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並行世界について

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 夜間飛行から今度出る平川君との対談本「話半分」の単行本のゲラを読んでいたら、並行世界について熱く語っていた箇所があった。
面白かったので、私の発言部分を再録。

 変な話だけど、現代日本というのは、なんだか「あるべき世界」じゃないんじゃないかって気がするんだよね。パラレルワールドの「そっちに行っちゃいけない方」に行った結果が現代日本で、「ほんとうの日本」は今あるような社会とは違うものであるような気がするんだ。歴史的な惨敗の結果できた今のこの日本の方が仮想現実で、「あれほどひどく戦争に敗けなかった日本」の方が現実であるような気がするんだ。

 例えば、1942年のミッドウェー海戦で大負けしたところで、帝国海軍は主力艦を失っていて、もう戦争に勝つ可能性はなくなっていた。だから、あそこで講和条約締結に持ち込めば日本はそれほどひどいことにはならなかったはずなんだ。本土空襲で何十万人もの一般市民が被災することもなかったし、広島長崎に原爆が落ちることもなかった。もちろん満州も朝鮮半島も台湾も樺太も南洋諸島も海外領土は全部手放さなければならなかっただろうけれど、大日本帝国の政体は戦後もしばらくは続いたはずだ。

 実際に、木戸内相や吉田茂は42年のミッドウェー敗戦時点ですでに講和交渉を始めようとしていたんだ。その工作が奏功して「42年に講和した日本」というパラレルワールドでは、江戸時代以来の街並みや景観が日本中に残っている。戦死者数だって、たぶんに何万人という程度で済んだ。最終的に、日本の戦死者は民間人含めて310万人に達したけれど、ほとんど最後の1年間に集中している。真珠湾攻撃の日本側の戦死者なんか64人だよ。歴史的敗北を喫したミッドウェーでさえ戦死者3000人なんだから。戦死者や空襲による死傷者は44年に絶対国防圏が破られたあとに集中した。

 だから、せめて44年になってからでもいいから、「もう勝てない」とわかったところで、戦争指導部が「被害を最小限度に食い止めるためには何をすればいいのか? 最終的に守るべきものは何か?」という後退戦の問いに頭を切り替えていれば、日本は今も主権国家であり、国土も、国民の生命や財産も保全されていたんだ。北方四島も沖縄も日本の固有の領土で、米軍基地が日本中にあるというようなこともなかった。

 僕はその「戦争にあんなひどい負け方をしなかったおかげで大日本帝国が続いていて立憲帝政政体であるところの仮想的な日本」のほうが「本当の日本」じゃないかという気がするんだよ。戦争指導部がふつうに合理的、理性的に政策決定していれば、「そうなった」わけだから。僕はそっちに自分の「本籍地」があるような気がするんだ。

 それで最近、その「ほんとうの日本」の戦後がどうなったか考えてみたんだ。憲法は何回か改正されていただろうけれど、たぶん今でも日本の正式名称は「大日本帝国」で、我々は「帝国臣民」だったんじゃないかと思う。「敗戦国」ではあっても、一応国民的矜持は維持できていて、自分たちの力で戦争責任を追及することができて、戦勝国に関与されず、日本人の手で、自力で戦後社会システムを制度設計できた。

 東京の風景なんかまったく違っていたと思うよ。空襲がなかったんだから。戦前の帝都って、けっこう美しかったんだよ。江戸時代の街並みと明治以降のモダニズムの街並みが混在していてね。もし、大日本帝国のままであれば、その景観は継続されていた。パリやローマのようにとまでは言わないけれど、ヨーロッパのあちこちの都市のように、それなりに深みのある佇まいが残っていて、住んでいる市民たちももう少し落ち着いた感じになっていたと思うんだ。僕は、そっちのほうが「本当の日本」で、今の日本のほうが「嘘の日本」のように感じる。多分そういうことを何となく感じている人は他にもいると思う。

「あり得た世界」を想像する力というのは、知性の重要な活動の一つじゃないかと思う。だから、戦後日本について考えるときに、「あの戦争にあんなふうに負けなかった場合の、並行世界の日本」を参照項にすることは、今起きていることの適否を判定するたいせつな手がかりになると思うんだ。

 だいたい日本は戦争を始めたときに「アメリカに勝ったらアメリカをどういうふうに占領するか」についてまったく考えていなかったでしょ。SF的想像でもいいから、そういうことを細部に至るまで想像しようとしたら話は多少は変わっていたと思うんだよ。

 だって、日本がアメリカを実効的に支配することなんか絶対できやしないということは科学的なシミュレーションすればすぐにわかったはずなんだから。どうやって米本土でのレジスタンスやパルチザンを制圧するつもりだったのか? アメリカ人は建国の時以来建前としては「ミリシア(義勇兵)」を編成して陸軍を作っていたわけだから、憲法修正第二条にあるように市民には武装権がある。アメリカ中に銃器の使い方に習熟した何千万人がいる。そういう土地をどうやって支配するつもりだったんだよ。中国大陸でさえ点でしか抑えられなかった日本陸軍が、ライフルや拳銃で武装した何千万もの市民をどうやって制圧できると思う? どうやって対日協力するアメリカ人を組織するのか。州制度や連邦制度のどこを変えてどこを維持するのか。合衆国憲法はどう変えのるか。大本営はそういう細部についてたぶん何にも考えてなかったと思う。

 アメリカ人の国民的メンタリティについてだって何も知らなかった。アメリカ人は個人主義的で物質主義的だから、大和魂で一喝すれば縮み上がって逃げ出すに違いないというようなことを言って戦争を始めたんだから。「戦争に勝った場合に、どうふるまうことでアメリカ国民と適切な関係を構築できるか」について組織的・長期的な計画を持たない国が戦争を始めて勝てるはずがない。

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