記事

誤解がいっぱい、ゲノム編集食品の安全性と表示を解説する - 松永和紀(科学ジャーナリスト)

1/3
農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)がゲノム編集技術を用いて研究、開発中の超多収イネ(提供:農研機構)

ゲノム編集食品の安全性や表示をめぐり、ニュースが増えてきました。国も全国5カ所で説明会を開いています。

しかし、品種改良の科学や表示制度の仕組みがよく理解されないまま、報道されているように思えます。

ゲノム編集食品は安全だとする主張よりもどうしても、危険視する活動家が目立ち、マスメディアも好んで取り上げます。「市民の不安は大きいのに、知らないまま食べさせられる……」という話は、センセーショナルで人を引きつけます。

そんなふうに簡単に整理できたらどんなによいか。でも、そう単純な話にはなり得ません。かなり複雑、難しい。詳しく解説します。

ゲノム編集食品とは

ゲノム編集技術は、生物の遺伝情報であるゲノムの特定の部位に、意図的に変異を加えることで、性質を変えようというものです。医療分野でもこの技術の利用が検討されていますが、食品の分野では、家畜や作物を品種改良する際にゲノム編集技術を用いようとしています。

品種改良では、ゲノムの遺伝情報を構成するDNAを切断できる酵素を、家畜や作物の細胞中で働かせて、特定の部位を切断します。すると、DNAを構成する塩基が一部抜けたり、別の種類の塩基配列が入ったりします。それにより、よい性質が付加されたり、悪い性質が抑制されたりします。

家畜のゲノム編集では、切断できる酵素等を受精卵に直接、注射針で注入してDNAを切ります。一方、作物は細胞壁があって直接注入ができないので、まずは遺伝子組換え技術により酵素を作る遺伝子を導入し、遺伝子組換え植物を作ります。そのうえで、細胞中で酵素を働かせてDNAを切断します。

酵素を働かせてDNAを切断した後は、酵素の遺伝子は不要です。そこで、元の「遺伝子組換えもゲノム編集もしていない作物」を交配(掛け合わせ)して、ゲノム編集により特定の部位は変異しているけれども、酵素の遺伝子は持っていない系統を選び出し、新しい品種を作り出すのです。

ゲノム編集技術を用いれば、従来に比べて短時間で効率よく品種改良ができます。

一部は、安全性審査をせず届け出制に

こうしてできるゲノム編集食品の取り扱いについて、厚労省は専門家を集めた会議(薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会遺伝子組換え食品等調査会)で検討しました。DNAを切断した際に、その生物が持っていない外来遺伝子や特定の塩基配列を、意図して挿入したりする場合には、「遺伝子組換え」と同様に「安全性審査が必要」と整理しました。

一方、DNAを切断した後、塩基が1~数個、抜けたり(欠失)、ほかの塩基と入れ替わったり(置換)、追加されたり(挿入)、というようなものは、安全性審査はしない、と決めました。

文字が塩基を表す。酵素がはさみとなりDNAを切断すると、多くの場合にはまた元通りに修復されるが、修復ミスが起きる場合があり、1〜数塩基の欠失や置換、挿入が起き、良い性質をもたらす場合がある
(出典:農研機構資料 http://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/genom_editting-5.pdf


人工的にゲノムを操作しているのになぜ? という疑問が沸き起こります。しかし、実はこの「DNAが切断された後、1〜数塩基が欠失したり置換されたり、挿入されたりする」という現象は、自然界で普通に日常的に起きています。紫外線や自然の放射線等、さまざまなものによりDNAが切断され、こうした変異が引き起こされています。

さらに、これまで行われてきた品種改良でも、「化学物質や強い放射線によりDNAを切断し、その後に自然に起きる塩基の欠失や置換、挿入により性質を改良する」というやり方が普通に行われてきています。ゲノム編集が特定の部位を切断するのに対して、化学物質や放射線による突然変異はどこを切ることができるのかわからず、天に任せた状態。でも、切断した後に起きる現象は、ゲノム編集と同じです。

化学物質や放射線による突然変異によりできた新品種は、安全性審査もなく販売され、これまで問題が生じたことはありません。

厚労省の専門家会議でもさまざまな議論がありましたが、「1〜数塩基が変わるタイプのゲノム編集技術による食品は、自然の突然変異や従来の品種改良と差異がなく、安全性において同等」という結論に。したがって、審査はせず、安全性に関する情報を一定程度届け出てもらうこととなりました。

ただし、さまざまなタイプのゲノム編集食品について、「安全性審査が必要か、届け出で済むタイプか」を判断するステップが必要です。そのため厚労省は、事業者から事前相談を受け付け審議会の中にある「遺伝子組換え食品等調査会」にも意見を求め、そのうえで届け出か安全性審査か、振り分ける、という制度案を検討中。現在パブリックコメントを実施しています(7月26日まで意見を募集)。厚労省は、このパブリックコメントに寄せられる意見も考慮したうえで、今夏に制度運用をはじめる予定です。

写真を拡大

オフターゲット変異は除去される

ゲノム編集技術の安全性においては「オフターゲット変異」が懸念されています。反対運動を展開している人たちは、必ず言及します。オフターゲット変異というのは、DNAを切断する酵素が、目標とするターゲット以外の部分を切ってしまう現象です。酵素は、DNAの配列を識別して特定の部分を切りますが、まったく同じ配列の部分は、同じように切ってしまいますし、よく似た配列の部分を切ってしまうこともあります。

医療分野ではこれは重要な問題。しかし、品種改良と混同するべきではないでしょう。

作物の品種改良の場合には、遺伝子組換えとゲノム編集を施した後、細胞を培養してそこから芽を出させ、植物の通常の形に戻す工程があります。実は、この培養段階でも自然の突然変異が大量に起きています。そのため、たくさんの細胞からよいものを選抜する工程が欠かせません。さらに、元の作物(遺伝子組換えとゲノム編集を施されていないもの)と交配し(これを、戻し交配と呼びます)、最終的には、ゲノム編集技術がターゲットとした部位のみ変異がかかっており、それ以外の部分は元の作物と同じで外来の酵素遺伝子も持っていない個体にします。

植物を対象としたゲノム編集では、DNAを切断する人工制限酵素のもととなる遺伝子をまず、遺伝子組換え技術によりゲノムに挿入する。 これにより、細胞中で人工制限酵素が作られるようになり、DNAを切断し、ゲノム編集技術が目的とする変異を引き起こす。だが、違う部位を切ってしまう「オフターゲット変異」が起きる場合もある。 しかし、この後に遺伝子組換えやゲノム編集技術を用いていない系統を交配すれば、メンデルの法則により人工制限酵素の遺伝子や、オフターゲット変異は分離できる(取り除ける)。 後代の交配と選抜により、最終的に、ゲノム編集による変異はあるが人工制限酵素の遺伝子やオフターゲット変異のない系統のみを、新たな品種とする。
(出典:農研機構企画戦略本部 田部井豊新技術対策室長提供)


選抜と交配の工程が何段階にもわたってあるので、仮にゲノム編集によってオフターゲット変異が起きたとしても、最終的には除去されている、と考えられるのです。

家畜の場合には、受精卵細胞にゲノム編集技術を施す場合が多いのですが、同じようにたくさんの卵細胞を処理し、その中から選抜しますので、同様にオフターゲット変異が残っている可能性は著しく低いのです。

あわせて読みたい

「食の安全」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    元オウム死刑囚の帰依心消えた夜

    篠田博之

  2. 2

    中露側との連携に舵切った文政権

    赤池 まさあき

  3. 3

    石破氏「日韓の歴史を学ぶべき」

    石破茂

  4. 4

    日米を敵に回し北朝鮮選んだ韓国

    AbemaTIMES

  5. 5

    「GSOMIA報道は感情的」に反論

    小林よしのり

  6. 6

    韓国暴走か 日本は立場表明せよ

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  7. 7

    GSOMIA破棄 米では日本批判なし

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  8. 8

    ユニクロと無印良品の決定的違い

    PRESIDENT Online

  9. 9

    GSOMIA破棄 画策したのは中国か

    文春オンライン

  10. 10

    民主主義を取り戻せ 若者の挑戦

    たかまつなな

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。