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「民主主義の危機」ってどういうこと?東京大学・宇野重規教授に聞いた 「自分たちで決める」社会の難しさ

近づいてきた参院選の投開票日。連日のように選挙に関するニュースは流れているが、政治の「そもそも」に答えてくれるようなものはなかなか見当たらない。

そんななか、あかね書房から社会問題について描かれた絵本「あしたのための本」シリーズが刊行される。この絵本は、40年以上前にスペインで出版されていたものを復刊し、現代で活躍する日本の識者のコラムを追加したものだ。

シリーズは『民主主義は誰のもの?』『独裁政治とは?』『社会格差はどこから?』『女と男のちがいって?』の4冊。各冊、スペインで刊行された当時の問題意識が色濃く反映された内容となっている。絵本だけあり、わかりやすく読めるものになっているが、現代の我々もこの普遍的なテーマから学べることはあるのではないだろうか。そこでBLOGOSでは、各テーマにコラムを寄せた識者に話を聞くことにした。

東京大学社会科学研究所で政治思想史、政治哲学について研究をおこなう宇野重規教授は、『民主主義は誰のもの?』にコラムを執筆した。今回は絵本から少し視点を変えて、民主主義の歴史と現状について話を聞いた。

メディアでよく見る「民主主義の危機」は本当か

—— 新聞や雑誌、ネットでよく「民主主義の危機」と言われているのを見かけるのですが、現在の民主主義は本当に危機的状況なのでしょうか

これは世界と日本で大きく異なった見方ができると思います。

アメリカとイギリスは、これまで世界の民主主義をリードする国でしたが、アメリカでは過激な発言を繰り返すトランプ大統領が誕生し、イギリスではEUから脱退するというブレグジットが起きています。これはしばしばポピュリズムと言われ、民主主義が危機的状況に陥っている例として挙げられます。

話を聞いた東京大学社会科学研究所・宇野重規教授

ただ、ポピュリズムと民主主義というのは必ずしも対立しているものではなく、裏表のようなものと考えるべきでしょう。世界的にグローバル化が進むなかで、そのメリットをあまり享受できない先進国内部の多数派の人々がダメージを受け、不満を溜めていくと、当然、反発も起きてしまう。すると、社会における多数者の声を反映する民主主義というやり方では、必ずしも国益にかなうとは言えないグローバリズムへの反発や、排外主義的な言説が支持されてしまうことも起こりえます。これはフランスやドイツにおいても同様で、民主主義を動かしていた2大政党がダメージを受け、右派の第3勢力が力を伸ばしています。

他方、中国の習近平国家主席や、ロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領など、ともすれば「独裁的」ともいえる政治家たちが、民主主義的な手続きを省略することで、順調に国家を運営しているようにも見える。この状況を見ると、「民主主義がうまくいっていないのでは?」と思ってしまうのも無理はありませんよね。

教科書では、政治における民主主義と経済発展は、民主的なほうが経済は発展するし、経済が発展すればその国の国民は自由や政治参加の権利を求めていずれ民主的になるというように、お互いを支えるものとして書かれていました。しかし、現代にはそれが当てはまらなくなってしまった。

こういったことを背景に、いまの世界には、「大切なのは国民の生活が安定し、秩序が維持され、経済が成長すること。そのために民主主義は不可欠なのか?」という問いが生まれています。この状態を「民主主義の危機」と言うことはできると思います。

—— 日本はどうでしょうか

まず、今の日本は良かれ悪しかれ政治的に安定しています。これは海外とは大きく違うところです。

その上で、今の日本の問題は、人口の構成がいびつで、将来へ投資するような政策が歓迎されなくなっている点だと思います。日本のように極端に高齢者が増えてしまうと、多数者である高齢者の意見が通りやすくなり、数の上で不利な若者は政治に期待しなくなって、投票にも行かなくなってしまう。すると若い人の声はより政治に反映されなくなり、年長者の経済的利益が優先され、若い人は後回しになる。結果、若者は民主主義にも不安を持ってしまっている。

民主主義というのは今この瞬間の利益を最大化するので、将来的なことを考えると若い人などこれからの世代に投資しなければいけないとわかっていても、将来のための投資を今の多数者が貪ってしまいます。そのため、日本の場合は安定はしていても、民主主義の悪い部分が強く出てしまっていると言えるかもしれません。

民主主義というのは自分たちの社会を自分たちで決める。だからこそ、そのコストは自分たちで負担しようと言ってきた。でも、日本の若い人たちにとってはこの社会が自分たちのものだという実感を得づらくなってきています。上の世代が自分たちの体制を守るためのものであって、俺たちには関係ないよねと。どうあがいても変化しない、衰退しながらの安定というような、長期衰退のなかに民主主義が取り込まれてしまったという形です。

民主主義が「よいもの」とされたのはふたつの大戦以降?

—— にもかかわらず、わたしたちは民主主義がとてもよいものだと思っているフシがありますよね

そもそも、民主主義というのはdemocracyの訳ですが、歴史を紐解けば、その語源は古代ギリシア語の「demos(民)」と「kratos(力)」にあります。これをくっつけて、民衆が支配するとか、民衆が力を持つという言葉として、紀元前6世紀くらいに成立したと言われています。

ですが、それがずっと高く評価され、正しいものとして扱われてきたかというと、実のところはそうでもない。古代ギリシアでも民主主義がうまくいったとされるのはせいぜい1世紀くらいで、その後はいわゆる衆愚政治という状態に陥ってしまった。民主主義のもと、多くの人が政治に参加する権利を持った結果、対立が生まれ、お互いの足を引っ張り合い、崩壊していったんですね。

以後ずっと、デモクラシーという言葉は西欧に継承されるものの、ほとんどの場合は否定的な意味で使われていました。いつの時代も数が多いのはお金持ちではなく貧しい人なので、「数ばっかりが多い貧しい連中が政治を牛耳ると、その人達が目先の経済的利益を得るために政治を先導してしまう」と。

—— その状態から、なぜ民主主義が評価されるようになったんでしょうか

1835年にフランスの思想家、アレクシ・ド・トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』という本が出るのですが、これがデモクラシーという言葉が肯定的に使われた最初の方の例です。といっても、トクヴィルも単純に褒めていたわけではありませんでした。

社会と経済が発展し、歴史のなかで次第に平等化が進んでくると、富を得て成長する市民や知識の力で社会的に上昇する人も出てくる。すると身分制度は崩れ、政治体制も一部の王様や貴族に支配されているような形から、良い悪いは別として、必然的にデモクラシーに移行する。ただしそれがうまく行くかはまた別問題で、トクヴィルも、「数が多い」というだけの理由で政治をやると「多数者による専制」になってしまうと指摘しています。

20世紀になると、2度の世界大戦にアメリカが参戦するにあたって、「民主主義のための戦争」というスローガンを打ち出します。特に第二次大戦の際には日本とナチスというわかりやすい敵がいたので、「全体主義か民主主義か」という図式を掲げやすかった。この戦争にアメリカが勝利したことによって、民主主義は世界の大義になっていきます。

—— なるほど、2つの大戦がきっかけだったんですね

今は学校でも、「民主主義は守らなければならない大切なものです。すべての個人は自由であって、個人が政治的支配に服従するのは、自分が同意したときだけです」という前提で教えられます。正当な政治体制は民主主義以外あり得ないというように。

ですが、今お話しした通り、それは精々この1世紀のことです。それがこの10年くらいのあいだで、早くも大きくぐらつき始めた。「本当に民主主義は持つのだろうか。おそらく正しいのだろうけど、維持可能なのだろうか」と。

—— そもそも脆かった、という可能性もあるのではないでしょうか

短期的には優秀な独裁者のほうがパフォーマンスが高いということは大いにありえます。民主主義というのは参加者が多いので、ヘタをすれば物事が決定できなくなってしまう。それに比べて少数の優秀な人が独断で物事を決めていったほうがうまくいくということはあるかもしれない。ただ、独裁体制というのは、優秀な独裁者が常に確保される必要があります。しかし現実には、その保証はありません。

一方、民主主義体制は、いつも正しいとは限らないけれども、より多くの人たちに政治参加をさせて、その納得を得ることによって物事を進めようという体制です。なので、長期的に見ると安定性はあるのではないか、とこれまで言われてきています。

そういう見地に立てば、現在は難しくなっているものの、これもやがて乗り越えられて、いずれまた民主主義がいい形で機能する可能性が大いにある。

これからの時代に必要とされる「民主主義」の新たなとらえ方

—— 現状は余り喜ばしい状態ではないですよね

そうですね。それもあって私自身は最近、民主主義観を変えてみてはどうかと主張しています。先ほども言ったように、民主主義の古典的イメージは「自分たちの社会のことは自分たちで決める」というものです。そのために、選挙を通じて民意を明らかにし、政治で実現する。これは理論的にはフランスの哲学者ルソーが『社会契約論』で「一般意志」と呼んでいたものです。ルソーは単にそれぞれの意思を足し合わせたのではなく、社会全体の共通意思があるということを述べています。

このモデルは大切ですが、おそらくこの素朴な考えだけで語っていると限界がある。そこで、もう少し新しい考え方として、アメリカの教育学者のジョン・デューイという人に注目しています。彼は、民主主義というのは、なにもひとつの民意があって、それだけを実現するものではないと言っています。大切なのは、多くの人が自分の持ち場で実験をして社会を変えていくことだと。そして、自分も実験をしたいのであれば、当然、他人も色々と実験をすることを許容するべきだと述べています。

宇野氏が取り上げた教育学者、ジョン・デューイ Getty Images

実験はすべての人が拍手喝采をするようなものとは限らないし、なかには馬鹿にされるようなものあるかもしれない。しかし、少なくとも他人に迷惑をかけないのであれば、実験をしてもいいというのがデューイの考える民主主義社会です。今の日本社会では、昔ながらの民主主義観は世代間対立につながりかねない、そうであれば、デューイのような考え方に変えた方が、健全になるのではないかと思っています。

—— 民主主義のとらえ方を変えて、社会にもっと関わりやすくするということですね

いま、日本の国全体で何かをするのは非常に難しいですが、私はここ数年、いろんな地域を回って、さまざまな実験をおこなっている自治体を見てきました。島根県の隠岐諸島にある海士町や、東日本大震災の被災地である岩手県の釜石市などがそうです。どちらも、人口減によって経済的に苦しくなってきた地域ではありますが、その状況を打破しようと町ぐるみで取り組みをはじめています。

たとえば、海士町は外から人を呼び込むだけではなく、地域の長期計画を新旧住民で議論して決定し、実現しようとしています。呼び込んだ若者にも「永住しろ」というのではなく、彼らをエンパワーしてアイデアをもらって、事業として実現するのは上の世代も含めてみんなでやる。ある意味、非常に民主主義的なやり方で、町を変えようとしています。こういう実験をいろんなところでやって、日本全体をもう少し動きやすい社会を目指す。単一の「democracy」というよりは、複数形の「democracies」というような考え方で、民主主義の可能性を試していく。それもひとつの方法だと思います。

その上で、地方議会も見捨てないで欲しいとは思っています。地方議会も高齢化して難しくなってきていますが、いざ自分たちがはじめた事業を安定的・長期的に続けようと思ったら、やはり地域の条例や予算など、行政を味方につけたほうがやりやすい。そこから、地方で議員になるのもありだと思ってもらえれば。もしそれで自分のやりたいことが出来なくなるなら、議員のあり方も考え直せばいいんです。たとえば、土日の夜だけ、みんなで集まってやるとか、そういう形も可能かも知れない。

—— 地方で色々と実験が始まっている一方で、国政はどうでしょうか

いまの政治を見る限り、地方で起きている民主主義の実験を反映しているとは言いがたいと思います。ただ、それは政党や政治家だけが悪いわけではありません。

いまは有権者も政治について「いい商品がないから買わない」というような態度になってきています。しかし、政治は買い物ではないので、放っておくとどんどん悪くなって自分たちに返ってきます。だから、いい商品がないのだとしたら、「もっと効果的な候補者や政策を出せ」と突き上げなければいけません。

一時期、政党もマニフェスト選挙と言っていて、選挙がマニフェストの進捗をチェックする場になると期待したのですが、有権者が優しくなったのか、それも今はほとんど言わなくなってしまった。ですが本来は、自分たちの思いや理想を社会に実装するための手段のひとつである国会議員がきちんと働いているかチェックする必要がある。本当にどうしようもなければ政治家も取り替えるしかないけれども、彼らがきちんと育っていくように、有権者の方も考えていく必要があるのではないかと思っています。それをせず使い捨てにばかりしていると、どんどん質が下がってしまいますよね。

そいうことを意識しながら、今回の選挙では、政党名だけでなく、どんな仕事をしてきたのか、どんなことをしてくれそうかに注目して、誰に投票するかを決めてみるのもいいかもしれませんね。


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プロフィール
宇野重規(うの・しげき):
1967年、東京都生まれ。政治学者。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。東京大学社会科学研究所教授。主な著書に、『トクヴィル――平等と不平等の理論家』『〈私〉時代のデモクラシー』『民主主義のつくり方』、近刊に『保守主義とは何か』『未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学』。

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