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日本人が"定時で帰らない"本当の理由とは

吉高由里子主演の連続ドラマ『わたし、定時で帰ります』(TBS系、火曜10時)が6月25日に最終回を迎えた。ドラマは、定時で帰る東山結衣(吉高由里子)を中心に、イマドキの職場のありがちな様子が丁寧に描かれ、フェイスブックやツイッターなどのネット上でも話題に。キャリア開発のプロはこのドラマをどう読み解くか――。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/PRImageFactory)

残業当たり前世代のブラック部長

主人公の東山結衣(吉高由里子)は、働きすぎも影響して、階段から落ちて意識不明の重体になり、新卒で入った旅行代理店を辞めた。その後、定時で帰れる会社を探してWEB制作会社に再就職をした。誰よりも生産性高く働き、定時になると退社する。その後は行きつけの中華料理店でビールを嗜み、恋人との時間も大切にしている。決して仕事が嫌いなわけではなく、後輩の面倒見もいい。仕事もできるけれど、プライベートも充実している。

そんな東山は、様々な仕事観を持つ会社員に囲まれている。

部長の福永清次(ユースケ・サンタマリア)は、業績をあげるために、根回しを使い、儲からない案件でも受注してくる。そうやって業績をあげてきたのであり、そういう仕事の仕方が福永流である。若者から見ると、関わりたくない上司に見えるわけだが、福永には福永の理屈がある。福永の設定年齢は、48歳。入社は90年代初めであり、仕事を仕上げるには残業するのは当たり前。何か工夫をするというよりも長時間労働で何とかするという仕事観が当たり前で育った世代である。

“プレッシャー世代”の働きぐせ

副部長の種田晃太郎(向井理)は仕事ができて、責任感も強く、残業を厭わない。いわゆるワーカホリックである。しかし、仕事を優先しすぎたために、東山との婚約が破談になっている。種田の設定年齢は37歳。就職氷河期世代とゆとり世代の間の世代であり、“プレッシャー世代”と命名されている。32歳という設定の東山や後出の三谷佳菜子(シシド・カフカ)もこの世代に含まれる。思春期にバブル崩壊や大企業の倒産を目の当たりにして、打たれ強く、優秀な人が多いとも言われている。

長時間労働者の特徴に関する調査によると、「責任感が強い」「仕事が頼まれると断れない」「協調性がある」「てきぱきと仕事をしている」というタイプが多い(1)。まさに種田である。また、長時間労働者は継続的に長時間労働をする傾向が強い(2)。長時間労働をしてもそれが苦痛にならずに、その状態に慣れて、長時間労働の習慣を形成してしまうのだ。

残業する理由、しない理由、できない理由

三谷は、定時で帰る東山には否定的であり、最近の新人の“ゆるさ”を許せない性分である。有休もとらずに、長時間労働をしてしまう。「休めば居場所がなくなる」という理屈である。必ずしも好きで仕事をしているわけではない。

さらに、双子を育てるワーキング・マザーの賎ヶ岳八重(内田有紀)、仕事の効率が悪く、会社に寝泊りする吾妻徹(柄本時生)、責任を回避し、辞めたがりの新人男子の来栖泰斗(泉澤祐希)が主人公を取り巻いている。

ここ数年の新入社員調査によると、最近の新入社員は、「お互いに鍛えあう」よりも「お互いに助け合う」職場を好み、「相手の意見を聞いて、丁寧に指導してくれる」上司が理想だと考えており、その傾向はまさに来栖のキャラクターに反映されている(3)。そんな来栖は東山の「残業しない主義」の唯一の支持者である。

それぞれにそれぞれの歴史があり、それぞれの理屈がある。その理屈は、視聴者の働き方や仕事観に重なる。あるいは、視聴者の周りにいる人々と重なり、ドラマが身近なものになっている。

若手正社員の8割~9割は定時で帰れない

定時で帰りたいのに定時で帰れないから、ドラマになるわけであるが、そもそも定時で帰れない人はどのぐらいいるのだろうか。

日本人の平均年間労働時間は、減少している(4)。その主要因は、非正規社員の増加である。非正規社員には、パート・アルバイトなどの短時間勤務者が多く含まれており、その割合が増加したことが、日本人全体の平均労働時間を減少させている。

一方で、フルタイム雇用者の労働時間は、週平均50時間程度であり(5)、東山のような若者(20~30代)に限定すると、男性の約9割、女性の約8割が日常的に残業しており(6)、定時で帰れない若者が多数いるのが実態である。

長時間労働が常態化する背景

そのような長時間労働を是正しようとしても、そう簡単には進まない。上の世代から受け継ぎ、職場のカルチャーや習慣としてしみこんでしまっていることが多いからだ。

普通にやっていれば、普通の業績しか上げられない。普通以上の業績を上げようと思えば、その分労働時間を長くしようと考えてしまう。そうして長時間労働を行った結果、福永のように管理職に昇進している人もいる。ゆえに部下に対しても、仕事ができないのであれば労働時間を長くしてでも業績を上げるべきだと思っている。部下も業績が上がらないのに、労働時間を短くすることに罪悪感があるし、特に真面目な“プレッシャー世代”は労働時間を増やしてでも期待に応えようとしてしまう。

中でも顧客に寄り添い、無理難題でも何とか解決できることを強みにし、労働時間が長いのが自分たちの競争優位の源泉となっている会社の場合、人事評価の基準も組織風土も長時間労働を賞賛するようになっている。そういう会社においては、本質的に労働時間を短くしていこうという議論になりにくい。本音として、健康に支障がない範囲で頑張れというのがせいぜいである。これだけ働き方改革が叫ばれても、そうした職場は根強く残っているのが現実なのだ。

私たちは有償労働に偏りすぎている

このような環境下において、自分の意思を貫いて定時で帰るのは難しい。

改めて、このドラマのそれぞれの役の働く理屈に入り込むと、「働く」意味を考えさせられる。「なんのために働いているのだろうか」「どのくらいの時間働くのが適切だろうか」「生活の中での仕事の比重はこれでいいのだろうか」といったことだ。

そして私たちの生活時間は有償労働に偏りすぎていて、人としてもつべき家族との時間、地域活動やボランティアを行なう時間、余暇の時間が削られているということにも気づかされる。

面白いことに、主人公の東山は、他者の働き方や仕事観に対して否定的でない。それぞれの働き方や仕事観を認めている。その上で、人に迷惑をかけることなく、定時で帰ることを貫いている。東山のように、自分らしさを貫くには、他者を認めることが必要だ。返報性の法則で、他者から理解されようと思えば、まず他者理解から始めるのが王道である。その点で福永のようなブラックに見える働きぶりは、それ自体も問題だが、仕事一辺倒の生き方・価値観を若い世代にも強いようとすることは、組織全体の健全性を阻むなど、より大きな問題をはらんでいると言える。

1 日本能率協会総合研究所(2005)『厚生労働省平成16年度委託調査 賃金不払残業と労働時間管理の適正化に関する調査・研究報告書』

2 大竹文雄・奥平寛子(2008)「長時間労働の経済分析」『REITI Discussion Paper Series 08-J-019』経済産業研究所

3 リクルートマネジメントソリューションズ(2019)『2019年新入社員意識調査』

4 OECD Databese “Average annual hours actually worked per worker”によると、1980年代後半まで2100時間で推移していたが、その後、減少し続け、2014年には1729時間になっている

5 山本勲・黒田祥子(2014)『労働時間の経済分析―超高齢社会の働き方を展望する』日本経済新聞出版社

6 リクルートマネジメントソリューションズ(2017)「長時間労働に関する実態調査」

古野庸一(ふるの・よういち)
リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 所長
1987年東京大学工学部卒業後、リクルートに入社。南カリフォルニア大学でMBA取得。キャリア開発に関する事業開発、NPOキャリアカウンセリング協会設立に参画する一方で、ワークス研究所にてリーダーシップ開発、キャリア開発研究に従事、2009年より現職。週末にはスペシャルオリンピックスの活動に従事。近著に『「働く」ことについての本当に大切なこと』(白桃書房)がある。

(リクルートマネジメントソリューションズ 組織行動研究所 所長 古野 庸一 写真=iStock.com)

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