- 2019年06月20日 09:15
セブンが脱帽した広島発スーパーのお惣菜
2/2利益率が高いのは、「衣料品」が売れるから
不振の第一の理由として挙げられるのが、衣料品販売の低迷です。GMSといえば、「食品で集客し、衣料品で利益を確保する」、つまり、利幅は薄いがお客さんを呼べる食品を前面に出して店に来てもらい、利益率の高い衣料品で稼ぐ、というスタイルが一般的でした。しかし、これが通用しなくなってきている、というわけです。
一方、イズミの場合、2017年度の実績で見ると、営業利益は320億円(単体)でした。イオンリテールが118億円、イトーヨーカ堂が30億円、ユニーが179億円でしたので、業界屈指の業績を収めることができました。
営業収益対比の営業利益率を見ても、イオンが0.5パーセント、イトーヨーカドーが0.2パーセントだったのに対し、イズミは4.7パーセントに達しています。
GMS低迷の最大要因は衣料品の不振であるといわれていますが、イズミの場合、全体の利益の2割程度を衣料品で稼ぎ出しています。しかも、10億円以上の利益を上げている店舗が10店舗以上もあるのです。
衣料品を売るノウハウをもっていることが、イズミの大きな強みとなっているのです。他社にないノウハウを獲得できた背景には、イズミがもともと衣料問屋であったこと、そしてかつて高シェアを維持していた衣料ブランド「ポプラ」を展開していた経験が、やはり大きな要素としてあると思います。小売、問屋、製造という3つの事業を同時期に経験できたことは、今のイズミの競争力のベースになっているといえるのではないでしょうか。
レシピから開発した惣菜を3つの自社工場で量産
また、食品分野でも、イズミならではの強さを支える要素があります。それは、高級和牛などの精肉や地域に根ざした地場産品など、付加価値の高い品揃えに力を注いできたことです。
とくに、地場産品については、たとえばゆめタウン高松(香川県)では地元ブランドのトラウトサーモン「讃岐さーもん」を販売し、ゆめタウン筑紫野(福岡県)にはJAの協力のもと新鮮な地元野菜を揃えたコーナーを設けるなど、それぞれの地域で生まれ親しまれてきた肉、魚、野菜、果物を取り込んだ特色のある売場づくりが、お客さんからの熱い支持につながっているのです。
さらに、他のGMSと一線を画しているのが、惣菜です。出来合いのものを仕入れて並べるのではなく、お客さんの嗜好を見極めてレシピから開発した惣菜を自社工場で作って提供しているのです。
現在、工場は広島市内に2カ所、福岡県八女市に1カ所の計3工場が稼働しています。さらに、2020年完成を目指して、広島市内に新工場を建設しています。自社工場を持つことで、お客さんのニーズに寄り添った商品を提供できるとともに、いいものを安く提供するためのコストダウンを図ることも可能になります。
たとえば、食品工場では膨大な量の水が必要になりますが、広島市内の深川町にある工場では、地下水を利用することで、経費を大幅に削減することができました。
ライバル社さんも最近では「地場商品」に力を入れた品揃えをしていますが、イズミは最初からそれをやっていたわけです。
「地域一番店」になることが生き残りの条件
GMSとして生き残り、成長をつづけるための条件とはなんでしょうか?
それは、何よりもまず「地域一番店」になることだと考えます。
マーケットがある程度大きなエリアで最大規模の店を展開するというスケールメリットは、計り知れないものがあります。ここにきて百貨店の凋落が目立つようになってきたこともあり、もう「何でも屋」の時代は過ぎ去ったかのようにいわれていますが、衣食住すべてを扱い、ここに来れば何でも揃う、という利便性は、まだまだ訴求力があるはずです。
ただし、中途半端ではダメです。他店を圧倒する規模、スケールが不可欠です。
圧倒的に強い店舗を作るには、初期投資が重要となってきます。地域一番店を目指すのであれば、「この程度でいいだろう」という妥協は禁物で、立地、敷地面積、建物の規模などすべての面で、“地域で一番”にこだわりぬく必要があります。
お客に注目されつづける状態を維持する
同時にハード面だけではなく、ソフト面でも妥協しない姿勢が必要です。すでに触れたように、ロゴデザインのディテールにこだわったり、付加価値の高いアミューズメントの導入に心血を注いだり、といった努力を繰り返すことです。

山西 義政『ゆめタウンの男 戦後ヤミ市から生まれたスーパーが年商七〇〇〇億円になるまで』(プレジデント社)
また、目論見通りの店ができあがり、想定していた売上が上がったらそれで終わり、ということではありません。開店時のパフォーマンスを継続して発揮しつづけることができるよう、メンテナンスが欠かせないのです。
メンテナンスといっても、オープン時の状態に戻せばいい、ということではなく、周囲の環境の変化、時代の変化にも柔軟に対応し、常にお客さんに支持され、注目されつづける状態を維持していくということです。いわば“再投資”です。変化を見過ごさず、変化に寄り添う姿勢が必要です。
このように、GMSが業態として成り立ち、収益構造を維持していくための条件を見極め、必要であれば巨額の投資も厭わないこと、そして、お客さんが求めるものをしっかりと捉え、現場で臨機応変に対応していくこと、こうした姿勢がイズミの成長を支えているのだと思います。
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山西 義政(やまにし・よしまさ)イズミ名誉会長
1922年9月1日、広島県大竹市に生まれる。20歳で海軍に入隊し、当時世界一といわれた潜水艦「伊四〇〇型」に機関兵として乗艦。オーストラリア沖ウルシー環礁への出撃途上、西太平洋上で終戦を迎える。戦後、広島駅前のヤミ市で商売の道に進む。1950年、衣料品卸山西商店を設立。1961年、いづみ(現イズミ)を創業し、代表取締役社長に就任。同年、スーパーいづみ1号店をオープン。1993年、代表取締役会長。2002年、取締役会長。2019年5月より名誉会長。西日本各地に「ゆめタウン」などを展開し、一大流通チェーンを築く。
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(イズミ名誉会長 山西 義政)
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