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私立校のスクハラを野放しにしていいのか

私立校で学校からパワハラを受けたらどうすればいいか。公立校なら自治体に訴えられるが、私立校の相談窓口はどこにもない。東京都の私立中高一貫校「世田谷学園」の教員からパワハラを受け、4年間不登校を強いられた男性が、7月17日から国や東京都などに「スクールハラスメント」の窓口設置を求める署名活動を行う。いまも睡眠障害などに苦しむ男性に、その思いを聞いた――。


担任からのパワハラと2度の転校勧奨

「私立学校の場合、現状では先生からパワハラを受けたときに相談できる窓口がありません。東京都や世田谷区の教育委員会からは、『自分たちには私学を指導する権限はない』と言われました。このままでは、被害者は泣き寝入りするしかないのです」

こう話すのは、東京都世田谷区の私立中高一貫校「世田谷学園」で、中学生の時に担任教員からパワハラを受けた佐藤悠司さん(19)だ。担任からのパワハラが原因で、中学2年生の終わりから高校卒業まで不登校を余儀なくされ、2度の転校勧奨も受けた。現在は早稲田大学に通っているが、パワハラが原因で発症した睡眠障害の治療を続けている。

プレジデントオンラインではこれまで2度にわたり、世田谷学園による佐藤さんへのパワハラ疑惑を報じている(「名門私立“世田谷学園”の教員パワハラ疑惑」「“離婚家庭の子はダメ”パワハラ発言の顛末」)。学園側は事実関係を認めて謝罪していたが、佐藤さんらが原因究明と関係者の処分を求めると態度を変え、去年11月以降はパワハラについても全面否定している。

両者の主張が食い違っている状況だが、この問題について被害者である佐藤さんが相談できる公的な窓口はない。このため現状では、学校側が話し合いに応じないのであれば、裁判に訴えるしかない。佐藤さんはこうした状況を変えたいと、実名を明らかにして署名活動を展開することを決めた。プレジデントオンラインでも、これまでの記事と異なり、今回は佐藤さんの実名を表記している。

文科省の通知に反した世田谷学園の対応

佐藤さんが不登校になったきっかけは、部活動をめぐり担任から大声で怒鳴られ、「お前は離婚家庭の子どもだから心が弱い」などとののしられたことだ。その後も担任からの暴言が続き、佐藤さんは慢性的な腹痛を発症。「担任に会いたくない」という思いから不登校になった。

さらに問題なのは、世田谷学園が不登校となった佐藤さんに、2度にわたって転校勧奨した点だ。この対応は文部科学省の通知に反している疑いがある。

文部科学省は児童・生徒の不登校の増加を問題視し、学校による支援の在り方について、2003年、2009年、2016年と3度、通知を出している。特に2009年の通知では、不登校になった高校生が学校以外の公的機関や民間施設で相談や指導を受けた場合、それを出席日数と認めることなど、生徒の進路形成への支援を求めている。

自治体は「私学を指導する権限はない」と言うばかり

佐藤さんは腹痛に加えて不眠などの症状も出るようになり、適応障害と診断された。登校できなかったため、学習の遅れを取り戻そうと個別学習指導塾に通い始めてすぐに、転校勧奨を受けたのだ。転校勧奨は高校に入ってからも行われた。この点を学園に問い合わせると、「文科省の通知を知らなかった」との回答だった。

公立学校であれば、学校側によるハラスメントは教育委員会に相談できる。しかし、私立学校の場合は東京都も世田谷区も「私学を指導する権限はない」と言うばかりで、相談窓口はない。佐藤さんは当時の苦しみを次のように語る。

「誰も僕の身に起こったことを信じてくれませんでした。言われた内容が内容だけに、すぐに親に話すこともできず、意を決して母親に話すと、先生がそんなことをするはずがない、と言われてしまいました。被害者であることを否定されたことがつらかったし、苦しかったです。自分は確かにひどいことを言われたはずなのに、そのことすら信じられなくなっていきました」

泣き寝入りしている生徒が、全国にいるはず

佐藤さんは不登校のまま、高校2年生の時から予備校に通って、早稲田大学教育学部に現役合格した。奮起したのは、不登校のままで高校を卒業しても、社会に寄与できない、生きていけないという不安からだった。

「不登校であることは、それだけで社会的立場を失います。パワハラの被害を受けたと手を挙げても、救われることがありません。僕の場合は家族やさまざまな人が助けてくれたおかげで、大学にも合格し、学生としての社会的立場を取り戻すことができました。

しかし、世田谷学園はパワハラの事実を隠蔽し続けており、再発防止策も講じられていません。もしかしたら、僕のように苦しめられている在校生がいる可能性もありますし、声を上げることができないまま泣き寝入りしている生徒が、全国にいるのではないでしょうか。

現状では学校側からハラスメントを受けたときに、相談ができて、対応してもらえる制度があるとは言い難いです。自分の経験からも、生徒が安心して相談できる窓口は、必要だと強く感じています」

「子どもの声を受け止めるための取り組みが必要だ」

佐藤さんは7月16日、相談窓口の設置を求める署名活動について、文部科学省記者会で記者会見を行う。翌日から1カ月間かけて署名キャンペーンの発信サイト「Change.org」で呼びかけ、文部科学省と東京都、世田谷区に署名と要望書を提出する予定だ。

この署名キャンペーンでは、小学生、中学生、高校生がスクールハラスメントに遭った場合、文部科学省に対して教育委員会から独立した「先生から生徒へのパワハラ」の相談・紛争処理機関を設立するように求めている。また東京都と世田谷区には、気軽に相談できる場所として、学校で起きている「隠されたハラスメント」の相談窓口の設置を求めている。

学校でのハラスメントに詳しい名古屋大学大学院の内田良准教授はこう話す。

「子ども間のいじめについては、各自治体でさまざまな相談体制が整備されてきた。一方で、教師から子どもに対する暴言や体罰などのハラスメントについては、相談体制がほとんど構築されていない。時に教師が生徒の権利を侵害することはありうる。そうした前提から、大学では相談窓口の設置が一般的になった。小中高でもこの考え方を広げるべきだ。理不尽な指導から子どもを守るために、子どもの声を受け止めるための取り組みが必要だ」

「苦しんでいる人の力になりたい」

佐藤さんは、スクールハラスメントの被害に遭い、苦しんでいる人に、こう呼びかける。

「周囲の無理解に苦しみ、自分を信じられなくなるかもしれません。心が折れそうになるかもしれません。でも、どうか決して自分を疑わないで、そして諦めないでください。自分を強く持って諦めずにいれば、道が開ける瞬間は必ずやってきます」

相談窓口や紛争処理機関ができたからといって、佐藤さんの苦しみがすぐに解決するわけではない。しかし、学校側からのハラスメントについて相談窓口さえないという現状では、学校で何が起きているのかは外からは分からない。被害者は不登校や退学に追い込まれても、泣き寝入りするしかないのだ、

佐藤さんは「苦しんでいる人の力になりたい」と話す。

「相談できる場所があれば、孤立せずに救われる人もいるはずです。自分と同じようなつらい経験をする人を、これ以上増やしたくない。署名活動は遠回りな方法かもしれませんが、苦しんでいる人のために少しでも貢献できればと思っています」

(ジャーナリスト 田中 圭太郎 撮影=プレジデントオンライン編集部)

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