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京都大学は「変人の巣窟」であれ 地元紙記者が懸念する“自由の学風”の今後

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東京大学と並んで、日本の最高峰の大学の一つに数えられる京都大学。「自由の学風」を誇り、iPS細胞で知られる山中伸弥氏や、湯川秀樹氏、福井謙一氏らノーベル賞受賞者を数多く輩出してきた。そんな京大の“研究の現場”にスポットライトをあてた『京都大とノーベル賞 本庶佑と伝説の研究室』(河出書房新社) が出版された。

著者は、地元紙・京都新聞記者の広瀬一隆氏(37)。医師免許を持ち、京都大学をはじめ関西にある大学を中心に最先端の研究現場の様子を伝えている。今回の著書では、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏に肉薄したインタビューなどを通じ、京大の研究現場のありのままをかみ砕いて伝えている。

広瀬氏は、自由な発想を尊重してきた京大の環境について、「変人の巣窟」という独特な表現で評する。一方、近年は大学当局による学生への管理強化を感じるといい、学風の行く末に疑問も抱いている。京大に密着し続ける地元紙記者として、今後の京大をどう追いかけていくのか――。考えを聞いた。【聞き手・岸慶太】



SNSが普及した今 マスコミは自らを見つめ直すべき

――医師免許を持っていますが、科学や研究をする上でどのように役立っていますか。

医学をはじめとした生命科学の知識は取材で役立っています。しかし、僕は大学を卒業してすぐに記者になっているので、実際の診察や治療はなにもできない「ペーパー医師」です。飛行機や新幹線に乗る時は、急病人が出て「お医者さんはいませんか」というアナウンスがかからないかドキドキしています。幸いにして、そうした機会にはまだ遭遇していませんけど。あとちょっとした病気の相談を同僚から受けることがありますが、こちらも丁寧に「分からない」と返します(笑)。

一方、ギルドみたいに独特な医者の世界はそれなりに体感しています。そういう世界から、別の世界で仕事を始めたという経験は役立っているように感じます。医者の世界が独特だったのと同じ意味で、「記者の常識は世間の非常識かも」という意識は常にあります。

記者になったことはこれまでの約10年、一度も後悔していません。ただ、新聞の発行部数の減少などマスコミ業界の先行きは決して明るくありません。同時に、SNSの普及などによって、マスコミのやり方に対する厳しい見方も出てきています。そうした意見をしっかり受け止めて変わっていかなければならない時代だと思います。

とっつきにくい科学記事 伝え方に改善の余地あり

――科学を新聞記事で伝える意味とはどういった点にあるのでしょうか。

科学の話はとっつきにくいようで、なかなか多くの人に読んでもらうのが難しく、いつも頭を悩ませています。科学関連の記事を理解してくれる人は社内でも多くはありません。他業種と比較しても、新聞社の文系が占める割合は高いはずです。そうした背景も影響しているのかもしれません。

取材対象となる科学者は、自分の専門分野だけに関心が向かいがちです。本来の科学記者は、そういった“タコつぼ化”した科学を一望して、「いま科学で分かっていることの全体像は何を意味しているのか」を示すことにあると思います。

もちろんそのためには、専門的な研究内容を分かりやすい言葉にして広く伝えることも大事です。そのいずれもが、まだ十分にできているとは思えません。科学報道にはまだまだ改善しなければいけない課題がたくさんあります。

Getty Images

読者に身近に感じてもらえない研究の面白さ

――今回の著書の主題は「京都大とノーベル賞」です。どうしても難しくかたい印象を持ってしまいます。

科学の研究というのは結果が出るまでのプロセスが面白い。にもかかわらず、新聞記事になるのは短い結果だけで、記事を書く側として残念な思いを抱いてきました。

研究というものをなかなか身近に感じてもらえない中で、ノーベル賞はたくさんの人に科学に関心を持ってもらうチャンスです。日本ではノーベル賞がもてはやされすぎという指摘もありますが、悪いこととは思いません。2018年に本庶佑さんがノーベル生理学・医学賞を受賞したタイミングで、科学の研究成果の背景にあるさまざまな物語を描きたいと考えました。

また、本庶さんの業績は京大を抜きには語れません。一人の傑出した研究者を輩出するには、背後に何人ものすぐれた研究者が必要です。京都大がそうした土壌を持つからこそ、本庶さんの受賞につながったと考えていています。

独創性認める京大のおおらかさ ノーベル賞相次ぐ背景

――京大関係者がノーベル賞を相次いで受賞する背景をどう見ていますか。

本でも触れましたが、「独創的なことをしてやろう」という気概を強く感じます。他の大学と比べても、記者と研究者の距離が近い。気軽に取材に行ける環境があります。こうしたおおらかさが、独創的な研究の土壌になっているのかもしれません。

――今回の著書では、どういった面で苦労しましたか。

ノーベル賞受賞が決まってすぐ、本庶さんへ取材を依頼しました。ところが、なかなか取材をお受けいただく時間がありませんでした。受賞が決まった昨年10月から、おそらく100件近い取材依頼があったはずです。ノーベル賞受賞者の中には、できるだけ取材に応じようとしてくださる方もいるようですが、本庶さんは自分のペースを乱さないことを徹底したのだと思います。

本庶さんは「強面」研究者としても知られています。取材依頼のメールを送る時も、何度も読み返して失礼な表現がないか確認しました。ようやく取材OKが出たのが翌年の2月。この間、本庶さんが取材を受けてくださるのか分からず冷や冷やしました。

Getty Images

――スウェーデンでの授賞式はいかがでしたか。

これも、いろいろと苦労しました。ノーベル賞に関連した大半の催しには、申し込みさえすれば入れますが、授賞式や晩餐会に入れるメディアは限られています。ですので、京都の地元紙の記者が取材する意味がいかに大きいか、頑張ってメールで書きました。私の英語力では限界があるので、知り合いのアメリカ人に添削してもらいました。添削といってもほとんど書き直されて跡形もなくなりましたが。

晩餐会は、えんび服を着なければなりません。現地で借りたのですが、もちろん人生初の体験です。私は普段、スーツすらほとんど着ることはないので、晩餐会の間はずっと窮屈な思いをしていました。本庶さんは和服で通されましたけど、私は自分の姿を見て「着るんじゃなかった」と実感しました。

山中伸弥氏が大切にする“アホ”の精神 新聞記事にも反映させたい

――iPS細胞やオプジーボなどは難解で、聞いているだけで頭が痛くなります。

今回の本では、「科学者の世界のドラマを描きたい」と思いました。科学の世界はどうしても敷居が高く、専門外の人には科学者が何を考えて研究しているか、なかなか分からないと思います。

でも案外、多くの科学者は失敗したり不安を抱えたりしながら、実験を重ねています。研究成果を社会に届けるには、専門外の企業人との関わりも必要です。そんな風に、いろいろな人たちが関わり合って研究が進んでいる様子を知ってほしかったです。

研究には、「アホやってなんぼ」という意識も重要なのだろうと思います。実際、宇宙人とのコミュニケーションに関する論考を出版する人類学者がいたり、穴だらけの日よけを作った科学者がいたりします。

その意味では、山中伸弥さんも「アホやってなんぼ」という精神を持っていらっしゃいます。インタビューをさせていただいても、時々ボケてくるんです。ちょっと拾いきれない時もありますが(笑)。だいたい髪の毛のネタは、山中さんの鉄板です。

記事になると、どうしても「立派な先生」というイメージを押し出してしまいがちです。記者はもっと「アホさ」を出すことに積極的になってもいいかもしれません。新聞記事ってどうしても肩肘張ってますからね。私ももっと頑張ってアホにならなあかんと思います。

立て看板に吉田寮… 京大に感じる“自由”へのプライド



――京都大といえば、自由の印象が強いです。取材を通じてさらなる発見はありましたか。

いい意味で、「自由の学風」へのプライドがあります。

例えば、本庶さんのノーベル賞受賞が発表された2018年10月1日。私は朝から吉田寮という学生寮の取材に行っていました。寮の旧棟は、築100年以上になります。老朽化を理由に大学執行部が旧棟などからの立ち退きを求めていて、今月からは訴訟が始まります。10月1日は、大学職員が退去通告書を出したので、その取材で寮を訪れたのでした。

翌日の10月2日には、本庶さんの受賞を祝う立て看板が京大周辺に出現しました。誰が立てたのかははっきりしませんが、学生かもしれません。立て看板についても、大学当局がキャンパス周辺への設置を認めず、学生側と対立している案件です。もちろんすぐに撤去されましたが、お祭りムードの中にも立て看板の存在をアピールしようという学生側の意図があったのかもしれません。

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