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【緊急企画】教育虐待への予防接種としての『中学受験「必笑法」』一部公開

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親のエゴが暴走する

 巷には「頭が良くなる勉強法」や「東大に合格するための習慣」などの本がたくさんあります。しかし人間はロボットではありません。誰かの成功体験をそのままあてはめても、同じような結果が出るとは限りません。当たり前です。

 しかしダークサイドに堕ちてしまった親にはそれがわかりません。「自分はさまざまな方法を調べて、正しいやり方でわが子を教育しているのに……。うまくいかないのはこの子がちゃんとやっていないからだ!」となってしまいます。その焦りが、過度な叱責や強制的な勉強につながります。

 そもそも教育によって得られる成果はひとによって違います。あるひとは勉強して身に着けた知識と技能を利用して、画期的な発明を成し遂げ、大金持ちになるかもしれません。あるひとは勉強して身に付けた教養とコミュニケーション能力で、たくさんの仲間をつくり社会を変革するかもしれません。またあるひとは数学の世界にのめりこみ、食べることも忘れて数式の美しさに没頭するかもしれません。

 さらにその成果は、教育を受けたその瞬間に表れる場合もありますし、数十年後に表れることもある。それこそ、ひとの数だけ、勉強の意味があるといえます。

 つまり、その子供が勉強して何を得るのかを、予言することはできません。要するに、勉強の価値は、やってみなければわからない。教育とは本来、「こうすればこうなる!」と効果をうたえない類の営みなのです。

 たとえば中高6年一貫教育といっても、その教育の目的はあくまでも生徒の人生を豊かにすることであり、6年の間に即時的に効果を発揮することではありません。希望する進路を実現させたりテストの点数を上げたりすることは教育の必要条件ではありますが、十分条件ではありません。「いい学校」に通って希望の大学には入れたけれど、なぜだか人生はうまくいかないというのでは意味がありません。少なくとも私がよく取材するような学校の先生たちは、そう考えています。

 しかし実際は「こうしたらこうなる!」と効果をうたう教育系コンテンツや、「これからのグローバル社会を生き抜くために」という脅しの文脈で不安をあおりお金に換える怪しい教育類似商法が氾濫しています。教育にわかりやすい成果を求める風潮を利用したビジネスです。ビジネスの原理が教育を汚染しているといってもいいでしょう。

 ビジネスとは、お互いにとって価値あるものを即時的に等価交換するしくみです。教育に無理やりビジネスの原理をあてはめるとどうなるか。教育にも、予言できる成果が求められるようになります。大学進学実績や偏差値のような“わかりやすい”数字ばかりが注目されるようになります。

 教育の価値が数値化されると、子供の価値も同じ数値で測られるようになります。「あの子は○○学校の子、あの子は△△学校の子。○○学校の子のほうが格が上」とか「あの子は偏差値60、この子は偏差値40。偏差値60の子のほうが出来がいい」とか。

 果ては、それがそのまま親の能力までを物語るようにもなります。「あの子の親は、息子を○○学校に入れたからすごい。この子の親は、娘を△△学校にしか入れられなかったからたいしたことない」など。

 このような風潮のなかにいれば、「できる親」の証しとして、子供を有名中学に合格させたいと思う欲求が強まるのも無理はありません。もはや子供のためでなく、自分の見栄のために、子供に勉強を強いるのです。

 こういった状況が教育虐待に拍車をかけているとも考えられます。

「親は無力」という悟りの境地へ

 ちょっと気が早いかもしれませんが、第一志望入試本番当日を想像してみてください。

 忘れ物がないかと何度も確認して、家を出ます。電車にはほかにも、中学入試に向かうとおぼしき親子の姿が見られます。

 学校に到着すると塾の先生たちが校門の両脇に並び、自塾の生徒たちを励まします。ちょっとうるさいくらいです。

「保護者の付き添いはここまで」というところで、わが子を見送ります。もうかけるべき言葉すらありません。ただ目を見て、無言でうなずきます。「大丈夫。自分を信じて」。そう念じながら。その思いが伝わったかのように子供も無言でうなずき返します。

 その瞬間を最後に、わが子は自分に背中を向け、もう振り返りません。自分の目標に向かって前だけを見て歩み始めます。その背中が、初めて塾に通い始めたときとは比べものにならないくらいに大きく見えるでしょう。

 そうやって不安な気持ちでいっぱいになりながら子供の背中を見守るしかないというのが子育ての本質であり、そのこと自体がこのうえなく幸せなことなのではないでしょうか。そのことを強く実感できるのも、中学受験という機会がもたらす宝物だろうと私は思っています。

 志望校合格という目標に向かって親子で全力を尽くして、泣いたり笑ったりする約3年間の末に、親はようやく悟るのです。

「結局のところ、親は無力である」と。

 思い返せば、塾に通い始める前はろくに勉強もしなかった子が、最後にはまがりなりにも自分から勉強するようになりました。難問にはすぐに音を上げていた子が、どんな難問にも果敢に挑戦するようにもなりました。そんな成長を間近に見て、親は、「この子は、最後はがんばる子。自分で自分の人生を切り拓く力のある子」と確信します。

 子供だって、親が自分のために少なくない犠牲を払ってくれていることを知っています。ときどき衝突することはあっても、自分のことを大切に思ってくれていることは間違いないと確信しています。言葉には出さなくても感謝の気持ちが芽生えます。そして、できれば、親を喜ばせたいと思っています。

 この時点でもうすでに、中学受験は成功しているのです。

 その土台があるからこそ、中学受験を終えて、本格的な思春期が始まったときにも、表面的には親子の衝突をくり返しながらも、お互いの心の底では相手を信頼する気持ちが揺るぎません。子供は安心して反抗することができるし、親は子供を信じて見守ることができます。それがまた、親子の成長につながります。

 中学受験のプロセス自体がすべて、親子にとってのかけがえのない財産になるのです。駆け抜けた、決して楽ではなかった約3年間の月日が、親子にとっての誇りになります。結果がどうであれ、その誇りが奪われることはありません。

中学受験生はヒーローだ

 中学受験生たちは、どんなに努力をしても報われないかもしれない、やめようと思えばいつでもやめられることに挑戦しています。たった12歳で、自分の力で、自らの進む道を切り開こうとしているのです。

「本当に報われるのだろうか」

 不安になることもあるでしょう。不安を感じたときこそ、さらに勉強に打ち込んでその不安を打ち消そうとするのです。彼らのなかには、すでにある種の人生哲学が萌芽しています。

 成績がいい子も悪い子もいるでしょう。ケロッとしているように見えて、実は内心では大きなプレッシャーを感じつつ、次のテストではなんとか親を喜ばせたいと願っている心優しい子供もいるはずです。いずれにせよ、彼らはみんな、小さな体と心で、自分なりのベストを尽くしています。模試の結果を受け入れ、たとえそれが悪い結果であったとしてもめげずに努力を続けています。尊敬されるべき存在です。

 ふがいなさよりも誇らしさを、絶望より希望を、努力するわが子の背中に感じましょう。どんな状況においても、わが子を尊敬する気持ちをもち続けましょう。それが何よりの、親から子への最強の励ましになります。

 そして、わが子のために、思い付くありとあらゆることをしたうえで、さらに拙文を最後まで読む時間と労力を惜しまないみなさんも、十分に尊敬されるべき存在です。中学受験生の親である自分自身にも、誇りを感じてください。

 中学受験を志すすべての親子に、心からのエールを送ります。

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