日系企業で起きた「中国離れ」と構図は同じ
台湾企業が「中国内販モデル」だったのであれば、「客に近いところ」での生産が最適となるため、回帰の必要性は低い。しかし、台湾企業の販売先は中国ではないことのほうが多いのだ。
ここ数年、大陸に進出済みの台湾企業では、人件費、物流費、用地代などのコストが上昇し、生産拠点としての中国の魅力は薄れていた。そこに米中貿易戦争が起きたことで、生産地移転の引き金を引いたとみることもできる。
これはかつて日系企業で起きたことに似ている。2012年の反日デモは、中国に進出していた日系工場の中国離れのきっかけになった。日中関係の悪化を契機に、工場の赤字に悩んでいた日系企業が「チャイナプラスワン」という活路を開き、東南アジアに出て行ったのだ。
ちなみに台湾経済部の調査では、有効回答2734社のうち15.8%に当たる432社が大陸(もしくは香港)から生産ラインの移転を検討しているという。移転先で最も多いのは東南アジアの49.2%、次いで台湾の41.8%だ。
中国の製造業による“紅いサプライチェーン”の驚異
これまで台湾企業は委託生産加工などを中心に大陸の製造業を大きく下支えをしてきた。その関係は「兄」と「弟」の関係にも近い。しかし、2015年頃から大陸の製造業が力をつけはじめ、台湾の工場への発注が減り、大陸にある台湾系工場も熾烈な価格競争に巻き込まれるようになった。中国の製造業による“紅いサプライチェーン”の台頭が、台湾の製造業にとっての脅威になったのだ。
一方で、世界の製造強国を目指す中国は、台湾を“紅いサプライチェーン”に誘い込む。台湾企業は半導体や工作機械、ロボットに強く、また台湾人は言葉も生活習慣も近い――台湾は中国がさらなる技術導入を図る上で欠かせない存在なのだ。
それが最も顕著に表れたのが、中国政府が2018年2月に発表した「31項目の措置」である。その第1条には、「『中国製造2025』行動計画に参加する台湾企業には大陸企業と同等の政策を適用する」という文言があり、中国政府はハイエンドの製造業に投資する台湾企業を全面的にサポートするという。
蔡英文政権が「台湾回帰政策」の立案の検討に入った2018年10月は、米中貿易戦争の“開戦”からわずか3カ月後だ。その底流には、台湾を苦しめるようになっていた“紅いサプライチェーン”からの脱出があったのではないだろうか。
ホンハイはすでにインドでiPhoneXSとXRの生産を開始
それでは台湾は、“紅いサプライチェーン”から離れ、“世界のサプライチェーン”に移れるのだろうか。台湾政府の首脳部には、すでに独自のサプライチェーン構築に向けた青図があるようだ。
5月15日に開催された「アジア政治経済景気展望研究会」で行政院政務委員の龔明鑫氏は、将来、国際分業体制は実質的な変化を遂げるだろうとし、「政府は回帰した台湾企業をアップグレードさせ、“非・紅色サプライチェーン”を形成する」と述べた。そのために「台湾政府は東南アジア各国の政府と折衝している」(経済日報)という。
それはベトナムやタイなどに南下した産業立地を、ハイエンドの製造拠点である台湾とつないでネットワーク化させようという構想だ。すでに中国から撤退した台湾企業は、ベトナムやタイ、インドなどに生産拠点を形成しつつある。たとえばインド紙「インディア・トゥデイ」は、ホンハイはすでにインドでiPhoneXSとXRの生産を開始しているのではないかと報じている。
米中貿易戦争の結果、台湾企業は中国から離れつつある。それは中国から製造業を奪おうとする米国の思惑にも添う。ホンハイがiPhoneの新工場を稼働させるインドでは、「Made in India」を国策に製造業の集積を急ぐ。
モバイルに見るサプライチェーンの変化は、中国製造業の衰退を暗示するだけではなく、壮大なシャッフルが起きているとみたほうがいいだろう。そこで台湾は漁夫の利よりも大きい果実を狙っている。
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姫田 小夏(ひめだ・こなつ)フリージャーナリスト
アジア・ビズ・フォーラム主宰。1997年から上海、日本語情報誌を創刊し、日本企業の対中ビジネス動向や中国の不動産事情を発信。2008年夏、同誌編集長を退任後、語学留学を経て上海財経大学公共経済管理学院に入学、修士課程(専攻は土地資源管理)を修了。14年以降は東京を拠点にインバウンドを追う。著書に『中国で勝てる中小企業の人材戦略』(テン・ブックス)、『インバウンドの罠』(時事通信出版局)ほか。
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(フリージャーナリスト 姫田 小夏 写真=ロイター/アフロ)