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讀賣新聞 ジャニー喜多川さんの追悼文

 7月11日付け讀賣新聞朝刊にジャニー喜多川さんの追悼文を寄稿しました。
西条昇(アイドル評論家、江戸川大学教授)、萩尾瞳(映画・演劇評論家)、服部克久(作編曲家)、飯野おさみ(元「ジャニーズ」メンバー、劇団四季俳優)各氏のコメントも掲載されています。
 改めてジャニー喜多川さんのご冥福を心よりお祈りいたします。

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 若い男性スター発掘、育成に関しては〝鼻が利く〟というレベルを遥かに超えた天才的プロデューサーだった。少年たちの個性、適性、将来性を瞬時に嗅ぎとる感性の鋭さにおいて、古今東西、ジャニー喜多川氏の右に出る者はいない。私はそう断言する。

 しかも少年ひとりの才能をどう評価するだけでなく、それぞれ異なった持ち味、能力をどう組み合わせ、グループとしてもどう輝かせるかも織り込み済みだった。といって個性をグループのなかに埋没させることもよしとしなかった。1962年デビューの初代ジャニーズ以来、たのきんトリオ、少年隊、SMAP、嵐、タッキー&翼その他すべてしかり。  

 個人技とチーム・プレイの巧みな使い分け、バランスのとり方は、エンターテインメント以前に打ち込んでいた野球から学んだ秘訣かもしれない。

 彼が新人売り出しに当たって常に基礎となるものとして用意したのは、音楽(楽曲といってもいい)である。と同時に、その音楽にふさわしい身体表現、すなわちダンスにもかならず工夫を凝らした。野球少年だった初代ジャニーズといっしょに見た映画『ウエスト・サイド物語』から得た啓示ではないか。

 1984年7月のことだ。ジャニーさんが、たまたまニューヨークにいた私に電話して寄越した。今、カンザスシティにいる、当地でマイケル・ジャクソンのコンサートがある、見に来ないかという誘いだった。まだ来日公演は実現していなかった。願ったり叶ったり、すぐ飛んでいった。マイケルの強靱な歌唱力、華麗なパフォーマンスにどれほどふたりで酔い痴れたことか。

 今となって私ははたと気づく。マイケル・ジャクソンこそジャニーさんが目指した理想のスター像ではなかったかと。ジャニーさんは性の境界線を超えた美しいもの、輝かしいものに並の人間の何百倍も敏感な感性の持ち主だった。そしてマイケルこそ性に囚われない表現者として最高の領域に到達したスーパースターだったから。

 ジャニーさんは、第2次大戦中、一時帰国していたものの、生まれも育ちもロサンゼルスである。アメリカ・ショー・ビジネスにはラスベガスのマジック・ショーからブロードウェイ・ミュージカルまで通暁していた。97年『タイタニック』上演中のブロードウェイの劇場でばったり会い、舞台の悪口を云い合ったこともある。ただ、ご冥福を祈るのみ。

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