- 2019年06月24日 15:15
五輪便乗の殺人ウイルス輸入は許されるか
1/2この夏の輸入には十分な配慮がない
厚生労働省と国立感染症研究所(感染研)は5月30日、エボラ出血熱などの5種類の生きた病原体ウイルスを輸入することを公表した。いずれのウイルスも致死率が高く、日本の感染症法で危険な1類感染症に指定されている。こんなウイルスを生のまま輸入するのは初めてだ。輸入はこの夏に行われる予定だが、テロ対策上から輸入の日時や経路は明らかにされていない。
断っておくが、致死率の高いエボラ出血熱の対策として生のエボラウイルスを使うことには賛成だ。生きたウイルスがあれば、その人が感染しているか否かについてより正確で早い検査ができるし、治療薬やワクチンの研究開発にも役立つからである。
しかし、この夏の輸入は拙速だ。「東京五輪対策」といえば、何でもOKなのだろうか。エボラウイルスに感染すると、最大で90%の人が命を落とす。極めて致死率の高い感染症である。そんなウイルスを輸入するというのだから、対応は慎重でなくてはならない。

もっと早く輸入に踏み切るべきだった
確かに東京五輪で日本を訪れる外国人は増え、それに比例して危険な感染症の侵入もあり得る。エボラ出血熱の病原体のようなキラーウイルスが入ってこないとは言い切れない。
厚労省は「だから対策が急がれる」と強調するのだが、ここで五輪を持ち出すほど、病原体を扱う施設の周辺住民に誤解され、反発を買う。すでに住民の反発を煽るようなテレビ番組も流れている。
沙鴎一歩は、もっと早い時点で輸入に踏み切るべきだったと思う。厚労省のこれまでの対応が鈍かったのである。
5種類のウイルスは冷凍保存されて持ち込まれる
輸入の対象となる5種類の病原体は、エボラウイルスの他、ラッサ熱、クリミア・コンゴ熱、マールブルク病、南米出血熱の各ウイルスだ。すべて冷凍して持ち込まれ、そのまま冷凍保存される。
これまで感染確認は、コンピューター上で人工的に合成したウイルスの遺伝子の一部を使って検査していたが、それだと確定しにくい面があり、最後は患者の血液を米国などの研究機関に送って検査して確定診断を行ってきた。自国で確定診断ができないと、時間がかかるだけでなく、日本の国際的な立場も弱くなる。
患者が治療で回復したときも、その患者に他人にうつす危険性が残っているかどうかの検査も、生きたウイルスを患者の血液に入れて反応を調べることができれば、正確にしかも速やかに判断ができる。
厚労省としてはどうしても生のウイルスが必要なのだ。
イギリスはロンドンのど真ん中に「BSL4施設」がある
5種類の病原体を保存して扱う施設が、東京都武蔵村山市にある感染研の村山庁舎の「BSL4施設」だ。BSL4施設とは、国際基準のバイオセーフティー・レベルの4段階中、最も危険度が高い病原体(日本の感染症法上の1類感染症にほぼ相当)を安全に取り扱える施設を指す。物理的に封じ込めができる施設の機能から「P4施設」とも呼ぶ。
BSL4施設は、内部の気圧を低く保って病原体が外部に漏れない構造で、ウイルスなどの病原体はグローブボックス(密閉箱)に特殊な穴から手を入れて扱う。テロ対策として室内などはカメラで常時監視されている。
欧米など20カ国以上に60カ所ほどある。たとえばイギリスはロンドンのど真ん中にあり、政府がいかに市民の理解を得ているかがよく分かる。
施設があるのに稼働できない状態が続いたワケ
感染研村山庁舎の施設は、1981年に完成してコレラなど1~3段階までの低レベルの病原体の研究を行っていたが、危険度が「4」という最高レベルの病原体は、40年近くにわたって扱うことができなかった。施設に扱える機能があるのに最高レベルの病原体が扱えないというおかしな状態が続いた。
原因のひとつは周辺住民の反対だ。そうした事態を招いたのは、安全性に対する厚労省の説明不足だろう。
4年前の2015年8月に初めてBSL4施設としての指定を受け、五輪を来年に控えた今年5月になってようやく、周辺住民を説得してエボラウイルスなどの輸入ができるようになった。切羽詰まっての対応だった。
この夏、感染研村山庁舎は国内初のBSL4施設として動き出すが、先進7カ国(G7)中、稼働したBSL4施設がないのは日本だけだった。
果たして厚労省は周辺住民の理解を得るために、どのような努力をしてきたのか。
エボラは致死率9割なのに治療薬とワクチンがない
かつて西アフリカ(リベリア、ギニア、シエラレオネなど)では、2013年暮れからエボラ出血熱がはやり出し、翌2014年の1年間で感染者は1万5000人を超え、うち死者は5000人以上にも達した。WHO(世界保健機関)も緊急事態を宣言した。最大規模のアウトブレイク(流行)だった。
昨年8月には同じアフリカのコンゴ共和国で感染者や患者が多数出ている。感染被害は隣国のウガンダ共和国にまで及び、感染の拡大にWHOが警戒している。
エボラウイルスは患者の血液や体液、嘔吐物に直接触れることで感染する。患者との濃厚接触がない限り、感染はしない。
感染後3日~10日で発病し、高熱を出して目や鼻、腸など全身から出血し、多くの患者が命を落とす。有効性と安全性が確認された治療薬やワクチンはなく、対症療法しかない。
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