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ハゲタカに食いものにされる日本の教育現場――内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(2)教育現場編

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大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇も……

 ああ……会議と事務仕事に大学教員の研究時間を削ることがいかに日本の国益を損ねているか。一握りでもそこから生まれてくる素晴らしいものが、この国の貴重な知的財産だという意識を国のトップに持って欲しいです。

内田 大学のシラバスというものがありますね。この授業でいつ何を教えて、どんな知識が身につくか詳細をリストにしろというものですけれど、そんなことができるはずがない。1年半も先に自分がどんなことに興味を持っていて、学生たちに何を伝えたいと思っているかなんて、わかるはずがない。そもそも、教育的にはまるで無意味なことなんです。

 シラバスというのは工業製品の仕様書なんです。工場で工業製品を作るプロセスを想定して、どういう材料を使って、どういう工法で、どういう効能で、どういう仕様のものを製造するつもりか、それを書けと言っているのです。工業製品の場合だったら、それは必要でしょう。でも、僕らが相手にしているのは、生身の人間ですよ! 工業製品のように規格通りのものを作り出すことなんかできるはずないし、すべきでもない。

 いまも日本中の大学教員がシラバスを書くために膨大な手間暇を費やしています。教育を「工業製品の製造プロセス」のメタファーで考えるということ自体に僕はまったく同意できませんけれど、それ以上に腹が立つのは、シラバスなんか教育のアウトカムに何の関係もないことです。教育効果がまったくない作業に教員たちを忙殺させておいて、それをしないと文科省は助成金を削ってくる。

 現場の先生たちの話を聞いていると、不満が相当溜まっていますよね。こないだも大阪で現役の公立校の先生が実名を出して府を訴えていましたが、もっと束になって声を上げてもいいと思います。アメリカでは教育をビジネス化するための評価制度を始め、様々なことを現場へ強要した結果、100万人規模のデモが起きたんですよ。「こんな事をするために教師になったんじゃない」と、爆発したんです。オバマ元大統領の地元のシカゴでものすごいデモが起きた時のことを覚えています。ブッシュ政権から引き継いだ教育の市場化をさらに強化して、教育予算を巡って学校同士を競争させたんですよ。競争に負けたら補助金ゼロといういじめ、過激なレースをさせたことに教師たちが反乱を起こした。

 教育は社会的共通資本で公教育は国の財産――国の根幹に関わるものなのにどこまでビジネスにするんだと。海の向こうの事ではなく、日本でも同じことです。経済学者の故宇沢弘文氏が繰り返しその価値を訴えられていた「社会的共通資本」について、私たちは今こそ真剣に考えるべきでしょう。結局オバマ政権下では教育のビジネス化政策は止められなかったものの、現場の教師たちが立ち上がり声をあげたことは確実に流れを変えました。前回の中間選挙を見てもわかるように、州や自治体レベルで「ボトム」から少しずつ変わりつつあります。

現場に自由裁量権を与える大切さ

内田 とりあえずアメリカのいいところは文科省がないんですよね。中枢的に全国の教育政策を統括するような巨大な権限を持つ省庁がない。州ごとに教育制度が自主的に決められる。だから、義務教育の年限も州ごとに違うし、進化論を教えない州が出てきたりもする(笑)。でも、それが教育の多様性を担保していて、リスクヘッジにもなっている。

 日本の場合も、都道府県の教育委員会に権限があって、各自治体ごとにかなり自由な教育政策が採択されれば、いろんなことが実験できる。どこかの自治体での教育実践が成果を上げていることがわかれば、それを共有することができる。

 中枢的に政策を統括して、全国一律に同じ教育政策を強いるのは、教育実践の創意工夫のためにはやってはいけないことなんです。子どもは生身なんですから、一律に扱うわけにはゆかない。だから、子どもと直接接する現場の先生にできるだけ多くの自由裁量権を与えた方がいい。いろんな先生がいて、先生ごとに教育理念も教育方法も教育の目標も違っているという環境が子どもが成長する上では一番なんです。40年近く教育現場にいて、それは経験的に確言できます。

 僕は最初東京都立大に勤めて、それから神戸女学院大学に移ったんですけれど、二つの大学の一番大きな違いは、都立大の職員たちには自由裁量権が与えられていないことでした。それは私学に行ってから分かりました。女学院では、現場の人たちが自由裁量権を委ねられている。

 公立大学だと、ガラス窓が一枚割れても、何枚も伝票を起票して、稟議のハンコをいくつかもらわないと修理に来てくれない。でも、女学院では、日常的なトラブルだと、現場の職員さんが、自分の責任ですぐに来て、片付けてくれる。伝票を出せとか、稟議のハンコがいるから1週間待てとかいうようなことを言わない。ずいぶん話が早かった。

 95年の震災の時に、それは骨身にしみましたね。システムがダウンして、業務命令を発令するセンターそのものが存在しない段階から、自発的に教職員・学生が集まって、復旧作業が始まった。この時の作業工程管理は完全に自主的なものでした。誰も命令しない。なにしろ、どれくらいの被害が出ていて、どこから復旧すべきかについて中枢的にコントロールするセンターが機能していないんですから。でも、驚くほど手際よく復旧作業は進んだ。それは女学院には現場への権限委譲という習慣が根づいていたからだということに後になって気がつきました。指示のないことをしてはいけない、権限のないことをしてはいけないというルールで縛られた公務員たちでは、とてもこんな真似はできなかったでしょう。その時に、いちいち管理部門に話を上げて、その許諾を得てから動き出すという上意下達の仕組みの非合理性に気がつきました。「ほう・れん・そう」とか言っている組織が一番非効率なんです。

 でも、日本の組織はほぼすべて中枢が管理する「ツリー」型の組織ですね。多くのビジネスマンはトップダウンが最も効率的だって骨の髄まで信じ切っている。それ以外にもっと効率的な組織があるのではないかということを想像さえしない。でも、現場に自由裁量権を与えること、実際に研究教育のフロントラインにいる人に大幅に権限を委譲するのが、実は一番効率的で、一番生産性が高いんです。

 原発事故以来、さまざまな企業でコンプライアンス違反とか、データ改竄とか、仕様違反とか不祥事が起きましたけれど、現場では「こんなことしていたらいつか大変なことになる」というのは分かっていたはずなんです。わからないはずがない。でも、それを上司に具申しても、「黙っておけ」と言われる。うるさく言い立てると煙たがられて、場合によっては左遷される。上は自分の在職中に事件化しなければ、それでいいと思っている。いつかはばれて大ごとになるだろうけれど、その時には自分はもう異動しているか退職しているので、関係ないと思っている。

 現場に権限委譲しておけば、大きなトラブルが起こることは防げるんです。クラフトマンの直感で、「なんかこのメカニカルノイズはイヤな感じがする」といったことがあれば、ちょっとボルト締めておこうとか、クラックがあるかどうか見ておこうか、部品を交換しておこうかということを、いちいち上司にお伺いを立てなくてもできるという体制があれば、そういう事故や不祥事の多くは未然に防げた。僕はそう思っています。

 システムクラッシュを招くようなリスクというのは、だいたい「ジョブとジョブの隙間」に発生するものなんです。誰の仕事でもないし、誰の責任でもないところに「リスクの芽」が発生する。それは気がついた人が自分でさっと「摘んで」しまえばそれで済むことなんです。でも、「ジョブ・デスクリプションに記載されている以外の仕事をする権限はない」とルールで縛られていると、「そこにリスクがある」ということに気がついていながら、手を出すことができない。その結果、カタストロフが発生する。

「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)

内田 僕は凱風館という武道の道場をやっています。僕は館長ですけれど、「神輿に担がれてる」だけです。特に指示は出さない。会議も開かない。門人たちには「問題点を発見しても僕には通報するな」と言ってあります。「問題点を発見したら、自分ですぐになんとかしてくれ」と(笑)。

 だから、現場に権限を委譲しています。必要経費も最初からまとまった額を書生たちに預けています。「必要だと思ったら使ってください。用途の適否については諸君が判断してください。足りなくなったらまた言ってください」と言ってあります。さすがに畳替えとか、サッシの交換とかいう桁の仕事だと僕のところに相談に来ますけれど、それ以下の金額のことについては事務方任せです。でも、そうやって権限委譲していると、システムトラブルは起きないんです。起きても、すぐに補正される。だから、問題点を発見したり、解決したりするために会議を開く必要がない。年に何度か道場の幹部たちに集まってもらいますけれど、それは僕が皆さんに「一年間、お疲れさまでした」とご馳走するためです。

 現場に自由を与える代わりに、自分の頭で考えてね、と(笑)。トップに覚悟があってこそできるシステムですね。

内田 日本の組織の問題は、会議と書類書きにあまりに無駄な時間を費やしていることだと思います。日本社会を立て直すためには、組織の生産性を上げるしかないんですけれど、ほとんどの人はそれをトップダウンシステムを強化して、独裁的な仕組みにすることだと勘違いしている。でも、話は逆なんです。

 まず優秀なメンバーをリクルートする。しかるのちに彼らに権限委譲する。それが一番楽なんです。独裁的な仕組みにこだわる人たちは、前段の「優秀なメンバーをリクルートする」というところでいきなりまずつまずいてしまう。それは、トップダウン派の人たちは、メンバーをリクルートするときに能力よりも「イエスマンかどうか」を優先的に見るからです。どんな無意味なタスクでも、理不尽な命令でも、上の指示に従う人間であるかどうか、それを最優先の採用条件にする。その人がこれから集団内部でどんな能力を発揮してくれるか、どのような点において「余人を以ては代え難いか」ということには副次的な関心しかない。

 たしかに上の言うことに唯々諾々と従う人間ばかり集めたら、効率よく上の意志が下に伝達される組織はできますけれど、そのような組織が生産性の高い組織かといったら、話は違う。イエスマンシップだけを条件に人を集めたら、上の顔を窺って、指示待ちする人間が集まるだけで、自分の頭でものを考え、判断する人間はあつまらない。上の人間が見落としたことを指摘し、上の人間が誤った判断をしたときに補正を提案するタイプの人間がどこにもいなくなる。「自分ではものを考えない人間」ばかりを集めた組織では権限委譲のしようがない。

「独裁的なシステムが有効だ」と主張する人がたくさんいますけれど、そういう人たちは自分の周りには「無能なイエスマン」だけを集めている。自分の指示を口をあけて待っている人間に取り囲まれていることがうれしくてしょうがないんです。自分が次々と指示を出さないと組織がさっぱり動かないのを見て、「オレがいないと何もできない連中だ」と思って、ご本人はいい気分になっている。でも、それは彼が有能だということではなく、無能なイエスマンばかりの組織を自作した結果なんです。いまの日本では、会社だけでなく、行政組織もそうなっています。「安倍一強」とか「官邸支配」というのは、行政の要路に「無能なイエスマン」ばかりを配したことの結果なんです。

どうすれば日本の組織は活性化するのか?

内田 日本の組織を何とかしようと思ったら、まず人材登用の第一条件をイエスマンとするというルールを廃止することです。そして、自分の頭で適否の判断が下せる優秀な人材を登用して、彼らに気前よく自由裁量権を与える。もちろん、いろいろな失敗もあるでしょうけれど、組織が活性化し、イノベーションを起こすためには、そうした方がいいんです。イエスマンたちで埋め尽くされた組織でイノベーションが起きるということは絶対にありませんから。

 かつての大学はその点ではいまよりずっと自由でした。適当に研究費がばらまかれて、研究テーマが社会的に有用かどうか、金になるのかどうかなんて誰も訊きやしなかった。だから、海のものとも山のものともつかないような研究を何年も続けることができた。そういう試行錯誤があるから、時々思いがけない学術的アウトカムが出て来た。研究の95パーセントはたいしたアウトカムを生み出さないものでしたけれど、5パーセントの「当たり」が出たら、研究への投資は十分に元が取れるものなんです。

 イノベーションというのはいつだって「まさか、そんなところから出て来るとは思ってもいなかったところ」から出て来るものです。だったら、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」で予算をばらまくのが効率的なんです。とりあえず研究の成否について予測し査定するコストはゼロになる。

 いまは社会的有用性があり、換金性が高いことがあらかじめ証明できる研究にしか予算がつかない。でも、先に何が出て来るかわかっている研究がイノベーティヴであるということは論理的にあり得ないんです。                         

 「イノベーション、イノベーション」と盛んに旗を立てる一方で、組織の体質やシステムの部分が逆行しているという話ですね。大学の研究に関しては、本当にもったいないと思います。その環境を作る側の人の脳内にまずイノベーションを起こさなきゃ!(笑)。

 教育でも研究でもそうですが、「無駄なものイコール価値のないもの」という固まった考えは有害になるので外さなきゃなりません。同調圧力が強い日本のような国で今までにない優れたものを誕生させるには、まず何よりも、自由な発想が生まれやすいのびのびした環境を整える事が先でしょう。環境を作ればメンタリティは後からついてくる。だから枠組みを作る側の責任は大きいのです。トップに立つ人間の価値観・思想によって組織の体質も運命も、大きく変わってしまう。今内田さんが仰ったように、教員を締めつければ、それは巡り巡って日本の知的財産や学校での教育レベル、これから社会に出てゆく子供達の知的レベルにマイナスの影響を与えますよね。現場を細かく管理するのではなく、全員がそれをやる事の真の目的や本質を理解しているか、そこから外れていないかどうかをチェックする事の方が、遥かに重要だと思います。

※(3)医療編は近日公開予定です。

内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生れ。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『ローカリズム宣言』『人口減少社会の未来学』など著書編著多数。『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』で第3回新書大賞受賞、2011年に第3回伊丹十三賞を受賞。近著に『街場の天皇論』『そのうちなんとかなるだろう』ほか。

堤未果(つつみ・みか)

国際ジャーナリスト。東京生まれ。NY州立大学卒業。NY市立大学大学院国際関係論修士号取得。国連、米国野村證券などを経て現職。米国を中心とした政治、経済、医療、教育、農政、エネルギー、公共政策など幅広い調査報道で活躍中。多数の著書は海外でも翻訳されている。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で日本ジャーナリスト会議黒田清賞受賞。『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞・中央公論新書大賞を共に受賞。近著に『日本が売られる』『支配の構造』(共著)等。

(内田 樹,堤 未果)

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