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「学生の頃、もっときちんと学んでおけばよかった」そんな風に感じたことがあるなら、今から「学び」について考えてみませんか。くしくも人生100年時代、世の中はグローバルになり、技術もどんどん進歩しています。だとすれば、大人だって学び続ける必要があるはず。人生を楽しむために必要な「学び」に関する特集がはじまります。

学力世界一?北欧の教育から日本は何を学ぶか

  • 2019年06月25日 07:03
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北欧に教育先進地域というイメージを持つ人は多いだろう。経済協力開発機構(OECD)の国際学習到達度調査(PISA)で世界一になったフィンランドを筆頭に、生涯にわたって多様な学びの場があり、民主主義や人権の尊重、特別な支援が必要な人や環境への配慮など、ポジティブなイメージを裏付ける情報は日々伝えられている。まるで理想郷のようなもてはやされ方だ。

北欧に憧れた日本人による教育借用として、古くはデンマークの成人教育機関フォルケホイスコーレ、21世紀になってからはフィンランドメソッドやネウボラなど様々な制度や実践が日本に「輸入」されてきたが、「翻訳」の過程でいずれも似て非なるものとなっている。社会制度や歴史的・文化的背景、人々の価値観が異なる中で、他国の教育制度をそのまま日本に「移植」することは思うほど単純ではない。

実は北欧諸国は毎回PISAで成績がトップというわけではない。世界一だったフィンランドは2015年に成績が落ちこんだ。スウェーデンはOECD平均を下回ったことで国内外の議論を呼び、デンマークとノルウェーでは日本と同様「PISAショック」が起こった。むしろ、学力政策にどう向き合うか、という日本と共通の課題を抱える国々として、PISAでは測れない価値も含めた教育への取り組みから学ぶことが多いのではないか。

本稿は北欧教育研究会の若手メンバーによる報告をベースに、「北欧から何を学ぶべきか」という問いに応えたい。北欧教育研究会は北欧の教育に関心を持つ者の交流の場として15年前から活動してきた。研究者や学生だけでなく、主婦、ビジネスパーソンなど、多様なメンバーが集まってファンクラブのような雰囲気で勉強会を重ねている。以下では、矢田明恵氏と矢田匠氏(ともにユヴァスキュラ大学)からフィンランド、佐藤仁氏(福岡大学)からノルウェー、松田弥花氏(高知大学)からスウェーデン、佐藤裕紀氏(新潟医療福祉大学)からデンマークの事例を報告する。

「なぜ勉強するのか」に寄りそうフィンランドの教育(矢田明恵・矢田匠)

2003年のPISAで総合1位となったフィンランドは、2015年のPISAでは、数学的リテラシー12位、科学的リテラシー5位、読解力4位と成績の落ち込みを見せたものの、あまり気にしている様子がない。

フィンランドの好成績の要因として度々議論されてきたのが、習熟度レベルが低い子どもの割合が少ないこと、そして社会経済的背景による学力への影響が少ないことである。実際、大学院までの学費が無償とされるなど、フィンランドでは、教育の機会均等が重視されてきた。さらに、格差を是正する取り組みにも積極的である。狭義の特別支援だけでなく広く日常的な学習支援にも当たる特別支援教員が全校配置され、学習に遅れのある子どもの早期発見・早期介入を行っていることはその一例である。

それゆえ、PISA2015の結果については成績の低下よりも、移民の背景をもつ生徒や地域間の不平等の拡大、男子生徒の習熟度の低さなどを懸念するような報道が多かったという。

フィンランドの教育学者パシ・サルベリは、PISAは指標の一つとして参考にするが、PISAで好成績を出すために教育施策を変えることはない、と断言する。サルベリは、「学力不足への対策は、基準を上げたり指導(や宿題)の時間を増やしたりするといったことではなく、学校をみんなにとってもっと面白くて楽しい場所にすること、というのがフィンランド流の考え方だ」という。2016年の新学習指導要領では、理念の中核に「学ぶことの動機づけと楽しみ」と「人生で必要な知識とスキル」が位置づけられている。

新学習指導要領では、アートや身体運動の強化、教科横断的学習、学習の個別化の要素などが強調されている。学習の個別化は「個別学習計画」や学びのプロセスにおける「自己評価」の重視に表れている。児童生徒は、年次の初めに大人たちとの相談の上で自らの目標と学習計画を立て、年次の終わりに自ら評価する。こうした取り組みは、子どもたちを自律的な学びへと導くものと考えられている。

こうした教育施策の背景にあるのは、個人が自分の思いを持って判断して身につけた学力は人生を充実させ、巡って社会に貢献する、ということへの信頼だ。教育が個人の「なぜ勉強するのか」に寄りそっているのだ。フィンランドの取り組みは、日本は「どのような信念を持って教育するのか」を再考する機会を与えてくれる。

ノルウェー流学力調査の使い方(佐藤仁)

一方で、北欧諸国の中でもPISAによって教育政策が大きく動いた国もある。「PISAショック」に見舞われたノルウェーやデンマークがその例である。「PISAショック」とは、PISAの結果が引き金となって、教育改革が加速度的に展開される現象である。ノルウェーでは、2000年のPISAの結果が国の想定より悪く(実際にはOECD平均値程度)、ちょうど政権交代の時期と重なったこともあり、新しい教育改革が一気に進められた。

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ノルウェーで実行された改革の一つに、ナショナル・テスト(学力調査)の導入がある。そもそもノルウェーでは、いわゆる「成績」をつけるためのテストは一般的ではなく、評価自体が教師の専門性に基づく自律的な行為として位置づいている。そのため、すべての児童生徒を対象にする悉皆のナショナル・テスト導入は、学校現場に大きなインパクトを与えた。

ナショナル・テストは、読解力、数学的能力、英語力を測定するものであり、基礎学校の5・8・9年生(日本の小5・中1・中2に相当)を対象に行われている。結果は学校に報告されるだけでなく、学校全体の偏差値と到達レベル別の割合がウェブ上(国が構築した学校ポータル)に公開され、誰でも閲覧できる。そこでは自治体全体や他校と比較できるようになっている。

こうなると、ノルウェーでは、学力調査を基盤とする競争的で新自由主義的な教育改革が進行したと思われるかもしれないが、実態はそう単純ではない。ナショナル・テストの導入と並行して進められた次の二つの取り組みが、それを表している。

一つが診断テストの導入である。診断テストは、なるべく早期に支援やフォローの必要な児童を発見することを目的としている。基礎学校1・2・3年生全員を対象に行われ、成績の下位20%に当たる基準が国によって示される。この20%に該当する児童を学校が把握することで、積極的な支援やフォローを促進させているわけだ。

もう一つが、国の主導による「学習のための評価」プロジェクトである。テスト結果を含めた評価をいかに教育改善に活用できるかを検討する研究が進められている。各学校ではナショナル・テストの結果を教師同士で分析し、校長を交えて実践の改善方針を検討する取り組みを行っている。

こうした動きは、学校間の競争や、学校・教員のアカウンタビリティ(説明責任)という側面よりも、児童生徒の学習権保障と教育改善という側面を重視するノルウェーのナショナル・テストの方針を示すものである。何のための学力調査か。学力調査の結果に注目が集まりがちな日本にとって、ノルウェーの事例は重要な問いを投げかけてくれる。

多様な専門家が集うスウェーデン版「チーム学校」(松田弥花)

スウェーデンもまた、PISAの結果がOECD平均を下回ったことで様々な議論が喚起された国である。しかし、スウェーデンの教育施策の動向からは、「すべての子どもたちが安心して前向きに学ぶためにはどうしたらいいか」を模索している姿が浮かび上がる。その背景には、いじめ、格差、ドロップアウトなど、子どもたちをめぐる昨今の状況がある。

このような課題にスウェーデンはどのように対応しているのか。その一例が、スウェーデン版「チーム学校」ともいえる取り組みである。スウェーデンの学校には、多様な専門家が配置されている。

教師、特別支援教員、学校医、学校看護師、スクールカウンセラー、進路カウンセラーなど、日本でも馴染みのある職種に加え、母語教師、補助教員、社会教育士、余暇指導員、開発リーダーなど、特定の業務に従事する専門職員が学校の権限で配置されている。母語教師は、スウェーデン語で受けた授業の内容が十分に理解できなかった移民の生徒に母国語で説明したり、個別・少人数で編成したクラスで週に数時間、母国語で授業を行ったりする。

補助教員は、教師よりも近い距離間で、学校生活を送るのが難しいと感じる生徒に対し授業時間外も寄り添い様々なサポートを提供する。社会教育士は、様々なグループ活動を通じ、生徒たちがより良い友人関係を築けるような集団づくりを行う専門家として配置され始めている。

子どもや若者の社会的疎外を防ぐ取り組みは、学校外でも行われている。昼夜問わず街中を歩き回り、子どもや若者たちと関係を築き、「最悪の事態」(自殺や犯罪など)に至らないよう、周囲の体制を整える役割を担う「フィールドワーカー(fältarbetare)」と呼ばれる専門家の存在はその一例である。こうした制度の下支えとなるのが、社会のセーフティネットとして機能する充実した成人教育機関である。たとえ学校でうまくいかなかったとしても、何度でもやり直しができるしくみが、子どもや若者に安心感を与えている。

このように、スウェーデンの学校は様々な専門家が協働して、すべての子どもたちの学習と生活を多面的にサポートしようとしている。日本の「チーム学校」と照らしてスウェーデンの取り組みをみると、日本における教師や学校、教育の本来の役割に関する議論に示唆を与えてくれる。

「学校あらざる学校」生産学校で社会の一員に(佐藤裕紀)

子どもや若者の社会的疎外の問題は、北欧諸国共通の課題でもある。デンマークでも、進学や就職の際につまずいた若者が社会から排除され、様々なリスクを抱える状況が課題となっている。とりわけ、深刻な問題と捉えられているのが、いわゆる「ニート」の一部である、就学・職業訓練・就労のいずれにも該当しない25歳未満の若者の存在である。

こうした若者を支援すべく、政府は、「若者教育ガイダンスセンター」と大学進学のための「進学センター」を全国に設置し、オンライン・ガイダンスサービスや学習プログラムを提供してきた。しかし、このような重点的な施策を講じても、学校を中退する若者や、就学・就労に移行できない若者の問題は解消されていない現状がある。

これらの若者を対象とした教育実践として注目されているのが、全国に約80校ある生産学校(produktionsskoler)である。生産学校は、1978年に若者の失業対策として開始されたが、現在は高校や職業学校への進学のための教育機関としても機能している。

生産学校は、高校や職業学校を未修了、未入学、中退した25歳までの若者を対象に、学校や労働市場へ参加するために全人的な成長の支援を行う。生産学校に特定の入学時期はなく、生徒は3か月から1年間在籍する。生産学校では、高校や職業学校への入学に備えて、デンマーク語、数学、IT等を学習する機会や、ラジオを聞いて時事問題について皆で語り合う時間などを通じて幅広い教養を身に付ける機会が提供される。

さらに、特徴的な取り組みとして実施されているのが、ワークショップを通じた学びである。生徒は、入学後は、関心に合わせてメディア、料理、木工、装飾、服飾、IT等のいずれかのワークショップに所属する。ワークショップには教員と先輩参加者がおり、8人程度のグループを編成して、製品やサービスの開発や、顧客への販売といった生産活動を行う。

『状況に埋め込まれた学習―正統的周辺参加』の著者でアメリカの人類学者ジーン・レイヴは生産学校を「学校あらざる学校」と呼んだ。生産学校に入った若者は、教員と先輩とのチームで生産活動に従事する。若者は、プロジェクトの周辺から部分的に関与し始め、技能の習得と共に中心的存在となっていく。その過程において、顧客からの感謝や、達成感などを得て、自尊感情や自己肯定感を高めることができるのである。

生産学校の事例は、移行のための「橋渡しの場」を制度内に設計している点、そして通常の学校とは異なる学習方法を意図的に設計している点が特徴的だ。若者にとって、集団生活や協同性を重視した教育実践の中で、他者や社会との関係の結びなおしや、自己像、社会像の作り直しを促す場として機能しているのである。日本における若者支援というと「就労」や「職業訓練」が重点化されがちであるが、デンマークではその一歩手前のステップを重視している点が示唆的であろう。

いつの間にか国際学力競争を勝ち抜くことが目的化していないか?

私たちは、何のために学力向上を目指すのか。12月にはPISA2018の結果が公表される予定だ。現在、焦点科目である読解力の他に、数学、科学、ファイナンシャル・リテラシーとグローバル・コンピテンシー(日本は不参加)の測定・分析が進んでいる。PISA2021とPISA2024もすでに動き出していて、新たに創造的思考力、デジタル世界での学習能力、外国語のコンピテンシーが測定される予定だ。時代とともに求められる能力は移り変わり、測り方も進歩を続ける。これからの社会を生きる子どもたちに求められる力とそれらを育む教育を考えるOECDのEducation2030プロジェクトなど、未来の教育の展望する議論が次々と交わされている。

ところで、私たちは何を目指して教育を行ってきたのだろうか。国際学力調査はよりよい教育を目指すツールのひとつであったはずが、いつの間にか国際学力競争を勝ち抜くことが目的化し、そのために、子どもたちを動員する事態を招いていないだろうか。私たちは、学力調査を通じて、教育の目的を問うてきただろうか。

北欧4カ国の事例を見ると、学力向上にわき目もふらず、放課後や土日も返上で努力と我慢を惜しまない、といった姿ではなく、セーフティネットを広く張り、安心して学校生活に向かえる環境づくりに力を入れている印象を受ける。学力調査や専門家の知見を活用してニーズを早期に発見し、積極的に介入することで、ドロップアウトや「最悪の事態」を避けようとする努力が見られる。

そこには、平等や公正さを重視するアプローチと、個人の選択を尊重し、すべての子どもの学習権を保障するために、「何のために学ぶのか」を問い続ける姿勢が通底している。共通の課題を抱えながらも、日本とは異なる処方箋を描き、改善に取り組む北欧諸国のアプローチは示唆に富んでいる。

しかし、北欧の教育を取り入れればよいのか、と問えば、物事はそれほど単純ではない。冒頭でも触れた通り、各国の制度はそれぞれの社会や文化に根差すものであり、簡単にコピー&ペーストができるようなものではない。北欧を理想郷と崇めるのではなく、互いの制度や政策から本質を学び、自国なりの解決策を提案し合う関係でありたい。

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