピソードの一つである。
また、暴力性、他者へのルールの強制とかんしゃくが確認されている。
岩崎容疑者と小中学校で同級生だった男性によると、昔から一見、おとなしいが、何か気に入らないことがあると、暴れる、まわりのもの、ごみ箱とかいす、机をけって先生を困らせていた。気に入らないことというのもささいなことで、「靴をそろえて」と言われて大暴れしたり、豹変(ひょうへん)したりしていた。(週刊朝日 2019年5月28日)
児童期の暴力性は自閉スペクトラム症に限ったことではなく、ADHD、反抗挑戦症、素行障害、重篤気分調節障害などで発現するが、「靴をそろえて」といった他人へのルールの強制は自閉スペクトラム症でしか起こらない。
・元農水省事務次官長男刺殺事件
被害者の長男は自身のTwitterで「生まれつきアスペルガー症候群」と述べている。この診断が医師からされたものなのかは不明である。
また18歳で統合失調症という診断を受けているという書き込みもある。統合失調症の診断は医師以外が行うことはまず考えにくいため、こちらは専門家によるものであろう。
では、アスペルガー症候群ではく統合失調症なのではないかという指摘もありそうだが、実際はそれほど単純ではない。
被害者は44歳であるため、診断がされたのは1993年である。当時、知的障害のない自閉症があることは一般に知られておらず、アスペルガー症候群を取り上げた論文が日本語で初めて書かれたのは1995年である。被害者少年の診断はその論文より2年早い。1993年の日本で知的障害のない自閉スペクトラム症の診断ができた専門家はおそらく片手で数えられる程度だったはずである。
現在でいう知的障害のない自閉スペクトラム症を、1993年当時はどのように見立てを立てたかというと、統合失調症であった。現在の診断基準であるDSM-5には掲載されていないが、前のバージョンであるDSM-IVまで掲載(研究用)があった単純型(Simplex / Simple-type)の統合失調症が具体的な診断名にあたる(Tantam 1991=1996:303)。
精神疾患の診断学の発展とは、ざっくりいうと精神病とみなされていたものから個別の診断カテゴリを独立させる歴史だったいえる。有名なのは双極性障害(躁うつ病)である。もっとも近年になって独立したのが自閉スペクトラム症である。もともとは単純型の統合失調症と呼ばれていたものである。
したがって、1993年に精神科医に統合失調症と診断され、目立った陽性症状も無いものは、現代では自閉スペクトラム症に相当するものだと考えて問題ない。
成人の自閉スペクトラム症の診断をめぐる問題
これら2つの事件では医師の診断がないという批判があるだろう。しかし、自閉スペクトラム症の診断というのはかなり特殊であるため、ある程度、許容されると考えている。
1.自閉スペクトラム症は成人してからの診断はできない
アメリカ精神医学会の診断基準である『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』をはじめ精神疾患の診断基準には、小児の診断基準しか掲載されていない。より正確にいうと3~4歳までの児童をリアタイムで観察する必要がある。
しかし、世の中では、成人でも自閉スペクトラム症という診断がされている。診断法を正確に知らない医師が多いため、ほとんどの診断は診断方法を勘違いしたものだと推測している。自閉スペクトラム症に精通していて成人の診断をしている医師は、制度上、障害者手帳か取得できるという制度上の便宜のために「みなし」で診断を行っているだけにすぎない。
成人の「みなし」診断をする場合に使用する情報は以下の3つである。
・現在時の症候の観察
・現在の自閉性エピソード
・家族歴(近親者に自閉症の人がいないかどうか)
・小児期のエピソード
診断基準にある項目を明確に観察できるのは4歳くらいまでであり、5歳になると判別が難しくなってくる。成人になると、自閉性を観察できることがあるが、他の精神疾患との弁別が難しい。成人の自閉性で観察されることは、精神疾患全般によくみられる。現在状態の観察「のみ」をもとに、成人の自閉スペクトラム症の診断をするのは無謀でしかない。
2.エビソードをもとにしたみなし診断
そこで、次善策としてエピソードを拾っていくことになる。たとえば、音が他の人より大きく聞こえる、雑音を聞かないようにして必要な声だけ聴くことができない、といった聴覚過敏などの症状である。子ども時代のエピソードも参考になる。「勝手に人の家に上がり込んで何かをする」といったエピソードもその一つである。
とはいえ、どこまでいっても「みなし」診断の域を出ることはできない。直接会わずに自閉スペクトラム症の疑いというと、遠隔診断という批判は受けるだろう。しかし、実際に対面してもめぼしい情報が収拾できるわけでもない。通常の疾患の診断と自閉スペクトラム症の診断方法はかなり違い、実際、直接会ってもみなし診断しかできないのである。
事件の鑑定で自閉スペクトラム症やアスペルガー症候群といった診断が出されてきたが、それらも「みなし」診断にすぎない。対面で診断をするにしても、結局、自閉症に特徴的なエピソードを集める以上のことは実際にはできないので、遠隔でやっても大きな違いは出てこない。
違いがあるとすると、直接会ったり、親に話を聞くと、エピソードが多く取得できるため、エビデンスが厚くなるということである。なお除外診断という点では、遠隔と直接会うことには決定的な差がつく。
除外診断とは他の精神疾患や身体疾患ではないことを確かめ、当該の診断であることを決定づける診断手順である。直接会うとこのいくつかの精神疾患は除外診断ができるため、自閉スペクトラム症の診断ができなかったとしても、消去法で自閉スペクトラム症の「みなし」診断の確度は上がる。
この除外診断のことを考慮すると、2件の事件の加害者と被害者には「自閉性」がみられた、という表現に留めておくのが良い落としどころであろう。
犯罪タイプ
自閉スペクトラム症の犯罪タイプ分けは、十一(2005)藤川(2005)の研究があるが、ここでは重大事件の説明をするために類型を絞った上で一部変更をして説明する。
・自暴自棄型
拡大自殺ともいわれることがあるタイプである。このタイプでもっとも有名なのが付属池田小事件を起こした宅間守である。犯人の宅間守の半生は鑑定医の一人であった岡江の著書(2013)に詳しいが、他者を巻き込むようなかたちでの自殺と表現するのが妥当な犯行であったことがわかる。
しかし、宅間は自殺をしていないため、拡大自殺という概念はそれほどフィットしない。このタイプは、本人は自殺するつもりで犯行を起こしていても、自殺までたどり着くケースはあまりない。そのことを考えると、拡大自殺と位置付けると物事の本質がみえにくくなる。
西鉄バスジャック事件や大阪姉妹殺害事件(2005)、奈良自宅放火母子3人殺人事件(2006年)や岡山駅突き落とし事件(2008年)もこのタイプである。川崎20人殺傷事件もこのタイプであろう。
なお、このタイプは十一(2004)、藤川(2005)にはない類型である。類型化されていない理由は、比較的大きな事件、多人数を巻き込む事件になりがちであり、研究対象に入りづらいからだろう。なお、自閉スペクトラム症が関連した犯罪は、対人関係にまつわるものと性犯罪が大半を占め、自暴自棄になるタイプは稀である。
このタイプは予防法がもっとも難しいタイプである。共通することは、生活・人生が行き詰まりをみせていることである。大阪姉妹殺害事件の山地悠紀夫は犯罪グループに入りそのグループでも居場所がなくなり犯罪を起こしているし、奈良自宅放火母子3人殺人事件の少年は父親による暴力と、成績が下がることへの叱責があった。岡山駅突き落とし事件の少年は成績優秀であったにもかかわらず学費が払えないという家庭の事情で、大学進学ができなくなった末の犯行である。
予防は、生活・人生が窮地に追い込まれないようにサポートする他はない。
もし、ひきこもり状態にあるならば、本人を追い込まないこと、本人が生活しやすい環境を作ることから始め、落ち着いてから、可能であれば社会との接点を作っていくということになろう。したがって、対応自体は通常のひきこもりと変わりはない。また、ひきこもりという自己防衛がとれており、家族が不満ながらもひきこもり状態を容認している時点で、極端な行動へは発展しにくい。
西鉄バスジャック事件はひきこもり状態であったが、犯人の少年を強制入院させたことが少なからず犯罪の原因になったと考えられている。この事件から導かれるのは、家族が極端な行動をしたために本人が追い込まれ、自暴自棄になったということである。ひきこもり状態で自暴自棄になって殺人に至った事件は、過去には西鉄バスジャック事件しかないため、確かなことはあまりいえないが、家族の行動が自暴自棄に至らせる何らかの影響を与えた可能性がある。
自暴自棄型の犯罪
・井出草平「宅間守と自閉症スペクトラム障害」
・大阪姉妹殺害事件(Wikipedia)
・奈良自宅放火母子3人殺人事件(wikipedia)
・岡山駅突き落とし事件(Wikipedia)
・(理科・人体)実験型
代表例は神戸連続児童殺傷事件(A少年・酒鬼薔薇聖斗)事件である。A少年は人の壊れやすさの実験をしていた。A少年の最初の犯罪はゴムで覆われたハンマーで女児の頭を殴り、死ななかったため、次の事件では金属製のハンマーで一人の女児頭を殴り、ナイフで2人の女児を刺した。即死ではなかったため、A少年は日記に「今回の実験で意外とがんじょうだ」と書き残している。その後、ハンマーで殴った女児は死亡し、ナイフで刺した女児は死ななかったため、日記では「人間は壊れやすいのか壊れにくいのか分からなくなりました」と書き残している。
2005年の静岡女子高生タリウム毒殺未遂事件では、女子高生が母親にタリウムを飲ませてどのくらいの分量で死ぬかという実験をしていた。ウェブ上に投与したタリウム量と母親の状態を記した毒殺日記をつけていた。
このタイプの派生として殺人体験型がある。「人を殺してみたかった」という犯行動機を述べるタイプである。2000年に起きた豊川市主婦殺人事件が、アスペルガー症候群の診断が精神鑑定で用いられるようになってから最初に起こった事件である。
ある人がいうには、おもちゃの構造がどのようになっているかを知りたいため、おもちゃを分解してみたというのと、人がどのように生きたいのか知りたいため、人を分解してみたというのは同じ発想に基づいているらしい。
このタイプは人の死に興味を持ちやすい思春期に起きるという特徴がある。
自閉スペクトラム症の支援などに関わっている方であれば、自閉スペクトラム症の子どものなかに構造を知りたがったり、限局した知的好奇心を持つタイプがいることに心当たりがあるだろう。死や薬物といったものに興味を持つ思春期の前から、観察し、対応することで犯罪は予防できる。
知る限り、ひきこもり状態で実験型の犯罪は確認できていないが、可能性がないとも断言できない。
(理科・人体)実験型の犯罪
・神戸連続児童殺傷事件(wikipedia)
・豊川市主婦殺人事件(wikipedia)
・静岡女子高生タリウム毒殺未遂事件
・名古屋大学女子学生殺人事件(wikipedia)



