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ニューヨーカーがダイソーを好きな理由 - 田村明子 (ジャーナリスト)

2019年の3月、ダイソーがニューヨークに米国東海岸の第一号店を出した。オープニングしたばかりのころは、外に長蛇の列が出来て店に入るまで人々は30分くらい並んでいたという。開店して4ヶ月ほどたった現在、どんな様子になっているのか筆者も来店してみた。

ダイソーがあるのは、マンハッタンから7番の地下鉄に乗って40分ほどの、クイーンズの東側にあるフラッシングという区域だ。ここは元々アジア系の移民が多い住宅街だったが、現在では特に中国系移民が増えて高層ビルのホテルなども建ちはじめ、マンハッタンの中華街をしのぐ勢いでコミュニティが膨らんでいる。

このフラッシングにあるスカイヴューモールというショッピングセンターの中に、ダイソーが出来たのだ。同じビルの中にはユニクロ、米国の大手百貨店ターゲット、地下にはファストフードやアジアの食材が揃っているスーパーマーケットもあり、家族連れが週末に時間をつぶすには格好の場所である。

ニューヨークで人気を呼ぶダイソー

人気は化粧品など

さて噂のダイソーは、思ったほどの広さはなかったけれど、やはり週末だったこともあってかなり混み合っていた。

特に人気があったのは、化粧品や、ヘアアクセサリーなどを扱っているセクション。若い女性たちが、棚からひったくるようにして商品をバスケットに入れている。またメモ帳などのステーショナリー、小物など一般のアメリカの店で手に入るものより凝ったデザインが人気があるようだ。

価格は、一般の商品は一品1ドル99セント。今の換算でいうと、日本円にしておよそ220円程度なので、日本で買うよりは若干高い。それでも「日本の商品が、これほど安く買えるなんて」と、特に若者たちに人気がある。

実際のところ、現在ディスカウントショップで売っているものの大多数は、Made in Chinaであることは東西どこも事情は同じだ。だがそれでも日本で発注されて品質管理され、何より日本の消費者たちが買っているものと同じ商品だというところが、魅力の一つなのだろう。

世界でのメイドインジャパンの評価

「私が子供のころは、日本の製品というと安かろう悪かろうというイメージがあったんです」というのは、60代前半のアメリカ人の友人である。

「それが1970年代あたりから、日本製品は評価を上げていった。やはりソニーやトヨタ、ホンダあたりから始まったような気がします」

現在ではテクノロジーだけでなく、ファッション、コスメ、食料品など、すべてにおいて日本製といえば世界中で一目おかれていると言って過言ではない。

2018年モスクワに行ったときは、地下鉄の通路に日本の飲料自動販売機が置いてあるのを見つけて驚愕した。印刷された簡単なロシア語の説明がテープで貼り付けてある以外、売っている商品もすべて日本にあるものと全く同じである。午後の紅茶とか、桃の香りがする飲料水とか、ロシア人が買うのだろうか? モスクワ出身の友人にそう聞くと、やはりこんな答えが返ってきた。

「ロシア人は、日本製なら大丈夫、と思っているの。日本で作られたものなら、なんだか良くわからなくても質が良いものだろうとみんな信頼しているので」

こうした基盤があってこそ、ダイソーも開店早々長蛇の列ができるほどの人気となったのだ。

100円ショップの原点はアメリカにあった

ところで100均ショップの元祖は、アメリカから始まったことをご存知だろうか。その起源は19世紀の後半とされている。

1879年にフランク・W・ウールワースが、「ウールワースズ・グレイト5セントストア」をニューヨーク州ウティカにオープン。だが第一号店は数ヶ月で閉店になり、同じ年の夏に今度はペンシルバニア州ランカスターで再オープンし、大評判になったという。後には弟のチャールズ・サムナー・ウールワースも経営に参加して、ウールワース・ブラザーズ店舗をどんどん増やしていった。

ニューヨークにちょっと興味がある人なら、ウールワースといえばピンと来ただろう。1913年に彼らのヘッドクオーターとして建てられたのが、マンハッタンで最も古い高層ビル、60階建てのウールワースビルディングだった。現在もダウンタウンにあるこの美しいネオゴシック建築は、1930年にクライスラービルが出来るまで世界でもっとも高いビルだった。当時の建設費は全額現金で払われたというから、いかに彼らのビジネスが成功していたか伺える。

ウールワースが大成功すると、同じコンセプトの店が続々登場し、5セント&10セントストア、あるいは5セント&ダイム(10セント玉の俗名)ストアと呼ばれた。

当時の5セント、10セントの価値は

ところで当時の物価で5セントと10セントはどのくらいの価値があったのか。

19世紀の終わりのニューヨークでは、移民してきたばかりの家族がもっぱら住んでいた質素なアパートの家賃がおよそ月10ドル程度。ミルクが1クオート(1リットル弱)6セント。卵が1ダース40セントだったという記録がある。

現在のニューヨークの物価と比べてみると、ミルクは50倍、卵は10倍、不動産バブルで家賃はおよそ250倍と、値上がり比率にばらつきがある。だから当時の5セント、10セントを現在の価格に変換することは難しいが、5セントは現在の100円よりも価値があったのではないだろうか。

工場で働く男性の月給は40ドルほどで、労働者階級の家は家計が苦しく、主婦、子供たちも外で労働をして収入を得ていたという。そんな中で、5セント均一、10セント均一を打ち出した薄利多売のビジネスは、庶民の心強い味方であったに違いない。

ウールワースはその後大手スーパーマーケットへと転身し、ヨーロッパなどにも支店を作っていったが、アメリカでは1997年に倒産。その後名前をフットロッカーと変えて、現在はスポーツ用品とスニーカーの専門店として営業している。

100均ショップの元祖を引き継ぐ「ジャックス」

ジャックス99セントストア

ウールワースはなくなったものの、そのビジネスコンセプトは、現在「99セントストア」と姿を変えて引き継がれた。

全米各地に似たような名前の店はあるが、マンハッタンにある最大級のフランチャイズは「ジャックス99セントストア」だろう。(現在の社名はジャックス)99セントのものは現在あまり多くはないが、品物によって1ドル99セント、2ドル99セントなどの割引価格で売っている。

ジャックスには、閉店に伴う在庫整理の品物が集まる

ダイソーと最も違うのは、扱っているのがオリジナルの製品ではなくて閉店に伴う在庫整理の品物などを集めて販売している、いわゆる「クローズアウトストア」であることだ。食料品から日常生活用品、寝具や衣類、ちょっとした家電まで何でもある。といっても、クローズアウトストアなので日によって入荷された品揃いは違う。

いつもそれなりに混んでいて、時には掘り出し物もある。でも品質管理はそれほど良くなく、外装の箱がへこんでいたりという程度のダメージは日常茶飯事。店内全体にちょっとうらびれた雰囲気があることは否定できない。

その点、店全体に活気があり、品質管理がしっかりしていて、オリジナル商品の多いダイソーはニューヨーカーにとってこたえられないほど魅力的なのに違いない。5セントストア時代のウールワースも、品質管理の良さと顧客サービスで知られていたという。ウールワースの真の後継者は、もしかするとダイソーなのかもしれない。

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