- 2019年07月09日 14:15
国際テロとも戦えぬ日本 集団的自衛権の禁止とは 5
1/2古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・ 日本は国際テロとの闘争でも集団で行動しないのかと非難された。
・米側は憲法改正や9条の解釈変更で集団的自衛権解禁を要求。
・米国が同盟の誓約果たさないとき、日本は独立も主権も失うことになる。
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アメリカが日米同盟に対して双務性を求めるという動きは21世紀に入っても、さらに強固に続いていった。
2001年1月に二代目ジョージ・ブッシュ政権が登場すると、対日同盟の強化策を前面に打ち出した。だがその強化の方法は日本の集団的自衛権の行使解禁が好ましいとする意見が、同政権の最初の駐日大使のハワード・ベーカー氏からも「日米同盟の双務性の必要」として具体的に表明された。
2001年6月にはブッシュ政権に近い有力研究機関のヘリテージ財団が「日米同盟の重要性が高まったからこそ、日本の米軍との有事の効率的な協力や国連平和維持活動への参加を阻む集団的自衛権の解禁を求める」という骨子の政策提言報告を出した。同報告はそのための日本の憲法改正をも提唱していた。
同年9月にはアメリカ中枢への同時テロに対し、アメリカの同盟国の北大西洋条約機構(NATO)加盟諸国やオーストラリアが集団防衛権を宣言し、国際テロ組織や同組織を全面支援していたアフガニスタンのタリバン政権との戦いへの共同行動をとった。
だがアメリカの同盟諸国のなかでも日本はここでも背を向けた。集団自衛はできないためにアメリカには軍事行動では加担できない、という姿勢だった。その結果、米欧の批判を浴びることとなった。日本は国際テロとの闘争でも、集団で行動しないのか、という非難だった。
2003年3月に始まった米軍主導のイラクのフセイン政権打倒作戦とその後の民主化のための現地駐留でも日本の異端が鮮明となった。日本の自衛隊のイラク駐留こそ決まったが、集団的自衛権の禁止のために、現地ではオランダやオーストラリアの部隊に護衛してもらわねばならないという奇妙な事態が起きたのである。
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