- 2019年06月24日 09:15
日本の企業経営にデータ主義が必要な理由
2/2データ軽視、データ無視、勝手な解釈にあふれる
データの重要性は、多くの企業が認識しているだろう。しかし、経営の実践の場では、データ軽視やデータ無視、あるいは、思い込みに基づくデータの勝手な解釈に依拠する意思決定があふれている。
例えば、新卒学生の採用、能力開発のための異動、管理者への登用などの人事に関する判断は、果たして確固たるエビデンスの裏付けをもったデータに基づいて行われているだろうか。例えば、新卒採用では「コミュケーション能力」が極めて重視されているが、多くの研究に基づけば「コミュニケーション能力」は生来のものではなく、研修や経験の蓄積を通じて向上することができることが明らかになっている。つまり、採用時点でのコミュニケーション能力などよりはるかに重視すべき要素があるにもかかわらず、それらは採用基準の対象外とされているのである。
また、マーケティング・プロモーションが、売り上げに寄与しているかどうか分析は行われているのだろうか。既存顧客との関係性をさらに高める営業活動が功を奏しているというデータの裏付けは取れているとは限らない。いずれにしても、そして、残念ながら、意思決定におけるデータ活用は何十年もほとんど進歩していない。
本来は、販売促進活動のために費やされた経営資源量を測定するとともに、プロモーションを行わなかった場合との比較をし、プロモーションが有効であったかどうかを判定しないといけないはずである。そして、既存顧客への繰り返される訪問に要するコストが、売上の維持や新規ビジネスに本当に結びついているかという分析も必要である。もしかすると、営業担当者は「表敬訪問」的な出張を繰り返しているだけで、企業業績の向上には貢献していないかもしれないからである。
投資意思決定(設備投資のみならず、研究開発、海外進出、M&Aなどを含む)においても、データの位置づけは明確でないばかりか、投資の決定はどこかですでに行われた後で、ねつ造されたデータによる説明と会議での承認がなされることもまれではない。宣伝広告の効果の科学的分析も、その困難さもあって、十分には実施されていない。さらに、成功例・失敗例から得られるはずのデータの分析から、その理由を解明することも行われていない。
「無理だ、難しい」を理由としてデータ収集やデータ分析を怠ってはならない。地道な努力の蓄積から光明が得られると信じて、取り組むことが必要なのである。なぜなら、現実を見事に写し取るデータは、実態を明らかにするとともに、将来の経営の進め方、組織の運営、人的資源の活用などをより正しい方向に導いてくれるからである。
さらに言うなら、ビッグデータの分析によって、また、AIの活用によって経営成果が上がると考えていいのだろうか。測定方法やその背景にある分析の視点がブラックボックス化しているのだとすると、何を根拠として測定を行うかを100%システムに依存してしまうことになる。分析結果は得られるかもしれないが、その妥当性の検証を行うことなく測定結果に振り回されるという危険性がある。
誤った測定が正確という前提になる危険性
加えて、注意しないといけないのは、意思決定のベースとして利用するデータが歪んでいる場合である。いったん数値化されると、その計算プロセスの信頼性を議論することなく、正確な測定値であるという前提で検討が進んでしまう。
『天地明察』(冲方丁著、角川書店)は、徳川光圀と会津藩藩主保科正之の命を受け、改暦に取り組む安井算哲(渋川春海)の物語である。暦は、農民を含めた多くの人々がそれに基づいてさまざまな行動をとる生活基盤である。例えば、田植えにしろ稲刈りにしろ、不正確な暦にしたがって行われるとすれば、収穫量にも大きな影響を与えることになる。しかし、当時利用されていた宣命歴は、その採用から800年が経過して歪みが生じており、正確な暦の採用(改暦)の必要性を幕府は認識していた。
しかし、暦に関する利権(たとえば、暦を専売する利益は、約70万石もあったといわれている)を握っていたのは朝廷を支える公家であり、改暦の動きは既得権益の喪失につながるかもしれないというおそれもあったため、数々の抵抗に遭うことになる。確かな天文観察と測量に基づいて安井算哲が宣命暦よりも正確であると推奨する授時暦に対しては、それが元寇の国である元の暦であり、不吉であるという的外れの批判にも直面した。暦をめぐる利害関係者には、神道家、仏教勢力、儒者、陰陽師などがおり、改暦をめぐっては、利害が複雑に交錯していた。
算哲は“巧みな方法”、つまり、複数存在する暦(宣命暦、大統暦、授時暦の三暦)のいずれがもっとも正確なのかを五番勝負で競うという「イベント」で民衆の心をつかみ、社会の大きな関心事とすることに成功する。最終的には、算哲の推奨する授時暦も最後の「蝕」予測を外すことになるが、算術家の関孝和の助言により、元と日本との地球上の位置(経緯)の違いが原因であることに気づき、後に正式に採用されることになる大和暦を完成させたのである。
知ったかぶりをすると大失敗
経営上、何かをなすためには測定は不可欠である。だが、ただ測定するのでは不十分である。測定方法や、測定方法の導出プロセスの妥当性の確認、データの信頼性の確保や分析するまえのデータノイズの排除、そして、測定したデータの巧みな活用方法などが測定の価値を決定するのである。測定の価値が毀損されると、測定は無力化する。
今後、ビッグデータ分析やAIの活用がますます盛んになるだろう。ただ、どのようなロジックでビッグデータの分析を行っているかという分析のアルゴリズムを理解しておく必要がある。AIについても同様のことが言える。AIの基礎には、私たちの先人たちの叡智の積み重ねがある。
しかし、AIやビッグデータ分析が結論めいたアウトプットをはじき出してくれるからといって、それをうのみにしてはいけない。AIやビッグデータは、そのアルゴリズムを使う人間が熟知し、人が操るものだからである。つまり、どれだけビッグデータ分析やAIの活用が行われるようになっても、人が意図をもって測定方法を選択し、正確に測定し、測定結果を巧みに活用することが大切なのである。
測定、それはとても大切なことなのである。
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加登 豊(かと・ゆたか)同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。
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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊 写真=時事通信フォト)
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