記事

”アニメオタク差別”を変えた京都アニメーションの偉業と追悼と。

1/2

 ―アニメオタクの中で、京都アニメーションの存在を知らぬ者はいない。

 それほど京都アニメーションのアニメ業界における存在感は大きく、またファンや視聴者に与える影響力は計り知れないものである。今次、34名(犠牲者はまだ増える可能性がある、7月20日時点)もの無辜のクリエイター達の生命を奪い、数十名にも及ぶ重軽傷者を出した放火事件は、我が国の芸術・文化に対する明瞭なテロ行為であり、断固として許容することはできない。

 容疑者・青葉真司(41歳)には、回復後、法廷に引き出し、事実関係を整理し爾後の被害防止等に役立てたうえで、極刑を望む。

 京都アニメーションは、私たちアニメオタク(―あえて私たちと複数形で記するのは、筆者である私自身がアニメオタクのひとりであるからに他ならない)にとって、”アニメオタク差別”を変えた、つまり”アニメオタク差別”を超克する分水嶺を作った社として歴史に名を刻まれることになったアニメ製作会社である。その分水嶺とは、間違いなく2006年に京都アニメーションが製作した『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズである。

 京都アニメーションは、端的に言えばこの『涼宮ハルヒの憂鬱』で大ブレイクし、日本はおろか世界に冠たるアニメ制作会社としての地位を築いた。そして『涼宮ハルヒの憂鬱』を基準として、「それ以前」「それ以後」で、アニメオタク全般に対する社会の許容度は劇的に変革されたのである。

1】『涼宮ハルヒの憂鬱』以前のアニメオタクに対する偏見と差別の状況

差別と偏見(写真はイメージです:photoAC)

 現在では信じられないことだが、この国にはほんの10~15年前まで、アニメオタクに対する根強い差別と偏見があった。1988年~1989年にかけて起こったM君事件(宮崎勤事件)の社会に対して与えた衝撃が、紆余曲折のうえ、オタク=二次元性愛者、アニメ愛好家、ロリコンなどと変換されていったのは、サブカル論を著した数々の類書に譲るとしてここでは詳述しない。

 しかし、少なくとも私が中学・高校生活を送った1990年代中盤から後半にかけて、アニメオタクとは、二次元性愛者を指す、という偏見と差別が、同じ年齢の非アニメ視聴者の生徒に強固にあったことは、私の経験から言ってまぎれもない事実である。

 実際私は、1998年に「CCさくら」(注:カードキャプターさくら・1998年~1999年放送)が特典とじ込みポスターとして付録されていた月刊アニメ雑誌『アニメージュ』(徳間書店)某月号を教室内に持ち込んで読書していたところ、「お前は二次元が好きなのか?」などと茶化された挙句、当該雑誌を取り上げられ、すわ床に叩きつけられ、表紙を何度も踏みつけられたという屈辱的経験を有する。

 そればかりではない。アニメオタクに対するいわれなき差別と偏見は、同じ年齢の非アニメ視聴者の生徒ばかりではなく、当然それより上の年齢層にも明瞭に蔓延(はびこ)っていた。

 実際私は、1998年に『カウボーイビバップ』(同年放送、全話放送完了は1999年)を熱心に視聴していたところ、父親から「まんが(―この年代の中年男性は、漫画とアニメーションの別なく、一括して”まんが”と呼ぶ傾向がある)は馬鹿の見るものだからヤメロ!」などと、『カウボーイビバップ』という不朽の名作、スペースオペラの金字塔として国際的に絶大な支持を未だに集める同作を全く理解しようともせず、「馬鹿の見るもの」と決めつけてさんざ理不尽な罵声を浴びせられた。

 こうしたアニメ作品に対する偏見やその愛好家に対するいわれなき差別は、父親の年代(当時、50代)に広範に存在したもので、決して私の父親だけに特有のものでは無かった。

2】アニメオタクは「一部の変人男子」観

アニメオタクに対する迫害(写真はイメージです:photoAC)

 また、現在では信じられないことだが、90年代後半には「アニメオタクは一部の変人男子である」という世界観が、いまだ強固に存在していた。なるほど、いかにもアニメオタクは男子が多かったことは否定できない。忘れもしない1997年3月15日、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』が公開された当初、中学3年生であった私は、公開翌日初回を見逃すまいと、前日深夜からまだ氷点下になる極寒の北海道札幌市の劇場前で十時間以上列をなした経験があるが、この列に並んだ99%は男子だった。

 この『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 シト新生』はのちに「旧劇場版」の一部として包括されることになるが、もはや「エヴァ」と呼べば誰でも知っている2019年の現在からすると、当時「エヴァ」は、「一部の変人男子の間で人気のあるアニメ」という認識が一般的であり、現在と違って間違ってもカップルで劇場に行くような社会的寛容さのある空間ではなかった(―当然、エヴァファンには女子もいたが、劇場に足を向けるのは勇気のある行為であったと思う)。

『カウボーイビバップ』を「馬鹿の見るもの」と断定した父親は、当然「エヴァ」に対しても辛辣で、「そんなまんがばっかり見ていると、落ちこぼれて末はタクシーの運転手になってしまうぞ」などと、露骨な職業差別を口にして憚らなかったのは予想の範囲内であったが、同じ年齢の非アニメ視聴者の生徒ですら「綾波レイ」「惣流・アスカ・ラングレー」のどちらが好きか、という「エヴァ」愛好家同士の会話に対しても、「二次元性愛者が何か気味の悪いことを言っているぞ」という蔑視の目線を隠そうとはしなかったのである。

 余談だが、この時「綾波派」と「アスカ派」に大きく大別された「エヴァ人気女性キャラクター論争」では、私は少数派の「葛城ミサト派」だったので、「連中、二次元性愛者がうんぬんかんぬんと言われても、好きに言わせておけ」という反発心旺盛であったが、今思えばこれも、いわれなきアニメオタクに対する偏見と差別であることは言うまでもない。

「黒地に白字の明朝体」を用いると、「あ、これは市川崑監督のパロディで…」と言い訳したことの何度あったことか(―むろん、このエヴァ字体などと称される演出は、市川崑作品が起源となっているのだが)。「アニメに影響されている」と公言すること自体、当時は偏見と差別にさらされるリスキーな行為であった。

あわせて読みたい

「京都アニメーション」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    米にも露呈した文大統領の異質性

    木走正水(きばしりまさみず)

  2. 2

    石破氏「日韓の歴史を学ぶべき」

    石破茂

  3. 3

    中露側との連携に舵切った文政権

    赤池 まさあき

  4. 4

    元オウム死刑囚の帰依心消えた夜

    篠田博之

  5. 5

    文大統領が韓国を滅ぼす可能性も

    自由人

  6. 6

    「GSOMIA報道は感情的」に反論

    小林よしのり

  7. 7

    日米を敵に回し北朝鮮選んだ韓国

    AbemaTIMES

  8. 8

    住職の煽り運転めぐる報道に指摘

    猪野 亨

  9. 9

    韓国情勢はトランプ氏が元凶か

    小林よしのり

  10. 10

    GSOMIA破棄 米では日本批判なし

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。