- 2019年07月04日 21:50
秋葉原事件の加藤と同僚 共感する背景には自身の生い立ちのほか、不適切な教員、ブラック企業、自殺未遂 生きづらさを抱える人々〜大友の場合
2/2秋葉原事件の加藤との出会い
この年、大友は加藤と仙台で出会う。家族や学校、職場で抱いた生きづらさがあり、自殺未遂をした後だ。本人曰く「一回死んでいる」からでもあるのだろうか。明確なものはなかったものの、なにげに共鳴した。趣味の話が合ったのも理由の一つだ。
「加藤と一緒に働いた会社は超ブラックでした。風呂にも入れず、寝るのも大型トラックの横の茂みでした。過酷で、もう経験はできませんね。加藤は『あの上司は許さない』と言っていました。苦情があると、現場から2、3キロ離れた事務所に言わなければならない。加藤とは苦楽をともにしているので、仲間意識が強いんです」

ここから2年間、仙台でともに働くが、仙台から離れ、埼玉県へ加藤が行くまでは連絡を取りあった。仕事終わりには食事を一緒にとった。
「加藤は、何かを抱えているんだなと感じることはあった。両親のことは一切、語らなかった。普通なら表面的なことくらいは話すと思うんですが、はぐらかす感じでした。何かあるんだろうな、とは思ったんです。ただ、(事件後に自殺した)弟の話はしていました。完全に孤立していたわけではないんだなとも思いました。ただ、突っ込んで、家族の話をすべきか?と問われると、あのときの自分には難しい。当時の自分には、嫌がっているのはわかりますから。でも、今なら、突っ込んで話をすべきだったかな、と。何かの兆しを感じたら、今なら突っ込みます」
加藤が語らない借金問題
加藤は判決後、弁護人以外と面会していない。遺族や被害者には手紙を出しているものの、交流があるとは言えない。ただ、いくつかの書籍を出版している。事件までの心情を含め、過去のことを綴っている。しかし、大友は、やや違和感を抱く。なぜなら、借金ことが書いていないからだという。
「出した本の中で、語っていないテーマがあります。それは借金問題です。それは自分がきっかけを作ったことでもあります。加藤はバイクを持っていたですが、車の免許はありませんでした。バイクを全損大破したとき、よく車で迎えに行っていたんです。当時自分はレガシーに乗っていたんです。加藤はレーシング仕様に気がつきました。その後、車の免許を取り、市場にないインプレッサのターボ車を中古で40万円で買いました。タイヤとマフラーも交換していましたし、ガソリン代も保険料もかかる。加藤の給料はきつかったはず。1日2日ご飯が食えないときもあったらしいので、ローンがきつかったんでしょう。仙台の仕事を辞めるのは、お金の問題も大きかったのではないでしょうか。本人は『職場のトラブルでやめた』『放火しようと思っていた』と書いているが、もし放火していれば、自分も死んでいた」



