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「老後2000万円」報告書は与野党ともに議論のたたき台とすべし - 塚崎公義(大学教授)

先日から話題になっている金融庁の審議会が6月に出した報告書は様々な批判を浴びましたが、その多くは的外れなものでした。筆者は別の批判をしたいと思います。

■筆者の立場は年金制度に同情的
筆者は現在の年金制度に同情的です。「年金だけでは不足するなんて、ふざけるな」という議論に与するつもりはありません。

平均寿命が延びているのですから、過去に作られた年金制度がそのまま維持できる筈はありません。年金だけで暮らせない事自体を批判するのは的外れでしょう。

筆者は「人生100年時代なのだから、皆が70歳まで働いて70歳から年金を受け取るようにすれば、すべて解決する」と考えています。

しかし、庶民感情として「自分には二千万円なんて用意できない。政府は年金支給額を増やすべきだ」と感じる人が多い事は理解できます。そこで、マスコミや野党が「年金だけで生活できるようにしろ」と主張する事も理解できます。

そうであってもなお、そうした人々が今次報告書を批判している事は理解できないのです。

■今次報告書自体は、当たり前の事実の列挙
今次報告書は、内容的には当たり前の事が書いてあるだけなので、特に批判すべき所は無いと筆者は考えています。

「家計に関する調査の結果、高齢無職世帯は収入より5万円強だけ多く消費しており、その差額は預貯金を取り崩している。5万円強の30年分だと二千万円になる」というだけの事です。

したがってマスコミや野党としては、報告書を批判するのではなく、「報告書よ、ありがとう。政府の年金制度が如何に酷いものであるかを具体的な数字で示してくれた。これで我々が政府を追及する材料ができたぞ」と喜ぶべきなのです。

その上で野党やマスコミは「年金だけで暮らせるように年金支給額を5万円増やせ」と政府に要求すれば良いのです。

与党も政府も報告書の内容自体には問題が無いわけですから、しっかり受け取った上で「財源はどうするのだ?」と問い返し、与野党で議論をすれば良いのです。

参議院選挙の直前に野党が勢いづくような報告書が提出された事で政府与党が機嫌を損ねた事は確かでしょうが、だからといって内容にケチをつけるべきではありません。

■敢えて報告書を批判するなら「不足」という表現
報告書には当然の事が書いてあるだけですが、敢えて批判するとすれば2000万円「不足する」と記してある事です。

収入が21万円弱で支出が26万円強なので、毎月5万円強の不足となり、その30年分で2000万円の不足となる、という計算が示してあるわけですが、5万円強は不足なのでしょうか。

もしかすると、「最低限度の生活をするには21万円弱の収入で足りるのであって、実際に余裕の無い家庭は21万円弱で暮らしているのだ。余裕のある家庭は、ささやかな贅沢をするために貯金を5万円切り崩しているのだ」という事かも知れません。

そうだとすると、「今の年金で何の問題も無いから、野党やマスコミの批判は的外れだ」という事なのかも知れませんし、「少しくらい余裕のある生活をできる年金を支給するのは当然だ。やはり政府を追及すべきだ」という事かも知れません。それはそれで大いに議論すれば良いことです。

■敢えて報告書を批判するなら、資産運用偏重な点も
筆者は「老後資金が足りないなら、まずは長く働こう。生活も見直そう。それでも足りなければ運用で増やす事を考えよう」という立場です。

その立場からすると報告書は資産運用に偏りすぎています。少なくとも、「60歳で定年を迎えるとすれば、年金支給開始の65歳までは、働いて生活費を稼ぐ必要がある」といった事は明示すべきであるように思います。金融庁の審議会ですから、資産運用について中心的に議論しているのは仕方のない事なのかも知れませんが。

野党やマスコミは「資産運用で老後資金を増やそうという事はリスクをとろうという事だ。国民の大事な老後資産をリスクに晒させて良いのか」といった批判をする事も可能でしょう。

それに対しては政府から「株式投資は長期にわたって積み立てていき、老後は長期にわたって取り崩していけば、滅多に損をするものではない」といった反論などがなされるのでしょう。

筆者としては「増やそうというよりは、預貯金がインフレに弱いので、インフレに強い株式なども分散投資として保有すべきだ」といった投資擁護論を主張する事になると思いますが。

■平均で論じる事の問題点あり
報告書は平均で論じていますが、当然ながら平均以上の家計も平均以下の家計もあります。今回の報告書に対しても「平均以下の家計はどうするのだ」という不満が多くあるように思います。

健康で文化的な最低限度の生活は政府が保証する必要がありますが、そもそも健康で文化的な生活を送るために何円必要なのか、それを上回る部分についてどこまで政府が面倒を見るべきなのか、といった事についても是非とも与野党でしっかり議論して欲しいと思っています。

塚崎公義 久留米大学商学部教授

【プロフィール】
1981年、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に経済関連の調査に従事した後、2005年に久留米大学に転職。趣味は、難しい事を平易に解説する文章を書く事。SCOL、Facebook、ブログ等への執筆のほか、著書も多数。

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