記事

「海底ケーブル」に隠された中国の野望 米中制裁ドミノ ファーウェイ・ショックの先 - 児玉 博 (ジャーナリスト)

 米中の覇権争いが新たな戦場で繰り広げられている。海の底だ。ほとんどの国の経済、そして安全保障に不可欠な存在となっている〝海底ケーブル〟を巡って米中は覇権を競っている。

 データ通信、つまり我々の生活に不可欠となった携帯電話による通信・メールや金融取引の情報などは、1990年代には、衛星通信と海底ケーブルの通信量シェアはほぼ同等だった。ところが、スマートフォンの爆発的な普及などで大容量のデータ需要が一気に増すと、安定して大容量のデータを送れる海底ケーブルの比重が加速度的に高まったのである。

 現在、世界を駆け巡っている通信・データのおよそ99%が、ある所では深さ数千メートルの海底に眠るケーブルから流れている。

 この海の底に引かれた通信網を通じて国家の存在を左右するような軍事情報、経済情報、金融情報などが流れている。つまり、この海底ケーブルを支配した国が全世界の情報を握ることになるのだ。

 それは、いわば〝情報戦略の一帯一路〟を宣言するにも等しい発言だった。2015年1月、世界経済会議(通称ダボス会議)に出席した中国の首相、李克強は、会場を埋め尽くした世界の要人を前にして、こう宣言したのだった。

 「中国は世界で進めている一帯一路戦略の一環として、中国の通信関連企業の海外進出を国家として後押しする」

 国家主席、習近平が「一帯一路」経済圏構想を掲げてから1年後のことだった。

今年4月に北京で開かれた第2回一帯一路フォーラムには150を超える国が集まった (GETTYIMAGES/KYODO NEWS)

 このダボス会議での首相発言からおよそ2カ月後の3月28日、国家発展改革委員会、外交部、商務部の連名で「一帯一路」のアクションプラン、「シルクロード経済ベルトと21世紀海上シルクロードの共同建設推進のビジョンと行動」が発表される。

 中国の国家としての意思、通信分野での覇権を握る、がより一層明確となる。具体的には、国際通信レベルをあげるため、陸上での国境を越えての光ファイバー網の構築、衛星通信環境の完備、そして大陸間の海底ケーブルの構築だった。

オール中国で挑む

陸海空における通信覇権

 国家の掲げる御旗に中国企業は一斉に走り始める。

 「一帯一路沿線を皮切りにTD−LTE(携帯電話の通信規格)の海外進出を促進したい」

 世界最大の携帯電話事業者である中国移動通信(チャイナ・モバイル)の代表、奚國華の言葉だ。同社は77万基のTD−LTE基地局を構築し、世界全体の40%を占める。

 また中国衛星通信集団はこれ以降、相次いで通信衛星を打ち上げ、すでに一帯一路全域をカバーしているとも言われている。

 そして、海底ケーブル。

 香港に端を発し、ベトナム、マレーシア、ミャンマーといった国々に接続しながらインド洋を横切り、インド、パキスタン、カタール、UAEなどにも支線を延ばし、中東、アフリカと欧州を結ぶ紅海の底を這うように延びては、スエズ運河を越え、地中海に達するや、そのケーブルはギリシャ、イタリア、そしてフランスに達する。実に2万5000キロ余りの海底ケーブルが「AAE−1」(アジア・アフリカ・ユーロの略)と呼ばれているものだ。運用は17年から始められた。

2017年に運用開始した海底ケーブル (出所)Submarine Networksの資料を基にウェッジ作成 写真を拡大

 実際のケーブル敷設工事の一部を行ったのは世界を代表する敷設技術を持つ日本のNEC。欧米企業も数多く出資しているこのプロジェクトには、中国を代表する中国聯合通信(チャイナ・ユニコム)も参加していた。同社は中国移動通信(チャイナ・モバイル)、ボーダフォンに継ぐ携帯キャリアでもある。

海底ケーブルの敷設作業。日本も高い技術力を持つ(GETTYIMAGES/KYODO NEWS)

 世界中の海底に沈められている海底ケーブルはおよそ380本。中には距離が短いとはいえ、存在さえも明らかにされていない軍事的なそれもあるが、敷設されている海底ケーブルの総延長は約120万キロ。およそ地球30周分の距離となる。

 海底ケーブルの世界に異変が起き始めたのはここ数年だ。データ通信の容量が増え続けるのに伴い、グーグルやフェイスブックといったコンテンツ業界の企業の投資が顕著になったのだ。両社の総延長は今や15万キロを超え、ここ数年の海底ケーブル投資の30%程度を両社で占めるほどだ。

 こうした企業ら以上の意欲と資金でこの世界を席巻しようとしているのが中国である。先に記した中国聯合通信、中国移動通信、中国電信(チャイナテレコム)はもちろんだが、この3社以上に米国が神経を尖らせたのが華為技術(ファーウェイ)だ。10年ほど前に英国との合弁会社を設立し、業界に参入する。昨年にはブラジルとカメルーンを結ぶ6000キロにもおよぶ海底ケーブルを完成させもした。欧米企業がそのシェア90%以上を占める海底ケーブルの世界でファーウェイは新参者であり、シェアも数%でしかない。けれども、その技術力は欧米が驚くほどに進歩を示しているという。それ以上に恐れられているのが、海底ケーブルには不可欠な陸揚げ基地局でのファーウェイの技術力である。欧米のそれを凌ぐとも言われている。

 昨年暮れ、本誌は紅海に面するジブチ取材を試みた。一帯一路を象徴する国であり、日本にとっても安全保障上のチョークポイントに位置している国であるからだ。このジブチには海外では唯一の中国の軍事基地も存在している。その存在とともに米国の安全保障関係者などが注視したのが、16年に中国の基地に隣接して開設された「クラウド・データ・センター」である。またジブチには先に紹介した海底ケーブル「AAE−1」の陸揚げ基地局も同じ頃に開設されている。両者ともに受注したのはファーウェイなのだ。

 アフリカが中国にとって重要な戦略地域であることは今さら論を俟(ま)たない。それは情報戦略においても同じだ。同社はエジプトでモバイル、光ファイバー設備を受注、アルジェリア、アンゴラでもネットワーク機器の大半をファーウェイが受注。同社の通信ネットワークはアフリカ全土に張り巡らされているのである。

ドル取引を止められた

バンコ・デルタ・アジアの屈辱

 明確な意志を持って中国は米国に取って代わる覇権国家になろうとしている。情報を含めた一帯一路はその戦略に他ならない。

 中国は果たして覇権国家になれるのだろうか。覇権国家の要素を、(1)経済力、(2)軍事力、(3)金融センター機能、と定義するならば、中国に圧倒的に欠けているのは(3)の世界の金融センターとしての機能だ。だが、中国が必死に通貨「元」の国際化を図ろうがドルの地位は揺るがない。だからこそ、中国は世界を駆け巡る情報を握る海底ケーブルを押さえ、世界中の情報が集積するこの〝海の道〟に「元」による決済機能を乗せ、ドルに拮抗する〝元経済圏〟を構築したいのだ。

 中国には忘れ難い屈辱の経験がある。05年9月、時の米ブッシュ政権は「資金洗浄(マネーロンダリング)に関与の疑いが強い」として中国の特別行政区マカオの銀行「バンコ・デルタ・アジア」に対し、金融制裁を課した。これにより同銀行は一切のドル取引ができなくなり、同銀行を生命線としていた北朝鮮は干上がった。なぜなら、同銀行と取引をすれば米国政府の制裁対象となりドル取引ができなくなるからだった。周到に準備された金融制裁を前に、北朝鮮は白旗をあげた。裏で北朝鮮に血液、つまり資金提供していた中国もこの時は一切、供給を断念せざるを得なかった。ドル取引が止まれば、中国経済が干上がるのも明らかだった。

 ある意味、中国の世界中に情報を押さえ、その情報網に「元」決済を広げ、ドルに対抗する国家戦略はこの時から始まったといえる。そして、「バンコ・デルタ・アジア」の屈辱からおよそ14年。中国は再び悪夢を見せられる。ファーウェイへの金融制裁がそれだ。

 通信技術、ハイテク分野での中国の独走に対し、トランプ政権が対抗したのはファーウェイの米国の金融システムに対する詐欺罪での訴追である。罪が確定すれば、米財務省の制裁対象リストに載る可能性が極めて高い。そうなった場合、ファーウェイに待っているのは、かつて「バンコ・デルタ・アジア」が辿った道である。すなわち、ファーウェイのドル取引は一切禁じられることとなる。

 「ファーウェイを絞め殺す」(米国防省関係者)

 6月3日、ファーウェイは海底ケーブル事業を中国企業に売却することを発表する。だが、海の底を舞台とした両国の覇権争いはまだまだ予断を許さない。

あわせて読みたい

「米中関係」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    河野氏の停電対応 元医官が絶賛

    中村ゆきつぐ

  2. 2

    真実知らされぬ韓国国民を心配

    小林よしのり

  3. 3

    食材追求した料理人に農家で皮肉

    幻冬舎plus

  4. 4

    韓国が戦略石油備蓄の放出検討へ

    ロイター

  5. 5

    政治家が被災地視察 迷惑の声も

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  6. 6

    韓国法相任命 正恩氏の指示と噂

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  7. 7

    iPhone8~11 今買うべきはどれか

    S-MAX

  8. 8

    世界大学ランキング 日本の課題

    ヒロ

  9. 9

    千葉の復興妨げる観光自粛を懸念

    かさこ

  10. 10

    佐野SAスト1か月 資金残りわずか

    文春オンライン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。