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秋篠宮さま 子供時代は暴れん坊、学生時代は要領いいタイプ

兄・浩宮さまと紀宮さまにマット運動を披露(1972年11月、宮内庁提供)

ご学友と学習院大のキャンパスを歩かれる礼宮さま(右端)と紀子さま(1985年11月、宮内庁提供)

秋篠宮邸の庭で、ご一家4人での家族写真(宮内庁提供)

婚約発表の記者会見を終え、安堵の表情で向かい合うおふたり(1989年9月、代表取材)

悠仁さまを出産された紀子さまのお見舞いに訪れた秋篠宮さまと眞子さま、佳子さま(2006年9月、時事通信社)

 それは、ある意味で秋篠宮さま(53才)らしい、ハッキリとしたご発言だった。

「それについては、私は娘から話を聞いておりませんので、どのように今なっているのか、考えているのか、ということはわかりません」

 6月21日、ポーランドとフィンランドへの公式訪問(6月27日〜7月6日)にあたっての記者会見で、秋篠宮さまは長女・眞子さま(27才)の結婚問題について、こう語られた。秋篠宮家を知る関係者が話す。

「昨年11月、秋篠宮さまは、“現状のままでは納采の儀は行えない”と明言されました。今回のご発言は、国民に向けて、“あれから一歩も進んでいない、厳しい対応のままです”ということをお伝えになられたかったのだと思います。

 眞子さまはずいぶんとかたくななご様子だそうです。ご一家の中でも、秋篠宮さまと眞子さまはおふたりで頻繁に旅行に出かけられるなど、特に心を通わせるご関係でした。それなのに、娘の一生にかかわる縁談について、親として娘の気持ちがわからない。会見ではずいぶんおやせになられた印象でしたが、秋篠宮さまの苦しい胸の内が垣間見えました」

 2016年に上皇陛下が生前退位のご意向を示されてから、より一層の注目が集まっていた皇室だが、平成の終わりから令和元年の今日に至るまで、国民が最も関心を抱いているのは、秋篠宮ご一家ではないだろうか。

 2017年9月に眞子さまの婚約内定会見が行われると、その直後、婚約者である小室圭さん(27才)の家庭の金銭トラブル問題により結婚が延期。すると、今年3月、次女の佳子さま(24才)から異例の“姉擁護宣言”が飛び出した。そして、4月下旬には、長男・悠仁さま(12才)の身に「刃物事件」が起こった。矢継ぎ早に発生する不測の事態に、天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下以上に、秋篠宮さまとご家族は注目を浴びる存在になっている。

 ご家族について報じられるたび、改めて浮かび上がるのは、これまでの皇族らしからぬ、主体性を重んじる秋篠宮ご夫妻の教育方針だ。

 実際、眞子さまや佳子さまは皇族御用達の学習院を飛び出してICU(国際基督教大学)で学び、悠仁さまも皇族として戦後初めて学習院以外の小・中学校へ入学した。

 3人の子供たちは、皇族としてのお立場に縛られず、のびのびと成長されていると感じるが、そもそも、父である秋篠宮さまご自身の言動も奔放なことで知られてきた。

 例えば、本来は御代がわりで天皇の地位を継ぐ弟を意味する「皇太弟」になるべきところを、「皇太子になる教育を受けていないから」という理由で「皇嗣」という耳慣れない立場を選ばれたとされる。

 2004年には兄を批判したとも受け取られかねない発言をして、今回の御代がわりに際しても「70代半ばからはできない」と自らの即位を辞退するかのような際どい発言をされたと報じられた。

 だが奔放と苦悩は隣り合わせともいえる。誰よりも自由を謳歌した秋篠宮さまは、今や誰よりも重い責任を抱える方でもあられるのだ。

◆勉強嫌いな“暴れん坊アーヤ”の自由な子供時代

 秋篠宮さまは1965年11月30日、皇太子さまと皇太子妃美智子さま(ともに当時)の次男として、宮内庁病院で誕生された。身長51cm、体重3000gという立派な体格で「礼宮(あやのみや)」との称号がつけられた。天皇家初となる麻酔による無痛分娩で出産された。

 弟の誕生を心待ちにしていた当時6才の浩宮さま(現在の天皇陛下)は、学校から帰るなりかばんも置かず、「アーヤちゃんは」と気にかけて、あやすようになられた。当時、上皇陛下は会見でこんな教育方針を語られていた。

「いずれは差がつくかもしれないが、分け隔てなく、兄弟をなるべく一緒に同じように育てていきたい。しかし兄は将来、窮屈な立場になるので今のうちに自由に、弟は将来、兄より自由になるのでしつけに厳しく、窮屈に育てたい。大きくなったことを考えると、これでバランスがとれると思う」

 まだ幼い兄弟に上皇上皇后両陛下は挨拶の仕方や人との接し方など、皇位継承者としてのマナーを厳しくしつけられたが、幼少期から帝王学を学び、穏やかな性格といわれる天皇陛下とは反対に、秋篠宮さまはわんぱくに育った。

 学習院幼稚園では当時流行していた「タイガーマスクごっこ」でお友達を泣かせて、美智子さまが直々に相手の母親に何度も謝罪の電話をなさったという。元宮内庁職員が振り返る。

「まだ幼かった秋篠宮さまは茶目っ気たっぷりで、職員が池をさらっていると長靴姿でじゃぶじゃぶと入ってきて、作業を手伝ってくれました。あまりの“暴れん坊”ぶりに手を焼いた美智子さまが、元五輪選手をコーチに招聘して、マット運動を教え込まれたこともありました」

 一方で寂しがり屋の面もあり、両陛下が公務に出られた時には天皇陛下がじっと耐えられたのに対し、秋篠宮さまはこらえられず泣かれることが多かった。

 1972年に学習院初等科に入学し、その後、中・高等科から大学へと進まれた。学生時代は、上から押しつけられて勉強することがあまりお好きではなく、試験の前だけ頑張って結果を出す“要領のいいタイプ”だったという。前出の元宮内庁職員は、「ご兄弟は、いろいろな面で対照的でした」と指摘する。

「秋篠宮さまの大学時代は友人とよく飲み歩き、カラオケでものまねを披露されることもありました。常にお側に控えていたSPをまかれて、一般客に気づかれず飲むことも多く、どこに行かれてもSPを受け入れていた天皇陛下とは対照的でした。

 東宮御所でテニスをする際も、陛下はとてもまじめにボールを打ち返されますが、秋篠宮さまはスピンをかけるなど、さまざまなテクニックを駆使されていました」

 一方、1988年に学習院大学を卒業後、英オックスフォード大学に留学されると、動物学にのめり込み、留学中はかつての勉強嫌いが一転して、朝から晩まで机に向かわれた。

 20年以上にわたって秋篠宮さまと親交のある、毎日新聞編集委員の江森敬治さんの著書『秋篠宮さま』(毎日新聞社刊)によると、秋篠宮さまは上皇上皇后両陛下の教育方針についてこう述べられている。

《子供は何かをやりたいと言っても、それを否定する親もいると思う。両親はそういうことはなく、とにかく、私の好きな分野をずっと歩かせてくれた。そのことに大変、感謝している》

※女性セブン2019年7月11日号

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