記事

モチベーション重視という名の危険思想

2/2

ところで仕事の成果がモチベーション、つまり個人の主観的な頑張りに依存するのだとすると、成果は予見が難しい、ということになる。誰だって、他人の先々の気分までは読み切れないからだ。

したがって、このようなマネジメントスタイルをとっている組織では、売上目標や利益目標は立てるが、その確度は高くないことになる。当然、生産計画や要員計画のベースラインには使えない。そうなると、なるべく固定費になるものは(人も設備も)抱えない。急な変動のリスクは、外注先にヘッジする、という方策をとるしかなくなるだろう。

また、従業員のモチベーションを鼓舞するためには、当然、成果主義の報酬体系を組み入れることになる。頑張れば、その分報われる。逆に頑張らなければ、首切りリストラによる脅威にさらされる。アメとムチである。そして同期や同僚たちの間で競争させる。

かくして、平成を通じて進んできた、三つのトレンド:

・成果主義

・非正規雇用化

・競争原理の導入・強化

は、モチベーション重視という信念からも正当化される。すなわち、年功序列主義からの脱却であり、これを別名、構造改革ともいう。

またモチベーション重視は、主観主義に結びつきやすい。物事の状況判断において、客観的な事実やデータを積み上げる代わりに、自分の側の主観的な解釈や希望によって、対策を考える。何かを試みて、うまくいかなったとしても、それは頑張りが足りなかったのであり、もう一度がんばり直せば今度はきっと成功する。こういう信念が強いと、結局、失敗した経験からレッスンを学ぶことができなくなる。

・・それにしても、ここまでの説明は、日本企業におけるカイゼン文化とPDCAサイクル重視と矛盾していないだろうか? 作業プロセスを標準化し、PDCAサイクルを回して改善を重ねていくことが、マネジメントであると多くの製造業で考えられている。プロセスを標準化することで、誰でも一定の成果を出せるようにする。これがカイゼン文化の思想であった。

そうしたやり方は、とくに繰り返し性の高い業務(量産型工場)にフィットする。だから高度成長期から、昭和の終わり頃までの日本の製造業では、TQCとカイゼン活動が、とてもよく機能したのだ。

しかし、平成の時代に入って増えてきた、個別性の高い業務、クリエーティブな仕事はその限りではない。だって毎回個別なのだから、改善しようがないではないか。そうした状況においては、仕事の成果はモチベーションから生まれる。こう考えるのが自然な成り行きだったろう。そして、総員がその持ち場で全力を尽くせば、良い成果が生まれるはずである・・

わたし達は一体、どこで間違えたのか?

仕事の成果は、関数系で表すと、

 f(人の能力、業務プロセス、モチベーション、環境条件)

といった形になるだろう。仕事の成果は、人の能力と、仕事のやり方(業務プロセス)と、人のモチベーションと、そしてその仕事を取り巻く環境条件の、いずれにも左右される。

関数f(x) は、仕事と成果を結ぶ科学法則だ。それは単なる足し算にはならない事も、しばしばである。

カイゼン文化の思想では、PDCAを回すことがマネジメントであると考える。4つの中では、業務プロセスを重視するといえるだろう。ただし、それは繰り返し性の高い業務でないとあてはめにくい。また、A(改善アクション)は、個人の創意によるものだ。TQC七つ道具などの技法はあれども、肝心の部分は、じつはモチベーションに頼っていたのかもしれない。

では、個別性の高い業務のマネジメントとは、どういう意味なのか? それは、まず、結果を予見できるように(計画可能に)することである。次に、その業務を、繰り返し可能にすることであるはずだ。そうすれば、皆がお手の物であるPDCAサイクルに接続することができるようになる。そのための技術、マネジメント・テクノロジーの知恵を、皆が共有していく必要がある。

わたし達の社会は、どうやらこちらの視点を、忘れていたように思える。かわりに、モチベーション重視と、科学法則を無視した足し算の論理が闊歩している。モチベーション重視という思想においては、上記の式の4つの項の中で、モチベーションだけが異常にに肥大化している。あとはこれに従属する、と考える。

当たり前だが、モチベーションは仕事において、とても大切な要素である。だれだって、ロボットのように、やりたくもない仕事を無理やり、やらされたくはない。ここで今さらマズローやダニエル・ピンクの議論を紹介するまでもないだろう。だが、それなりに長い平成の時代を通して、成果に結びつかない無駄な頑張りによって、わたし達は大切なモチベーションの感情を浪費してきたように思う。

平成の最初の数年間は、バブル経済の時代だった。あの頃は、環境条件が最大の項目で、相場が上がるかどうか、あるいは東京で家付きの家庭に生まれるかどうかで、人生が決まると皆が信じていた。それが崩壊した後の長い年月、人々が頼るのは、やる気・頑張り・モチベーションだった。

平成が終わって新時代に入った今、できればもう一度、仕事の成果の方程式を眺め直すべきだろう。そして何が一番肝心なのか、全体を一番支配する律速段階は、どこにあるのかを探るべき時が来たように思う。それを理解した時、初めて、わたし達は安心して、子どもに「適切に頑張れば、きっと良いことがある」と教えることができるようになるはずである。

あわせて読みたい

「モチベーション」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。