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「子育て家庭の転勤は当然」日本の価値観に衝撃 海外から見たカネカのパタハラ問題

化学メーカー「カネカ」元社員の妻による怒りの暴露で明らかになったパタハラ問題。夫の元社員男性は、育児休業を取得し復帰直後に地方転勤を命じられ退職した。

休暇明け直後に引っ越しを伴う転勤を命じるのは配慮に欠けている。自宅を購入したばかりで、しかも生まれたばかりの子供がいるという家庭内の事情を全く無視した辞令である。転勤辞令に対し従業員が文句を言わず従うことを「当たり前」として受け止めてきた現実の厳しさ、冷たさが、改めて可視化された一件だった。

イギリスには、日本流の転勤制度はない

リクルートワークス研究所による「全国就業実態パネル調査」(2018年)では、日本国内で2017年に手引っ越しを伴う人事異動(転勤)を経験した従業員は60万4000人。単身赴任が63%を占め、39%が家族同伴での転勤である。

筆者が住むイギリスでは、会社に正社員として勤務し、従業員の希望を問わずに転勤の辞令が下り、従業員がこれを文句なく受け入れることは一般化されていない。日本流の転勤制度はない、と言ってもよいかもしれない。

とはいっても、転勤がないわけではない。例えば、雇用契約の中に「移動条項(モービリティ・クローズ)がある場合だ。これを使って、雇用主は業務の必要性に応じて従業員の勤務先を変更することができる。または、企業が別の会社に買収され、勤務地が変更となる場合もある。

イギリス内の転勤経験者の数は定まったものがないが、シンクタンク「ポリシー・プレス」が慈善組織「ジョゼフ・ラウントリー財団」のために行った報告書(2003年)によると、年間で約12万人が「リロケーション(勤務地の移動)」を経験しているという。ちなみに、イギリスの人口は日本の約半分の6600万人ほどだが、単純に数字だけを見ると、日本よりはかなり少ないようだ。

転勤の目的は、日本と同様に「ビジネス上の必要性」と「従業員のキャリアの発展」である。転勤対象となった従業員は男性が大部分で、若年層から中高年齢層、ホワイトカラー職に就いている。

転勤者に対する雇用主の対応は引っ越しに関わる財政支援が主で、従業員のパートナー、子供の教育、親世代の介護については手段が講じられないことが多い。

転勤をさせる場合、従業員が仕事と余暇のバランスを保てるよう、「どれぐらいの期間、どこに移動か」を規定する企業が増えているという。そうしないと、欲しい人材を採用する・維持することができなくなるからだ。

イギリスでは「父親の育児休業問題」が話題

日本流の転勤制度(社命で引っ越しを伴う転勤を半ば強制される)がないイギリスでは、今回のような事件は起きにくいが、今、話題を呼んでいるのが父親の育児休業取得問題だ。

イギリスでは、母親、父親、あるいは両親が期間を分担しながら利用する育休の規定がある。母親の育休は通常は52週(1年間)で、父親の場合は1-2週間の育休が取得できる。

母親も父親も雇用者としての権利を維持するので、育休取得に関係なく、昇給、通常の休暇、職場復帰の権利を持つ。

(※日本では、出産前6週間と出産翌日から8週間の産後休業が取得可能。育休は子供が1歳になるまで取得できるが、認可保育所に入所できなかったなどの理由がある場合は1歳6か月まで、さらに最長2歳になるまで延長が可能だ。)


2017年、英国最大の保険会社アビバは、男女両方の親が同じ長さの期間の育休がとれる制度を採用した。

今年になって初めてこの制度を利用したピアース・フェンウィックさんは、喜びの様子をBBCニュースに語っている。「妻を助けることになるし、自分にとっても息子とつながるよい機会になった」(BBCニュース、4月3日)。

子供ともっと一緒の時間を過ごしたい男親にとっては朗報だ。だが、「中小企業にそこまでする余裕はない」という声もある。

職場復帰のハードルは法律よりもシッター代

実際に育児休業を経験した母親の中には、法律上は職場復帰が保障されているものの、育休中あるいは直後に解雇される人もいる。BBCニュースが伝えたところによると、慈善団体で働いていたセーラ・リースさんは、育休中に団体のウェブサイトから自分の名前が消されていることを知り、後に解雇を通知された(2018年10月4日付)。

政府の調査(2016年)によると、仕事を持つ女性9人のうち1人が育休後の職場復帰をした後に解雇されたり、職場で働きづらくなったりしたことで退職しているという。

リースさんは、信頼感が崩れた勤務先には戻らないことにした。勤務中に子供の面倒を見てもらうには「1日に100ポンドかかる」からだ。あまりにも高額すぎたため、仕事を辞めて、育児に専念している。

筆者の友人ルミヤーナ・ヴァレンスカさんは自分も夫もジャーナリスト。15年前に子供を産んでからは、自分はフリーとなって自宅を拠点に働くことにした。

子供が小さかったころ、当初は仕事で外に出る際にベビー・シッターを雇ったが、彼女の場合も「シッター代が高くて、たまらない」ため、人を雇うのは断念した。夫とやりくりをしながら自力で子育てをして仕事を続けてきたが、「小さな子供がいて仕事を続けるには、イギリスは最悪だ」とさえ言う。

イギリスでは、登校時と下校時に親が子供を学校に連れていく・迎えに行くのが習慣となっている。夫婦が交代で送り迎えを担当したり、「ママ友」「パパ友」と協力しながらほかの親に送り迎えを手伝ってもらったりなど、工夫が必要だ。

育休制度があっても、子供を低額で預けられる体制が整っていなければ職場への復帰の道が狭くなる。イギリスでもまだまだ問題が山積みとなっている。

「育休を取った社員だけを特別視できない」

今回のカネカのパタハラ報道を聞き、転勤辞令自体を当然のごとく受け止めていることに、まず筆者は衝撃を受けた。

夫は関西への転勤を命じられ、上司にこう述べている。「組織に属している以上、転勤は当然だが、今のタイミングでは難しいので1-2か月伸ばしてもらえないか」(「日経ビジネス」ウェブサイト、6月3日付)。

会社側の説明(6月6日、カネカのウェブサイトに掲載)によると、従業員の都合はほとんど考慮されていない。

「・・・会社全体の人員とそれぞれの社員のなすべき仕事の観点から転勤制度を運用しています。育児や介護などの家庭の事情を抱えているということは社員の多くがあてはまりますので、育休を取った社員だけを特別扱いすることはできません。したがって、結果的に転勤の内示が育休明けになることもあり、このこと自体が問題であるとは認識しておりません」。

「育児や介護などの家庭の事情」を「特別扱い」はしないというのは、普通の感覚からすると、ずいぶんと非人間的な対応ではないだろうか。

次の段落は、さらに衝撃的だ。「…内示から発令まで最低1週間が必要です。発令から着任までの期間は、一般的には1-2週間程度です」。

企業側は、ほんの「1週間」あるいは「1-2週間」で辞令通りに新天地に移動することを求めている。一人の人間の生活を丸ごとほかの地に移動させることを、これほどの短期間で行えるものだろうか。家庭生活、地域社会とのつながりはどうなるのか?

これを機に転職を考えたとしても、ほんの1-2週間では就職活動は事実上不可能だ。

日本では、転勤制度廃止の企業も

一方、日本全体の転勤制度には、変化の波が押し寄せている。

大手損保AIG(従業員約7000人)は、4月から「本人が望まない転勤をすべてなくす」方針を実施している(NHK「クローズアップ現代」3月12日放送)。

2018年12月、AIGが社員に対して行った調査の中で、「転勤なし」の希望者は80%、「転勤あり」は20%だった。全国を11のエリアに分け、社員に転勤希望地を選択してもらい、2年半をかけて全員の希望を成就させることを狙う。

番組は、働き方が変化し、「人材の育成やマンネリ防止のために必要」と考えられていた転勤が「子育てや介護など、さまざまな事情を抱えながら働く社員が急増」し、転勤による離職が続いたことで、「企業は危機感を募らせている」と分析する。

キリンが転勤を最大5年間猶予できる仕組みを導入し、サントリーは5-10年の先の転勤希望先について、上司と部下が話し合う制度を開始していることも伝えた。

企業の従業員は一人の生活者でもある。企業の経営陣がこの点を考慮し、本人の希望と家庭の事情を十分に考慮する人事異動を行うことを、筆者は強く願っている。カネカの例が、こうした流れの追い風になってほしい。

▽参考
英政府、育休情報
「日本と諸外国の制度の違い-産休、育休
育児・介護休業法のあらまし(平成30年9月作成)
育児休業給付金とは?人事担当者が押さえておきたい制度の基礎知識

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