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特集:貿易戦争時代の日本の選択

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●不穏なり、日米経済協議

今回のG20では、4月のワシントン、5月の東京に続いて、「3カ月連続の日米首脳会談」も行われた。ご両人が何を話しているのか気になるところだが、今回、安倍首相がトランプ大統領に渡したという1枚紙のパワポ資料がリークされている2


「この1か月間で、日本は新たに5件の対米投資を決めた」
と書かれていて、しかも5件の所在地はミシガン州、ケンタッキー州、テネシー州×2、アラバマ州である。2020年選挙における重点州ばかりだし、書類嫌いのトランプ氏に1枚の「ポンチ絵」を渡したところも技能賞であろう。たぶんホワイトハウス高官は、「日本はトランプ対策をここまでやっている!」ことに感心して、記者に配布したのではないだろうか。

逆に言えば、日米経済協議がかなり進んでいることの証拠物件といえるかもしれない。以前にトランプ大統領が言っていた通り、「8月が山場」というのはたぶんその通りなのだろう。再選戦略のためには、日本から農産物で譲歩を得なければならず、それも急がなければならない。逆に日本側は自動車を守ることが最優先課題で、「農産物をカードにして自動車を守る」というわが国通商政策史における「奇観」が生じつつある。

2018年度の貿易統計を見ると、対米輸出は15.6兆円、輸入は9.1兆円であいもかわらず巨額の対米黒字がある。それでも輸入は前年比11.2%も伸びており(輸出は2.9%増)、内訳をみると航空機やエネルギー関連が増えている。F35戦闘機から原油やLNG、果てはLPGまで米国からの輸入を増やし、少しでも対米黒字を減らそうとした形跡が窺える。

その中で肉類の輸入は年間4240億円にすぎず、逆に自動車輸出は4.6兆円(177万台)もある。牛肉とクルマでは、所詮は「衆寡敵せず」なのだ。ちなみに、日本の対米自動車輸入はわずか877億円(1.8万台)であり、台数から言えばほぼ100対1である。トランプ大統領がこの数字を知れば、確実に不機嫌になるであろう。

ここから先は筆者の想像だが、日米経済協議を早期に決着させるためには、以下のような線が「落としどころ」であろう。

1. 農産物で「実質TPP並み」まで関税を引き下げる。ただし本当にTPPと同じにしてしまうと、離脱を決めたトランプ大統領のメンツがつぶれるので、わざと少しだけ変えておく。米国側はこれを「TPP以上の条件を獲得した!」と国内向けに宣伝し、日本側は「実質的にはTPPと同じです」と説明する。

2. 自動車は、米国側の現行の2.5%の関税を温存する。その結果、米国側は失うものがないということで、議会を通さずに行政協定として処理することができる。USMCAの批准が停滞しているように、米議会は今や完全に「反トランプ」になっている。通商政策で実績をアピールするには、対日合意がいちばんの近道ということになる。

3. 逆に日本側は、合意をFTA協定にまとめて国会を通さなければならない。秋の臨時国会に提出することになるだろう。ちなみに11月になると、トランプ政権が半年先送りした自動車関税の検討期限がやってくる。これも「脅し」に使われるのであろう。

こんな風に考えると、「日米安保条約は不公平だ」という最近のトランプ発言の理由が見えてくる。「軍事面で守ってやっているのだから、日本は通商面でサービスしろ」というプレッシャーと解すべきであろう3

つまり、G20などで行われている「自由でルールに基く国際秩序」の論議とは、まったく別次元の「力の政治」が日米間ではまかり通っている。「リアリスト」と呼ばれる安倍首相が、どちらを重視しているのかはあらためて言うまでもないだろう。

●今度は日韓が貿易戦争へ?

大阪G20が終わった翌週の7月1日、経済産業省は「対韓国輸出規制」に踏み切ることを公表した。

今回、規制対象となる「レジスト」(感光材)、「エッチングガス」(フッ化水素)、「フッ化ポリイミド」という3種類の半導体材料は、韓国の対日輸入額は5000億ウォン(466億円)に過ぎない。しかし韓国製の半導体とディスプレイは、全世界への輸出総額が170兆ウォン(15.8兆円)に達する。つまり日本側は失うものが小さく、韓国側が受ける打撃は大きい。「レバレッジ効果」が高い制裁策と喧伝する向きもある。

安倍首相は7月3日、日本記者クラブ主催の党首討論会において、本件は元徴用工訴訟で対応を示さない韓国政府への事実上の対抗措置だという認識を示した。「1965年の日韓請求権協定で、互いに請求権を放棄している。(韓国が)約束を守らないうえでは、今までの優遇措置は取らない」と語っている。もちろん日韓関係には、それ以前から従軍慰安婦合意の一方的破棄、レーダー照射事件、水産物規制などの問題が積み重なっている。

ただし、これは国内の「反韓気分」に迎合したアピールという面がありそうだ。実際に経済産業省のHPを見ると、今回の措置はあくまで「輸出貿易管理令の運用変更」であるとして、以下のように説明されている4

外国為替及び外国貿易法に基づく輸出管理制度は、国際的な信頼関係を土台として構築されていますが、関係省庁で検討を行った結果、日韓間の信頼関係が著しく損なわれたと言わざるを得ない状況です。

こうした中で、大韓民国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっていることに加え、大韓民国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生したこともあり、輸出管理を適切に実施する観点から、下記のとおり、厳格な制度の運用を行うこととします。
今回の措置は「輸出規制」であって「禁輸」ではない。それでは2010年の中国によるレアアース禁輸措置と同様、明々白々なWTO違反となってしまう。2004年以降に簡略化されていた韓国向けの輸出管理の手続きを、それ以前の厳格な状態に戻すというものである。韓国はいわゆる「ホワイト国」から外れるので、今後は輸入の際に個別に許可を取らなければならなくなる。韓国企業は、けっして半導体材料を入手できなくなるわけではない。

それよりも上記の文言で気になるのは、「韓国に関連する輸出管理をめぐり、不適切な事案が発生した」ことの中身である。「武士の情けで言わないでおいてやる」と言わんばかりの書きぶりであるが、今回の措置に関する透明性を高める観点からは、「不適切な事案」の内容を公表すべきであろう。今後、韓国がWTOに提訴することになれば、いずれは避けられないことになるはずだ。

今回の措置に関して、筆者が懸念していることを以下3点挙げておきたい。正直なところ、「あとで後悔するのではないか…」と嫌な予感がしている。

1. あくまでも安全保障貿易の問題であるのなら、「約束を守らない韓国を懲らしめてやる」的なことは、政治家は「言わぬが花」であろう5。韓国側の過剰な反発を招くだろうし、「目の前の参議院選挙を意識して」というのもいささか情けない。

2. 日韓関係の近況をよく知る人で、今の文在寅政権に好感を持つ人は居ないだろう。とはいえ、「貿易を武器にして他国に制裁を加える」という発想は、少なくとも今までの日本外交にはなかった。むしろ「意地悪をされても、仕返しはしない国」であった。今回の措置は、わが国の通商政策の転換点となってしまうかもしれない。

3. 半導体産業は、そうでなくとも世界的な逆風下にある。これで韓国企業が打撃を受けた場合、それが日本経済にも跳ね返ってくる恐れもある。せっかくアジアで育ったIT産業のサプライチェーンが、こんな政治的な理由で阻害されるのは非常に惜しい。


1 @JenniferJJacobs White House reporter for Bloomberg.
2 https://twitter.com/DavidNakamura/status/1144413851342868480 ワシントンポスト紙のDavid Nakamura記者によれば、ホワイトハウス高官が記者団に配ったとのこと。
3 ここまで言うからには、尖閣諸島で何か起きた時には必ず守ってくれるのであろう。甘いかな?
4 https://www.meti.go.jp/policy/anpo/law_document/tutatu/190701_gaiyo.pdf
5 本気で意地悪をしたいのであれば、黙ってやる方が相手は怖いはず。THAADのときに痛感しましたが、そういうのは中国がとってもお上手です。

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