商標業界の常識として、「アルファベット2文字だと原則商標として登録できない」というのがある。
商標法3条1項5号の「極めて簡単で、かつ、ありふれた標章のみからなる商標」に該当してしまうから、というのがその理由で、商標審査基準でも「ローマ字の1字又は2字からなるもの」というのはしっかりと例示されている*1。
もちろん3条1項5号であれば、続く3条2項(使用をされた結果需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができるもの)に該当することを立証できれば登録を受けられる可能性が出てくるのだが、そのハードルは決して低いものではないため、現実には、そこまで行く以前に「2文字」のデザインに一捻り入れるとか、他のデザインと組み合わせることで登録を狙う、というパターンの方がはるかに多い。
だが、そんな小細工はせずに王道路線で正面から特許庁と喧嘩し、知財高裁で見事に審決取消判決を勝ち取った事例が出た。
商標法3条2項該当性の認定が裁判所で覆ること自体はそんなにレア、ということでもないのだが*2、「3条1項5号に該当する」とされた商標の3条2項該当性が認められるケース、というのはそれなりに珍しいし、それ以上に、実質論として微妙だな、という印象も受ける事例だったので、ここで紹介させていただくことにしたい。
知財高判令和元年7月3日(H31(行ケ)第10004号)*3
原告:ダイムラー・アクチェンゲゼルシャフト
被告:特許庁長官
争われている商標は、「EQ」というシンプルな2文字の欧文字。
「EQ」というと、普通思い浮かべるのは「IQ」と対比される「心の知能指数」(Emotional Intelligence Quotient)だが、この出願人は「Electric Intelligence(エレクトリック・インテリジェンス)」を意味する言葉として命名したとのこと*4。
そして、出願人は世界的な自動車メーカーで、商標も新世代電気自動車のブランドとして使われるもの、とくれば、指定商品もシンプルに第12類の「Motor vehicles」(自動車及び二輪自動車)となる。
本件商標の日本国内での出願以降の経緯は、ざっと以下のような感じ。
平成28年7月28日 出願
平成29年11月22日 拒絶査定
平成30年2月22日 拒絶査定不服審判請求
平成30年9月7日 審判不成立審決(9月19日送達)
平成31年1月15日 取消訴訟提起
時系列を見る限り、まぁまぁあっさりと拒絶され、審判でもほぼ形式的な審理のみで査定維持、となったことがうかがえるが、本件商標は元々英国出願を基礎として(優先権も主張)国際商標登録出願されたもので(登録第1328469号)、以下のとおり、審査が緩い欧州域内はもちろん、他の国、地域でも既に登録されている。
2016年10月14日 英国
2016年12月1日 欧州連合
2017年4月27日 オーストラリア
2017年8月18日 ノルウェー
2017年9月28日 ロシア
2017年11月29日 スイス
2017年11月30日 メキシコ
2018年5月2日 インド
2018年8月10日 トルコ
2018年11月1日 米国
もちろん、欧州域内や他の国、地域で登録が認められるからといって、識別力審査に関しては世界一厳しいとも言われている日本でそう簡単に登録が認められる、ということにはならないし、特許庁もそういう考えだったのだろう。
だが、知財高裁は、以下のような理屈で商標法3条2項該当性を肯定し、本件商標の登録を認めた。
「本願商標については,著名な自動車メーカーである原告の発表する電動車やそのブランド名に注目する者を含む,自動車に関心を持つ取引者,需要者に対し,これが原告の新しい電動車ブランドであることを印象付ける形で,集中的に広告宣伝が行われたということができる。
加えて,本願商標は,本件審決時までに,出願国である英国及び欧州にて登録され,国際登録出願に基づく領域指定国7か国にて保護が認容されており,世界的に周知されるに至っていたと認められることも勘案するなら,本願商標についての広告宣伝期間が,パリモーターショー2016で初めて公表された平成28年9月29日から本件審決時(平成30年9月7日)までの約2年間と比較的短いことや,原告が平成29年から販売している「EQ POWER」との名称のプラグインハイブリッド車の販売台数が多いとはいえないこと等の事情を考慮しても,本願商標は,原告の電動車ブランドを表す商標として,取引者,需要者に,本願商標から原告との関連を認識することができる程度に周知されていたものと認められる。」(24~25頁、強調筆者、以下同じ。)