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毎年2500万人口が増えるインドの苦悩 - 野瀬大樹 (公認会計士・税理士)

毎年オーストラリアの人口と同じ数の赤ちゃんが生まれる国、インド


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 6月7日、厚生労働省が発表した2018年の日本の「出生数」は衝撃的なものだった。

 その数は91.8万人。史上最低を記録した前年2017年の94.6万人から2.8万人も減少し、3年連続の100万人割れ。人口の減少は当然将来の内需の縮小を意味する。歯止めがかからない日本の人口減少問題を象徴している数字として、非常に悲観的なニュアンスでの報道が多かった。

 一方、世界2位の人口大国であるインドの「出生数」は驚きの約2500万人、日本25倍以上である。総人口が日本の約10倍であり、出生率も2.0を大きく上回っているため当たり前と言えば当たり前の数字であるが、毎年オーストラリアの総人口くらいの赤ちゃんが生まれると言えばそのすごさがイメージしやすいだろう。

 当然総人口に占める若年層の割合も非常に高く、インド全体の平均年齢は日本の47歳と比較して驚きの27歳。とにかく「若者」が多いのがインド市場の特徴なのだ。以前からこのコラムでもお話ししているように、このようなインド市場の「若さ」は21世紀の産業の中心となる「IT」を受け入れやすい土壌となり、インド市場はその「量」だけではなく「質」の面でも非常に有望なものと期待されている。

 少子高齢化問題を抱える日本から見れば羨ましい限りのインドの人口動態だが、実は今このインドの「激増する若者」がインド経済を停滞させる原因になるかもしれない…という懸念が出てきているのだ。

増え続ける人口を「どう養うのか」という苦悩

 それはこの、

「ひと世代2500万人の赤ちゃんを今後何十年にも渡りどうやって食わせるのか?」

 という問題、つまり雇用問題である。

 もちろん、まだまだ保守的なインドでは外で働かず結婚してすぐに専業主婦になる女性も多く、またある程度裕福な家庭の男性は大学卒業後海外に留学することも珍しくないので、この2500万人が約20年後に一斉に労働市場に職を求めて入り込むわけではない。

 しかしそうであっても、現時点でもおおよそ毎年1500万人の若者が職を求めて労働市場に新規参入することは紛れもない事実であり、そしてその1500万人に安定した仕事を与えるということが、まだまだ脆弱と言われるインド中間層による内需を成長させ、インドという国家をさらなる成長ステージに引き上げる重大な関門なのだ。

 逆にこの毎年1500万という膨大な数の労働市場への流入を、労働市場が吸収しきれず若者にとっての不安定な雇用状況が長引けば、当然そこに所得は生まれず、結果として旺盛な需要が期待できる中間層は育たない。加えて、雇用の不安定は社会不安を生み、5月の総選挙で勝利したばかりのモディ政権の政権基盤を壊す原因もなりかねないし、途上国の中では比較的安定しているインドの治安にも影響を及ぼすだろう。

 インドはこの「人口増大国」ゆえの苦悩を抱え続けているのだ。

 発表する組織や統計の取り方にもよるが、インドの失業率は2019年の政府発表で6.1%であり、世界的には良くもないが悪くもない水準だと言える。だが、この6.1%という数字は現地で商売をしている私の体感とは大きく乖離する。

 新しい従業員を雇おうとウェブサイトに募集概要を出せば、私の会社のような零細企業でも1週間で100人以上の募集が殺到する。そして町を眺めても、明らかに仕事をしていなさそうな大量の若者が平日の昼間からウロウロしている。そういった経験からもインドの実際の失業率はもっと高いように思う。

 では、なぜそのようなギャップが生まれるのであろうか。

 失業率は日本と同様、仕事を求めているのに仕事がない人の数を元に計算するため、質問された人自身が「仕事を探していない」と回答すれば失業率の計算からは省かれるし、インドで多いオフィスや小売店での小間使い、また事実上失業しているがuberのドライバーなどで当面の生活費を稼いでいるような人でも「仕事はある」と答えるとこちらも失業率の計算からは省かれることになる。プライドの高いインド人の多くは「失業中」と答える人は少なく、結果失業率は実態よりも低い数字になってしまうのだ。

 またこのギャップについて、政府統計資料へ疑いを向ける人が一部いるのも事実だ。日本でも問題になった雇用統計の操作は、同じく選挙による審判がある民主主義国家インドでも行われているのではないかと疑念を抱く人がいるのだ。

雇用創出に奔走するインド政府

 もちろんインド政府も雇用問題に対して手をこまねいている訳ではない。

 例えば、インド政府が国家事業として行っている高速鉄道網の整備。これは日本の新幹線方式が一部導入されたことが日本でも話題になったが、その目的は道路渋滞の緩和やインフラ工事による経済の活性化だと言われている。

 しかし、もう一つの大きな目的されているのが「完成後の毎年の運営管理から生まれる莫大な雇用」だ。この鉄道網は現在工事しているムンバイーアーメダバードを皮切りにインド全土に拡大する予定であるため、雇用への長期的な貢献が期待されている。

 またモディ政権肝入りのスローガン「make in India」もまさにこの「若年層雇用対策」のためのものだ。従来インド経済の強みとされたIT産業と異なり、巨大な製造ラインを抱え、来る日も来る日も作業を行う製造業は雇用対策という点で非常に効果の高い産業だ。

 この「make in India」は、インドにそんな製造業を誘致しようという国策であり、「世界の工場」として短期間に圧倒的経済力と雇用を生み出して中国の成功例を意識していることは間違いない。

 鴻海がi-Phoneの生産工場をインドに作ることを発表したのは記憶に新しい。米中貿易摩擦が過熱する中、この決断はインドの雇用問題にとって朗報であっただけでなく、中国に生産拠点が集中している鴻海にとってもリスクヘッジ上良い決断だったと評価されてる。

「make in India」は「1億人の雇用」を飲み込めるのか?

 しかしこの「make in India」、先述の体感の失業率のように当初期待したほどの成果がまだ残せていないのが実情なのだが、その理由は一体何なのだろうか。

 実際のところ「make in India」と言う政府の掛け声だけは大きいのだが、運用面ではインドはまだまだ「世界の製造業さん、どうぞいらっしゃい」という体制がとられていないのだ。

 例えば税制。鳴り物入りで2017年から始まったインドの統一間接税であるGSTだがその制度は依然として複雑そのもの。そのため2018年3月期のGST申告の期限は、当初予定の2018年12月から何度も延期され結局今現在でもその期限は到来していない。2018年3月末の税務数値を1年以上たった今現在でも固めることができないという異常事態なのだ。

 また、いくつかの点において会社法周りのコンプライアンスが昨年4月より厳しくなっている点も外資系企業にとっては頭痛の種だ。政府は海外に資産や所得を逃がしたり、トンネル会社を作ったりするインド人富裕層への対策がその目的であり、外資系企業を苦しめる意図はないと説明しているが、実際に外資系企業に求められるコンプラ対策の工数は増え続けている。

 鴻海のような巨大企業であれば、こういった税制やコンプラの問題に対応するのは難しくないかもしれない。しかし管理部門にコストを掛けられない中小製造業にとって、巨大な設備投資をしたうえでさらなる負担が生じるのは避けたいのが実情なのだ。

 また、インド政府独特の「原材料や部品も、輸入ではなくインド国内で調達すること」という要望が強い点も外資企業を落胆させている。先述の新幹線プランについてもモディ首相直々に「できうる限り部品はインド国内で調達を」という要望があった。これは選挙や支持率をにらみ

 「私はインド国内産業への配慮や景気対策も怠りませんよ」

 という国内向けメッセージである面が強く、中国と異なり定期的な選挙があるインドらしい側面と言える。

 ただ、そうなると多くの現地製造業は各々の最終製品の品質に耐えうる原材料や部品の調達に四苦八苦するおとになり、前述の税制やコンプラの問題、さらには上がり続けるインドの人件費もあいまって、

 「そこまで苦労してインドに製造拠点を持つ意味はあるのか」

 という疑念の声が上がっているのも事実なのだ。

 毎年1500万人、女性の社会進出も踏まえると今後5年で1億人近い若者が労働市場に流入してくるインド。その大河のような巨大な労働者を飲み込める解が製造業であることは明白である。

 モディ政権にはその高い支持率を使ってのさらなる改革、具体的には税制の簡素化、外資規制の緩和が求められるが、その道は険しそうである。

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