記事
  • 高山義浩

「点滴減らして死を早めた」朝日新聞の報道に現場の医師は大迷惑

高齢者への点滴を巡る記事に重大な「誤り」

朝日新聞デジタルに6月7日に掲載された2つの記事。終末期医療に携わってきた私としては、とても残念な内容でした。

点滴量半分以下 11人死亡の老健、「経費節減」証言も
https://www.asahi.com/articles/ASM676TH0M67TIPE01C.html

「安い点滴に」理事長が指示 低い栄養価、やせる入所者
https://www.asahi.com/articles/ASM676THKM5ZTIPE01D.html

熊本県八代市にある介護老人保健施設において昨年の2月から5月にかけて入所者11人が死亡したという報道に関連し、施設長が入所者への点滴量を減らした結果、「死期を数日程度早めた可能性がある」との県職員の医師のコメントを紹介したのです。なお、県職員は死因について「不審な点は見られなかった」としており、この入所者らは老衰終末期にあったものと思われます。

記事中では、施設職員が「経費節約が目的だった」と証言しており、「もっと点滴しないと、入所者が栄養失調になる」と訴えましたが、施設長は応じず、それ以降、入所者の床ずれが増えたとしています。また、入所者の家族らは「点滴の量や質を下げることは説明されたことがない」と話しているそうです。

私は、この施設長がどのような医師か知りませんが、家族や職員への説明が不十分だったことは否めません。あるいは、そうした声も(記者の作った物語に沿わせた)偏りあるサンプリングだったのかもしれません。いずれにせよ、私は施設長個人を擁護する気はありません。ただ、この記事には、終末期医療に関わる重大な「誤り」があるので看過できないのです。

「安易な点滴」が終末期の患者を苦しませる

写真AC

まず、点滴というのは、手や足の末梢血管から投与される低カロリーの輸液であって、水分の補充にはなりえますが、栄養の補充にはなりません。床ずれを予防するために必要な栄養素は「たんぱく質」であって、末梢からの点滴と床ずれ予防とには何の関係もないのです。むしろ、終末期に水分のみを補給することは、体のむくみの原因となり、かえって皮膚を脆弱にしてしまうので床ずれのリスクを高めてしまいます。

実は、終末期に点滴することで浮腫むのは皮膚ばかりではありません。体のいろんな部分が水膨れになっていきます。腸もむくむため、動きが低下して便が出せなくなり、お腹が張って苦しんだりします。胸にも水がたまって肺が膨らまなくなり、患者さんの呼吸は浅くなり、息苦しさが増していきます。

気管に水が溢れて痰が多くなるため、喉にチューブを挿入して痰を吸引する必要が出てきます。これはとても苦しい処置で、終末期の患者さんを苦しめる原因となっています。結局、吸痰が間に合わずに、窒息して死なせてしまうこともあります。いわゆる、終末期の「点滴による溺死」ですね。

以前は安易に点滴が行われてきましたが、いまは、終末期に点滴をすべきでないことが、医師のあいだでも共通理解になってきました。ただ、家族のなかには「何かしてください。たとえば点滴とか…」という気持ちがあるのは事実。その葛藤に対して丁寧に説明することが医師には求められます。

こんなとき、ちょっと困るのは、介護従事者のなかには、いまだ点滴を信じている人がいて、家族に「先生に点滴してもらいましょう」とアドバイスされること。終末期の患者を苦しませる提案をしているってこと、そろそろ介護界も共通理解としてほしいですね。

点滴量に関する医師の説明が誤解されかねない報道

いま、自宅や施設での穏やかな看取りを定着させようとしているなかで、この記事が出てしまいました。ほんとに残念なことです。とくに「経費節約が目的だった」などと、介護従事者のコメントを検証もなしに掲載したのは、憶測に基づいて医師を陥れようとしているのではないかとすら感じてしまいます。

このような記事が広く読まれることにより、終末期医療に関わる私たちが、家族に「点滴を減らしましょうね」と説明したとき、どれだけ誤解されかねないか考えていただきたい。そして、看取りにむけて心を整理しようとしている家族を、どれだけ不安にするかについても…。もちろん、その都度、丁寧に説明を重ねるしかないのですが…。

なお、記事を読む限り、施設長が家族に説明していなかったのは、点滴の開始や中止についてではなく、点滴の量や種類の変更についてのようです。とすれば、私自身もいちいち家族に電話をかけたり、呼び出したりはしていません。その日の経口摂取量、体の浮腫み具合、あるいは血液検査の結果などで、日々、微妙に調整するものだからです。

それでも、(全員かどうかは分かりませんが)納得していない家族がいるなど、施設長の対応に問題があった可能性までは否定しません。ただ、繰り返しますが、点滴を減らしたことについては医学的に妥当でした。患者や家族に疑念を抱かせ、傷つけかねないコメントについては、きちんと検証してから引用すべきだと思います。それが新聞記者としての矜持じゃないでしょうか?

著者プロフィール
高山義浩(たかやまよしひろ)
福岡県生まれ。東京大学医学部保健学科、山口大学医学部医学科卒。佐久総合病院、厚生労働省などを経て、2010年より沖縄県立中部病院において感染症診療に従事。また同院に地域ケア科を立ち上げ、主として悪性腫瘍患者の在宅緩和ケアに取り組んでいる。日本医師会総合政策研究機構非常勤研究員、沖縄県在宅医療介護連携推進事業統括アドバイザー、沖縄県地域包括ケアシステム推進会議部会長。著書に『アジアスケッチ 目撃される文明・宗教・民族』(白馬社、2001年)、『ホワイトボックス 病院医療の現場から』(産経新聞出版、2008年)、『地域医療と暮らしのゆくえ 超高齢社会をともに生きる』(医学書院、2016年)など多数。

あわせて読みたい

「朝日新聞」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ブラタモリへのツッコミこそ誤り

    新井克弥

  2. 2

    山本太郎氏 米軍から自主独立を

    鈴木博喜 (「民の声新聞」発行人)

  3. 3

    家出少女を待ち受ける男性の本性

    文春オンライン

  4. 4

    若者はジーンズ選ばないビジカジ

    NEWSポストセブン

  5. 5

    桜を見る会で騒ぐ野党議員に苦言

    鈴木宗男

  6. 6

    台風被害タワマン住民が現状語る

    SmartFLASH

  7. 7

    中村医師殺害 麻薬利権が原因か

    田中龍作

  8. 8

    森ゆうこ氏への請願黙殺する自民

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  9. 9

    テレビ出演減らしたヒロシの真意

    たかまつなな

  10. 10

    中村医師の死を政策論争に使うな

    篠田 英朗

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。