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ハゲタカに食いものにされる日本の教育現場――内田樹×堤未果 日本の資産が世界中のグローバル企業に売り渡される“ハゲタカ”問題を考える(2)教育現場編

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日本の介護が「刑務所ビジネス」で破壊される日――内田樹×堤未果 から続く

 教職員の長時間労働がブラック過ぎると話題になっている。過労死ラインの週20時間以上残業をしている教員は中学校で57.7%、小学校で33.5%(「教員勤務実態調査」2017)との統計もあるなか、現場を疲弊させる諸政策が打ち出されてきたのはなぜなのだろう。ビジネス化が進みすぎた教育制度にたいして、アメリカの教師たちが起こした100万人デモとは? 学生が食いものにされる実態と再建の道筋を探る。

◆◆◆


内田樹さん(右)と堤未果さん(左) ©末永裕樹/文藝春秋

最低の教育コスト×最低の学習努力

内田 新自由主義の潮流のなかで、教育分野もまた「ハゲタカ」の餌食になりつつありますね。2004年に株式会社立大学という制度が導入されました。ビジネスマンたちが「大学の教師というのは世間のことを何も知らない。だから、無用のことばかり教えて教育資源を無駄にしている。われわれのような世知に長けた実務家が大学で教えれば、即戦力となる優秀なビジネスマンを育てることができる」と言い出して、特区にいくつか大学を作った。それから15年経ちましたが、いまも残ってるのは二つくらいじゃないですか。あとはほとんどが潰れた。そりゃそうだと思いますよ。ビジネスマンが大学作るとまっさきにするのが人件費コストと教育コストの削減だからです。

 彼らはまずいかにして教育コストを減らすかを考える。言い換えれば、「どうやって教育しないで済ませるか」を考える。ビルの貸し会議室で授業をやったり、教員を雇わず、職員に授業をさせたり、ビデオを見せて授業の代わりにしたりした。学生たちを集めるときも、「最小の学習努力で、単位や学位が得られます」という売り込み方をした。ある株式会社立大学は「一度も学校に来なくても卒業できます」というのが売りでした。

 学習努力が貨幣、学位記が商品だというふうに考えて、それを売り買いするというスキームで考えると、「最低の教育コストで大学を経営しようとする人」と「最低の学習努力で大学を出ようと思った人」が出会えば、そこに「欲望の二重の一致」が成立する。と思いきや、これらの大学はばたばたと倒産した。教育の本質がわかっていない人たちが教育事業に手を出すと必ずこういうことになります。

 構造改革特区法ですね。この法改正は学校を作れるのが「国と地方公共団体と学校法人」という部分に「株式会社」を加えましたが、そもそもの「法の精神」部分についてきちんとした審議がされませんでした。例えば私学には自主性とともに公共性の担保が求められますが、株式会社立という新しい存在はそこについてどう整合性をつけるのか。国家にとってとても重要なこの部分が、置き去りにされてしまったのです。官邸と財界主導で進める構造改革特区の目的は民間活力を使った経済活性化ですから、「既存のルールが経済活動の障害になっている」という事ばかりに焦点があてられる。少子化と過疎化で苦しむ自治体側は、どうしても「収入増・雇用増」が第一の目的になってしまう。でも教育でも医療でも第一次産業や公共インフラでも、最も大事なのはむしろそうした経済的側面以外、元々の法律が守ろうとしていた根幹部分の方なのです。そこが疎かにされてしまっているのが、構造改革特区の最大の問題ですね。

 株式会社立大学でもその副作用が吹き出していたのではないでしょうか。結局教育の質は問わず、頭数だけ欲しいってことですよね。

「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」学校

内田 そうです。東京福祉大学が中国人の留学生を集めて、学生たちが行方不明になったことがニュースになっていましたけれど、この大学も「授業料は取るが、できるだけ教育活動はしない」ことで商売をしていた。理事長は笑いが止まらないくらい美味しいビジネスだと豪語していたそうですけれど、たしかにビジネス的に考えたら、このやり方は合理的なんです。教育コストを最小化したい大学と、最少の学習努力でとりあえずIDが欲しいという留学生の出会いが成立しているわけですから。でも、このウィン―ウィンのビジネスも結局は長続きしなかった。

 こういう仕組みを英語では「学位工場(degree mill)」と呼びます。アメリカは大学の設置基準が緩いので、ビルの一室だけ借りて、サーバーを一個置いただけで大学を名乗っているところがあります。そういう大学では、どんな中身のない論文を提出しても、金さえ払えば学位をくれる。実体のない学位ですが、それでも「欲しい」という人がいる。ジャンクな商品を売りたいという人がいて、ジャンクな商品を買いたいという人がいる。合法的な取引ですから、司法は介入できない。ビジネスマインドで大学を経営したら、教育活動をしない代わりに、大学が発行できる何らかの証明書を売りつけるという商売になるに決まっています。それは学位工場の事例を見ればわかります。

 いまは学生に1年間海外留学を義務づけている大学がけっこうありますね。これもビジネス的に言ったら、きわめて合理的なんです。だって、授業料を満額もらって、留学先の学校にその一部を払って、残りは「中抜き」できるわけですから。1年間まったく教育活動をしないでもお金が入ってくる。教職員の人件費も、キャンパスの維持管理コストも25%カットできる。だって、学生がいないんですから。それで味を占めたら、そのうち「だったら、いっそ2年間海外に行かせない?」って誰かが言い出すでしょう。たしかに賢いアイディアなんですよね。2年留学させたら、教育コストが50%削減できる。学生が半分しかいないんだから、校舎校地も半分で済むし、光熱費もトイレットペーパーの消費量も半分で済む。でも、このロジックを突き詰めると、そのうち「おい、いっそ4年間行かせちゃおう」という話になる。そしたら大学がなくて済む(笑)。

 校舎もいらなくなりますね。

内田 もうキャンパスも教員も職員も要らない。サーバーが1個あれば済む。最初に授業料だけ振込んでもらって「じゃあ、海外のあの大学に留学してください」と言うだけでざくざくと金が入ってくる……わけはないんですけれど、ビジネスマインドで考えたら、大学の利益率が最大化するのは、大学が存在しない時であるということになる。ほんとうにそうなんです。教育活動をしない大学である学位工場が一番儲かるんです。でも、いまの大学人には、このジョークの意味が理解できない人がほんとうにいる。どうして海外留学1年義務化はよくて、海外留学4年義務化はいけないのか、その違いがわからなくて、ぽかんとしている人間が現に大学を経営している。

 銭勘定がうまいだけのビジネスマンが大学の経営をすれば、これと同じ事態が生じます。さすがに「大学をなくす」ということまでは自制しても、「海外留学2年間義務化」くらいのことは思いつきかねない。よその教育機関に丸投げして、それで「いくら抜けるか?」と計算する人間は、そもそも教えたいことがないんです。教えたいことがない人間がどうして大学の経営なんかに手を出すんです? 

 教育というのは本来「持ち出し」でやるものなんです。自分にはどうしても教えたいことがある、だから身銭を切っても学びの場を立ち上げたい。そういう人が教育者なんです。学生を消費者扱いにして、「市場のニーズがどうだ」とか「顧客満足度がどうだ」というようなことを言っている人間は教育にかかわるべきじゃない。

 特区でできた株式会社立の悲惨な末路を知っていたら、いま頃になってまたぞろ「実務家が教えるべきだ」とか「大学の経営にビジネスマインドが足りない」というようなふざけた台詞が出て来るはずがないんです。それと同じことを言って大学を始めた人たちが大失敗した。LECリーガルマインドは5年で募集停止になりました。LCA大学院大学は3年で募集停止になりました。TAC大学院大学は申請段階で却下されました。今回はそれとどこが違うのか。今度ばかりは「前車の轍を踏まない」という自信があるなら、どこがどう違うのか、それを語るべきでしょう。

 さっきも言いましたが、特区の規制緩和の最大の問題はそこですね。投資家が入ってきて、いろんなものが経済性と効率を物差しにシステマティックに処理されてゆく中で、子供達もある種の「商品」としてビジネスの力学に取り込まれてしまう。10年前、『ルポ 貧困大国アメリカ2』の取材現場で嫌という程見た光景です。あのシリーズにはアメリカで起きた事が数年先に日本にやってくる、という警告が込められていたのですが、その後「構造改革」の名の下に、アメリカ発のビジネスモデルが様々な分野で日本に輸入されてきました。

 経済性だけでは価値の測れない教育や医療、第一次産業や公共インフラなどは特に慎重にしなければならないのに、肝心の審議の場に当事者が入っていない。消費者に提供するサービスという位置づけになりますから、この法改正が進むほどに、その実態は教育の本質からかけ離れてゆくでしょう。

 ちなみにそういうビジネスをやっている人に限って、自分の子供はその学校に入れないですよね。

自分の子どもは海外に行かせる日本の“教育改革者”たち

内田 財界人も政治家も自分の子どもは当然のように中等教育から海外の学校に入れてますね。それは一つの見識でしょうから、僕は別にそれに異議があるわけじゃない。でも、自分の子どもを海外の学校に留学させている人たちは、日本の学校教育についてうるさく「ああしろ、こうしろ」と言うことは自制して欲しいと思う。

 以前、ある会議で隣になった人が、学校教育について僕が発言するたびにうるさく反論してくる。どう考えても、彼の言うようなしかたで学校教育を「改革」していったら、子どもたちの学力は低下するし、大学の研究力教育力も落ちる。そういう有害な提言ばかりする。不思議な人だなあと思っていたら、「うちの娘は高校の時からアメリカです。いまはハーバードの大学院に行ってる」と自慢げに言うんです。

 彼は日本の学校教育を見限って、自分の子どもをアメリカに留学させた。だから、「日本の学校教育を何とかしなくちゃいけない」という喫緊の個人的理由は彼にはないんです。彼が日本の学校教育に期待することがあるとしたら、それは日本の学校を見限って、わが子を海外に留学させた私は賢いということを確認することだけです。だとすれば、彼があらゆる機会をとらえて「日本の学校教育が一層ダメになるような提言」をするのは当然なんです。もちろん、無意識にやっているわけで、本人はあくまで善意の提言をしているつもりなんですけど。僕はそういう人物の話は眉に唾を付けて聞くことにしてます。

 そうだとしたら恐ろしく有害ですね。

内田 先日、以前ハーバード大学にいた方が教えてくれたんですが、ハーバードの夏学期になると、日本から政治家の息子とか財界人のドラ息子たちがぞろぞろ来るんだそうです。ハーバードは学費はめちゃ高いですけれど、夏学期だけの学生IDがもらえる。正規の学生じゃないんだけれど、キャンパス内でハーバードの教授の授業を受けることができる。ろくに授業も出ないで遊んでばかりいるんだそうですけれど、日本に帰った後に、「僕がハーバードにいた頃のことですが……」というような話をする(笑)。

 ハーバードの学歴ビジネス……売る方は笑いが止まらないですねぇ(笑)。

内田 別に単位を取ってなくても、学位を取っていなくても、履歴書に「ハーバードで学ぶ」とか「〇〇先生に師事」とか、書き放題でしょ? 嘘じゃないんだから。

 最近の自民党の政治家って、最終学歴がアメリカの大学という人が多いじゃないですか。でも、あの中には、夏期講習とか外国人向けの語学のクラスを受講しただけの人も結構いると思いますよ。たしかに、夏期講習でも、それが生涯最後の大学での受講経験だったら「最終学歴」ではあるわけですからね(笑)。

 安倍晋三は以前の経歴には「南カリフォルニア大学政治学科留学」と書いていましたけれど、実際に取得した単位の半分は外国人のための英語の授業で、政治学は受講していなかった。いまはもう履歴から削除したらしいですけど。

 有権者のために文春さんがそういう方々の一覧でも出しては?(笑)

内田 多少話を盛るのは別に構わないんです。ただ、そうやって「海外留学で履歴に箔をつけようとした人」たちがこの国の教育政策についてあれをしろこれをしろとうるさく言っていることに僕は腹が立つんです。

 この四半世紀、文科省の指示で、教育現場には膨大な無意味なタスクが課せられて、現場は疲弊し果てています。日本の学術的な水準はどうすれば上がるか、若い人たちをどうすれば知的に活性化できるか、といった本筋の問題にはまったく取り組まず、「アメリカみたいなやり方」を導入することに夢中になってきた。FDとか、相互評価とか、PDCAサイクルとか、教育の質保証とか……この四半世紀に大学に押しつけられたタスクはほんとうに膨大なものです。そのために大学教員が研究教育に割くことのできたリソースの3~4割がた削られたんじゃないかな。人によってはもっとかも知れません。特に独立行政法人に移行した国立大学の教員たちはほとんど10年にわたって、会議と書類書きに忙殺された。こういう仕事はたいてい若くて、仕事の手際がよい教員に集中しちゃうんです。このタスクに投じられたリソースを彼らが研究と教育に集中することができたら……と考えると絶望的な気分になります。ノーベル賞何個分かの知的損失だったと思います。

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