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海外にまできて「自分探し」を公言している連中が迷惑な件について 「日本には魅力がない」って言ってる奴、お前に魅力がないだけだからな - 山本 一郎

 どうしても外せない用事があり、乳幼児を置いて海外漫遊の弾丸出張をしておりました。

 お声がかかるというのはありがたいことなのですが、もういい歳になって、なんでこんな強行軍みたいな出張してるんだろうと、安請け合いしてしまう自分の判断の軽率さには毎度悔いが残ります。


©iStock.com

 また、12年ぶりぐらいにマンハッタン島に足を向けました。「来ない?」とかお声でもかからない限り、行く機会もそうそうないのよね。ああ、美しい摩天楼だなあとか、異国情緒といってもニューヨークは独特だなあと感じ入るところが大でありまして、たいした時間も滞在できてないのに観光客気分でだいたい観て回った気分になるんですよね。

わざわざ海外に来てまで日本をDISるイケてない日本人

 せっかくなのでセレブ感を満喫するパーテーとか参加して、適当に話を合わせているだけで日本から来客があったと物珍しく見世物状態になるのは致し方のないことなのでしょうか。それもこれも、アメリカが一時期の米中蜜月が嘘のように中国敵視政策を前面に打ち出したことで、相対的に日本人はやっぱりいいよねって話になっているだけで、別に日本人が最近急に優れたり、良くなったわけではありません。日本人として歓迎されるのは嬉しいけど、そこは偉くなったと錯覚しちゃいけないところだと思うんですよね。

 でも、アメリカの財界層や知識人層のいまさら感もある日本への再評価の流れを肌で感じると、日本の先人たちが彼らとの信頼関係を根底のところで握り合ってきたのだなあとか、民主主義や人権、資本主義、法治の精神といった、問題ありつつも根幹のところは共有して戦後を歩み続けてきたのだなあと思うわけであります。ある意味で、いままでの頑張ってきた日本人が築いてきた遺産のうえで、いまの日本人はのほほんとできるということは自覚して良いと思います。

 んが、昔もいまも変わらないのは、イケてない日本人が日本で踏ん張り切れなくて、「自分探し」を公言しながら海外に住み着いているという残念な部分であります。YOUは何しに海外へ。欧米コンプレックスなのかコミュニケーションに障害をお持ちなのかは分かりませんが、わざわざ海外に来てまで日本をDISり、いかに日本がイケてないかを力説する人たちをよく見るんですよ。

 いや、別に日本のすべてが優れてて日本バンザイって言いたいわけじゃないけど、外国人を前にして日本の政治がいかにダメかとか、日本の経営者がクズであるかとかわざわざ言う必要なくない?

「私はモントリオールに本拠地を置く日本人デザイナーです」「だから何だよ」

 それに、話を聞いてると大学出てたいした仕事もしていないうちから太い実家のカネでニューヨークだトロントだサンフランシスコだと「武者修行」している自称デザイナーが、どうしてそんなに日本の政治やビジネスについて詳しい風の批判ができるんだろうと不思議になります。お前がなけなしの知識で安倍ちゃん批判したところで、お前の評価は1ミリも上がらないだろうよ。異国で外国人と一緒の場で彼らの日本批判を聞いている日本人として「彼らの暮らしてきた日本を批判することが、彼らが異国の地にいる存在意義になってしまっているんじゃなかろうか」と感じるわけですよ。

 日本で活躍して頑張って実績を上げてから、名指しで呼ばれてニューヨークに、というわけでもなさそうで、つまりは日本でそこまで頭角を現すことができなかった人が、受け入れてくれる地を求めて海外に流れ出て行ったようにも思うのです。

 この手の自分探しのために海外まで出てしまう人というのは一定数いて、それが本人にとって貴重な体験を得て自分の価値を高める旅になれるのだとしたら最高です。どんどんやったらいい。ただ、きょうび海外に出ていく人も珍しくないこの現代で「私はモントリオールに本拠地を置く日本人デザイナーです」とか言われても「そう……」としか思わなくないですか。「それがどうしたんだよ(凄いですね)」とか言えばいいの?

自己評価の尺度はすぐ身の回りで見つけられる

 自分の価値を高める探し方というのは、国名や地名、仕事の名前で決まるものではなくて、その人の持っている生き方の哲学や感謝される人の種類や数で決まるもんじゃないかと思うんですよ。

 簡単に言えば、日本にいたって自分を探す方法はいくらでもあって、一番大事なことは身の回りの人にどれだけ「ありがとう」と言ってもらえ、「あの人がいなければ」と思っていただけるかに尽きるんじゃなかろうかと。

 自分の親や子どもや地域の人たちに気持ちよく笑顔で挨拶しながら可能な限りの世話をするというのでも良いでしょうし、自分のプロとしての仕事の方向性を見極めて研鑽を深めていくことでもいい。その尺度として、どれだけ稼げる存在になったのかとか、人様にお声がけいただいて出かけていく件数が増えたのかとか、そういうことで自己評価をしながら前に進んでいくもんじゃないのかと思います。

一歩一歩を大事して同じ土俵で話し合える

 確かに、日本で活躍の場が持てず、誰からも必要とされていない人が、自分を理解してくれない日本人に対して「アホとは戦うな」などと言いたい気持ちは分かります。でもそれ、無責任な他人からその物言いを面白がられることはあっても、家族や仕事といった取り組むべき大事な場で相手にされていなくて浮きまくっているから日本に居られなくなっているだけなんじゃないでしょうか。

 地に足の着いた生活をして、かけられる期待に応え、一歩一歩歩いていくことができているならば、おのずから日本国内での仕事の幅も増え、海外での似たレベルの人たちと同じ土俵で敬意をお互いに持ちながら話し合うこともできるようになるはずです。

「いや、お前がイケてないだけだろ」

 それでも、海外の文化や仕事、言語、人種や宗教といった、いろんなモノに対する憧憬から「日本を出ていろんなものを見ていこう」というのは良いのかもしれません。私だって、高校時代からいろんな国に留学したり旅行をしたりしてきました。大人になり子どもを抱える歳になっても、日本には日本の良さがあり、海外にはいろんな合理性があると感じるのは学びであり幸せです。こうやって海外をうろうろすることになったのは、自分なりにできることをしっかりと踏み固めてきたから可能なのだという自負もあります。

 頑張って生きてきて、自分自身の経験や見識を持って、日本社会はこうでなければ駄目だ、海外と比べて日本はもっと開明的であるべきだ、と進むべき道を見据えて提言するとか意見するとかならいいと思うんですよね。でも、海外の人たちに向けて、なぜか「日本には魅力がない」「日本は良くない国だ」と言って回る人たちを間近に見ると「いや、お前がイケてないだけだろ」と突っ込んでしまいます。そこまで言うんなら、自分で何かすれば?

 アメリカ人と話をしていると、彼らもまた「なんでトランプさんなんて大統領に選んじゃってるんだろう、我が国民は」と嘆いたり「訳のわからん大統領を接待してくれたことをアメリカ人を代表して日本人にお詫び申し上げる」とかギャグを言ったりするんですよ。ま、民主主義のいいところは、国家元首だろうが大統領だろうが首相だろうが与党だろうが、アホやと思ったらアホだと言える自由があることなんですけどね。でも、出張の最終日に私のアメリカでの仕事相手がわざわざホテルの部屋まで来て、小声で私に言いました。

「実は俺、トランプを支持しているんだ」

(山本 一郎)

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