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特集:今どき財政支出拡大?の経済学

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今回は、各方面で話題のMMT(現代貨幣理論)を取り上げてみたいと思います。簡単に言えば、
「自国通貨建てで国債を発行している限り、政府は財政赤字を気にせず歳出を拡大できる。ただしインフレの時はこの限りではない」
というものです。

この議論、米民主党内で盛り上がっているのですが、
「その証拠に日本を見よ。あれだけ政府債務があっても超低金利じゃないか」
と言われると、いささか複雑な心境になってしまいます。とはいえ、かかる逆説的状況が長期化しているのは、従来の経済学では説明のできないことが起きているからかもしれない。金融政策に限界が見え始めた昨今、「今こそ財政支出の拡大を」という意見の妥当性を探ってみたいと思います。

●間もなく始まる民主党候補テレビ討論会

米大統領選挙のキックオフは、近年では「投票日から1年半前」が頃合いであるらしい。ドナルド・トランプ氏が出馬表明をしたのは、2015年6月16日、ニューヨークのトランプタワー内であった。その時点でトランプ氏は「共和党内で12番目の候補者」に過ぎず、泡沫候補と受け止める向きがほとんどであった。

今回、再選を目指すにあたり、トランプ氏はこの縁起の良い日を選びたかったようだ。あいにく日曜日(父の日)に重なったので、2日ずらして今週6月18日とした。場所はフロリダ州オーランド。毎度おなじみの激戦州であるし、大好きな別荘「マー・ア・ラゴ」もある。しかしもうひとつの理由は、「来週、同州マイアミで民主党初の大統領候補テレビ討論会が行われるから」であったからだろう。

以前にも書いた通り、2020年大統領選挙の本質とは「民主党から誰が挑戦するか」であって、トランプ大統領が何をするかはあまり関係がない。米大統領選挙は現職が有利であり、まして経済が堅調なときにはそうそう負けるものではない。

となれば、野党側は魅力的な挑戦者を選出しなければならないのだが、来週6月26~27日にはなんと20人もの候補者が登場する。以下は2日間の登場予定者だが、これだけ多数となってしまうと、本誌としても各候補を解説しようとする気力が失せてしまう1

各候補者は、それぞれ12分間のプレゼンタイムを与えられるが、20人だとそれだけで4時間(240分)かかってしまう。2日間ぶっ通しで番組を見て、全候補者をきちんと吟味しよう、などという有権者はどれだけいるだろうか。


大勢が出馬すれば、それだけ候補者は鍛えられるし、民主党票の掘り起こしが期待できるかもしれない。とはいえ、失われるものも多い。選挙資金は分散するし、優秀な選挙スタッフも奪い合いにある。さらには1年半にわたる戦いの中では、陣営間のトラブルも生じるし、遺恨もできる。有力候補者が要らぬ失言で失速する事態もありそうだ(特にバイデン元副大統領が心配だ)。何より、トランプ大統領に挑戦できるのは1人だけなのだ。なぜもっと「足切り」して候補者を絞らないのか、正直理解に苦しむ。

と思ったのは筆者だけではないようで、6月10日のワシントンポスト紙が
「23人もの大統領候補者は要らない。ほかにも重要な役割がある」
とのオピニオンを載せている2。すなわち、「候補者の一部は上院議員選挙に回るべし」との趣旨で、政局を考えれば至極もっともなご意見である。上院の議席は現在共和党の53対民主党が47。来年の議会選挙で3議席以上増やさないと、仮に大統領選挙で勝ってもその先は苦労が見えている。

例えば昨年の中間選挙で、現職テッド・クルーズ上院議員に肉薄したベト・オルーク候補は、2020年も再度上院選に出るべきではないのか。そうやってテキサス州の民主投票を掘り起こせば、同州の選挙人38人をひっくり返すことができるかもしれない。少なくとも共和党側から見れば、その方がよっぽど嫌なはずである。

●リベラルな政策課題を可能にするMMT

この辺は日本政治においても共通する現象なのだが、「保守派は政局志向、リベラル派は政策志向」である。自民党支持者は「いかに」に興味があって、選挙制度や世論調査の分析、派閥抗争の歴史などを面白がる。野党の支持者は「何を」に関心があり、地球環境やフェミニズムといった個別の課題を追求する。米民主党も真面目に政策を追い求めた結果、「20人の候補者によるテレビ討論会」という事態に至ってしまったようだ。

それではどんな政策論争が飛び交うのか。特に左派(進歩派)候補者からヘルスケア、気候変動、大学授業料無償化、税制改革、最低賃金引上げ、あるいはGAFAのような巨大テック企業の解体、といった大胆な(実現性の低い)提案がなされることだろう。

前置きが長くなったが、ここまで状況を説明するとMMT(Modern Monetary Theory)が必要とされる理由が分かりやすくなるだろう。要するにリベラルなアジェンダを実現しようとすると、いくらおカネがあっても足りないのである。

この点で最も旗幟鮮明にMMTを支持しているのは、今や民主党のアイコンとなった感のあるAOCことアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員である。彼女が提唱するGND(グリーン・ニュー・ディール)では、10年以内に再生エネルギーへの完全転換を果たし、国民階保険制度を実現し、学生ローンの徳政令を実施する。そのために富裕層に対して70%の所得税を課すというが、おそらく全然足りないことだろう。その点でMMTは文字通り「打ち出の小槌」ということになる。

興味深いことに、リベラル派の大御所、ポール・クルーグマン教授やローレンス・サマーズ教授はMMTに拒否反応を示している。特にサマーズ氏は、「長期停滞時代には、財政赤字を過度に恐れるべきではない」と言ってので、結論部分はMMTと似通っている。それでも主流派経済学者としては、「あんなものと一緒にされてたまるか」という思いがあるのだろう。つまり、政治的な「ご都合主義経済学」と見なしているのではないか。

経済学者としてMMTを主唱しているのは、ニューヨーク州立大学のステファニー・ケルトン教授である。もともとはバーニー・サンダース上院議員の政策顧問であったが、そのサンダース氏は最近MMTから距離を取り始めている。「私は政府債務を心配している」と語り、富裕層増税や企業の節税封じ、軍事費の大幅削減などを通して、財政資金を確保するとしている。もともとはAOCの「師匠筋」とはいえ、2020年大統領選挙の有力候補者として、無責任なことは言えないと考えているのかもしれない。

とはいうものの、MMTの主張を一概に切り捨てることはできない。米国債の発行残高はほぼ22兆ドルと、米国経済のGDPを超えるくらいになっている。政府債務が対GDP比200%を超えている日本に比べればはるかに健全な状態といえるが、それにしても長期金利は2%前後という歴史的な低さである。今週のFOMCで利下げ観測が強まったこともあるとはいえ、少なくとも政府債務の拡大を心配して、米国債の発行上限を上げることを躊躇する必要はなさそうにみえる。

●世界的な超低金利という「ニューノーマル」

政府の財政赤字が拡大すると、長期金利が上昇して民間に資金が回らなくなるという「クラウディングアウト」が起きるというのが、普通の経済学が教えるところである。実際に1990年代には、クリントン政権が財政赤字の削減を通して長期金利を低下させ、長期にわたる好景気を実現している。お陰で税収が伸びて、政権末期には財政が黒字化したほどであった。この場合は、財政健全化こそが景気対策であったということになる。

ところが現在の日本経済を考えてみよう。政府債務はGDPの2倍を超えているのだが、長期金利はほぼゼロ%である。日本政府が10年物国債を発行して10兆円調達すると、10年後に必要な返済額はぴったり10兆円ということになる。ところが名目GDPはほぼ2%弱で成長しているので、10年後には120%くらいになっているはずである。

つまり債務は名目金利の分だけ増え(というか、ゼロ金利下ではまったく増えず)、GDPは名目成長率の分だけ増えるので、今なら債務の対GDP比率はどんどん低下することになる。事実、今年で7年目を迎えるアベノミクス下の日本経済は、財政節度は緩いままなのに財政状況は好転している。2013年度と2018年度を比較すると、税収は43.1兆円から59.1兆円に増加し、基礎的財政収支は▲23.2兆円から▲10.4兆円に改善し、公債依存度は46.3%から34.5%に減っている。

こんなゼロ金利時代においては、政府は借り入れを増やす方が得ではないのか? 少なくとも、財政緊縮化や増税を急ぐ必要はないのではないのか?

この議論を否定することは思ったよりも難しい。なんとなれば、「政府債務が巨大になっているのに長期金利がゼロ」という現状が、既に常識外れであるからだ。少なくとも従来の経済学では説明がつかない。だからこそMMT登場の余地がある。MMT論者は、「今はパラダイム転換が起きているのだから、過去の常識を否定しなければならない」と勇ましく主張する。もっともこれを全面的に信頼するのも怖いところである。

この10年ほど、日米欧では金利が経済成長率よりも低い状態が続いている。いわば「ニューノーマル」だが、問題はこれがいつまで続くかであろう。「財政再建派」の小林慶一郎・慶応大学教授は、
「永久に金利が成長率より低いと、将来のGDPの割引現在価値が無限大になってしまうので、理論的につじつまが合わない。低金利の現状は、一種の国債バブルが生じている状態なのだろう」
と論じている3。そしてバブル崩壊のリスク(=日本財政の持続性に対する国民の信頼が失われること)があると考えて、警戒を怠るべきではないと説く。大人の意見と言えよう。

さらに言えば、この先に到来する超高齢化社会と社会保障費の増大を考えると、今後の財政支出は放っておいても増加することが予想される。いくら金融政策に限界が見えてきたからと言って、「今こそ財政支出の拡大を」という議論は、なかなか支持が広がりにくいところであろう。

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