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Netflixが"サービス初日"にやったこと

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■あいまいなアイデアが実現するまでたったの1年

最初はあいまいなアイデアにすぎなかった。そこからコンセプトが生まれ、ビジネスプランへ進化し、実際のビジネスがスタートした。すべてたったの1年の間に、である。ネットフリックスのチームは挑戦者として強大な業界に揺さぶりを掛けるという夢を見ていた。その夢はウェブサイトのローンチ日に現実となった。

チームメンバーは初日からこれほどの成功を収めたり、これほどの注目を集めたりするとは夢想だにしていなかった。こうなるともはや失敗できないから、にわかに大きな責任を感じるようになった。虎のしっぽをつかむ――自らを苦境に追い込んでしまうという意味のことわざ――とはこういうことなのか、とキッシュは思った。

ネットフリックスに来る前はビデオレンタルチェーンのオーナーをしていたミッチ・ロウはローンチ日の夜に帰宅すると、妻に向かって不安を口にした。「これまでネットフリックスのローンチに心血を注いできたけれども、次に何が起きるのかさっぱり分からない」。これに対して妻は「赤ちゃんが生まれたようなものよ。もう生まれてしまったのだから、嘆いても仕方がない。どうするか考えなくちゃね」と応じた。

まさに赤ちゃんが生まれたときと同じように、ネットフリックスの誕生によってチームメンバーは連日のように眠れない夜を過ごすことになった。誕生1年目にして業界の2大パラダイム――VHS規格のビデオと実店舗型のビデオレンタル――を大混乱に陥れたのだから、大きな苦労を味わうのは当然の成り行きだった。

■ハリウッドが参入しなかったことが追い風に

環境変化が追い風になっていたのは間違いない。DVDプレーヤーの販売ペースはVHSビデオレコーダーをはるかに上回り、97年3月に初めて市場に登場してからわずか6カ月間で40万台を販売した(VHSはその半分の20万台を達成するまでに2年を要した)。1台当たりの平均価格は98年4月時点で580ドルであり、1年前の1100ドルから大きく下がっていた。

当初はDVD規格採用に慎重だった映画スタジオも、市場のDVDシフトを無視できなくなり、毎月100タイトルのペースでリリースするようになった。ネットフリックスが倉庫で保有するタイトル数も膨れ上がり、98年夏までに1500タイトルに達した。一方、ブロックバスターとハリウッドビデオは店舗にDVDを置くのを拒否した。そのため、夏の間はネットフリックスがDVDレンタル市場を独占する格好になった。

つまり、よちよち歩きのネットフリックスがつまずいて転倒する不確定要素がいろいろあったにもかかわらず、結果的にすべてが吉と出たのだ。

■レンタル希望リスト「キュー」の誕生

ローンチ日のクラッシュは、それから何カ月にもわたってネットフリックスのチームメンバーに起きることの前触れだった。やらなければならない仕事は山ほどあった。

例えば、ウェブサイトを魅力的で使いやすくするためのさまざまな機能の導入だ。ローンチ前のブレインストーミングでランドルフ、キッシュ、メイエの3人はそれらについて議論しながらも、ローンチの期日を優先し、導入を見送っていた。

まずキッシュとメイエが導入したかった機能は、見たかった映画を思い出させてくれるリマインダー機能だ。キッシュの発案である。彼女には書店で新刊本をチェックし、後日図書館で借りる習慣があり、それがヒントになった。

社内メモでは当初「ザ・リスト」と呼ばれた。しかし、1年後にメイエが導入したときには「キュー(順番待ち)」へ呼び名を変えていた。この機能を完成させる技術的ハードルは高い。個々の顧客が自分のアカウント内でネットフリックスの在庫を調べて、見たい作品の優先順位を付けるのである。ここでは一種の人工知能(AI)が必要になる。メイエはローンチ前にリマインダー機能に振り回されて、時間を浪費する事態を避けたかった。

■欲しいのはおすすめしてくれる“デジタル店員”

その代わりに、メイエとキッシュは「リマインドミー」アイコンを作成した。これを使えば、顧客は興味ある作品を指定しておくことができる。社内のプログラマーチームはリマインドミーのアイコン――赤い蝶ネクタイを巻いた人差し指――をやぼったいと嫌い、「ブラディフィンガー」と呼んでキッシュをからかうこともあった。

ジーナ・キーティング著、牧野洋訳『NETFLIX コンテンツ帝国の野望』(新潮社)

ロウが欲しかった機能は「デジタル・ショッピング・アシスタント」だ。ビデオドロイドのオーナーとして顧客を間近で観察してきた経験からヒントが生まれた。顧客にしてみれば、映画の好みについて同じセンスを共有しているのは店長ではなく店員なのだ。

理想的なデジタル・ショッピング・アシスタントは顔写真とともに人間的な個性を備えている。それだけではない。ネットフリックスが保有する巨大な映画ライブラリの中からお勧め作品を案内してくれる。ローンチ日に間に合わなかったものの、レコメンドエンジン――初期メンバーがホワイトボードで戦略を練っていた段階の構想――を作る土台になった。

このようにしてネットフリックスは誕生したのである。

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ジーナ・キーティング

フリーランスの経済ジャーナリスト。米UPI通信に続き英ロイター通信に記者として在籍し、10年以上にわたってメディア業界、法曹界、政界を担当。独立後は娯楽誌『バラエティ』、富裕層向けライフスタイル誌『ドゥジュール』、米国南部向けライフスタイル誌『サザンリビング』、ビジネス誌『フォーブス』などへ寄稿している。2012年、処女作『Netflixed』を刊行。

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(経済ジャーナリスト ジーナ・キーティング 写真=AFP/時事)

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