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- 2019年06月18日 17:42
そうか、私は「40代のネクストステージ」を考えたいのか
先日、『ビッグイシュー』361号の特集にて、年の取り方についてのインタビュー記事を掲載していただきました。
ひととおりバックナンバーをチェックしてからインタビューに臨んだのですが、綺麗な文体の媒体だったのでちょっと緊張してしまいました。が、「若者」と呼ばれる社会的境遇がそろそろ難しくなって、その先を展望したくなる年頃についてはしっかり喋ることができました。
「自分は『中年の先』を意識しはじめている」と気付いた
以前から私は人間の社会的加齢に関心があって、いろいろな場所でいろいろと書き続けてきました。
最初期は「オタクとしてどう歳を取っていくのか」に関心の中心があったため、上掲のようなことも書いていましたが、12年前はまだ、趣味生活に没頭するオタクが歳を取ったらどうなっていくのかを展望した文章はほとんど見かけませんでした。
そこから二つの出版企画を経て今に至るのですが、
数年前の私にとって、自分が「若者」という境遇を通り過ぎ、「大人」とか中年や壮年といわれる境遇を迎えたことは大変新鮮な事実でした。この事実が興味深くて仕方がなかったので、「若者」という社会的境遇と「大人」という社会的境遇の違いを面白く確かめていたように思います。
が、今はそうでもありません。今はもう「大人」になったことに新鮮味を感じていないし、「若者」ではないことへの愕然とした感覚も遠のきました。「大人」、中年、あるいは壮年としての最適解が自分なりにできあがって、心の構えが一段落ついたように感じます。向こう5~10年くらいは、今のスタイルでだいたいいけるでしょう。
それなら、このまま安穏として良いのかといったら……答えはもちろんNoです。
これまでの人生経験を振り返っても、たかだか5~10年程度の安定なんて儚いものだし、途中でいつ中断されるとも限りません。安定した時期を安逸のうちに使い果たしてしまえば、ネクストステージでうろたえてしまうのは目にみえています。だから私は、40代のネクストステージを考え始めなければならないし、この安定した時期を30代の結果としてではなく、50代の原因として生かしたいとも思うのです。
現在の私は44歳ですが、あと10年もすれば54歳。50代になったらやりにくいこと・できなくなることは、たくさんあるでしょう。だから私は40代のうちにできることをやっておかなければならないし、50代を見据えた布石をスタートしておかなければならない。
私は20代の中盤や30代の中盤にも似たようなことを考え、ライフスタイルを大きく塗り替えてきたので、たぶんこれは、私の性分なのでしょう。その性分が『ビッグイシュー』さんのインタビューによって再起動して、「おい、そろそろ次を考えないと駄目だぞ」と警告ランプを点滅させはじめたようなので、深謝申し上げるとともに、今後のインターネット上での活動も含め、現状を変えていく決意を新たにしました。
10代や20代が一度きりなのと同じように、30代や40代も一度きりしかありません。
だからこの、中年の命を費やして何ができるのか・何をすべきなのかをよく考えて、私にできることをやっていこうと思います。
ひととおりバックナンバーをチェックしてからインタビューに臨んだのですが、綺麗な文体の媒体だったのでちょっと緊張してしまいました。が、「若者」と呼ばれる社会的境遇がそろそろ難しくなって、その先を展望したくなる年頃についてはしっかり喋ることができました。
「自分は『中年の先』を意識しはじめている」と気付いた
以前から私は人間の社会的加齢に関心があって、いろいろな場所でいろいろと書き続けてきました。
最初期は「オタクとしてどう歳を取っていくのか」に関心の中心があったため、上掲のようなことも書いていましたが、12年前はまだ、趣味生活に没頭するオタクが歳を取ったらどうなっていくのかを展望した文章はほとんど見かけませんでした。
そこから二つの出版企画を経て今に至るのですが、
「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)
作者: 熊代亨
出版社/メーカー: 講談社
発売日: 2014/02/19
メディア:新書
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「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?こうした過去の文章を読み返すと少し恥ずかしいと同時に、「これらは過去の通過点だ」という感覚を禁じ得ません。
作者: 熊代亨
出版社/メーカー:イースト・プレス
発売日:2018/02/11
メディア:単行本(ソフトカバー)
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数年前の私にとって、自分が「若者」という境遇を通り過ぎ、「大人」とか中年や壮年といわれる境遇を迎えたことは大変新鮮な事実でした。この事実が興味深くて仕方がなかったので、「若者」という社会的境遇と「大人」という社会的境遇の違いを面白く確かめていたように思います。
が、今はそうでもありません。今はもう「大人」になったことに新鮮味を感じていないし、「若者」ではないことへの愕然とした感覚も遠のきました。「大人」、中年、あるいは壮年としての最適解が自分なりにできあがって、心の構えが一段落ついたように感じます。向こう5~10年くらいは、今のスタイルでだいたいいけるでしょう。
それなら、このまま安穏として良いのかといったら……答えはもちろんNoです。
これまでの人生経験を振り返っても、たかだか5~10年程度の安定なんて儚いものだし、途中でいつ中断されるとも限りません。安定した時期を安逸のうちに使い果たしてしまえば、ネクストステージでうろたえてしまうのは目にみえています。だから私は、40代のネクストステージを考え始めなければならないし、この安定した時期を30代の結果としてではなく、50代の原因として生かしたいとも思うのです。
現在の私は44歳ですが、あと10年もすれば54歳。50代になったらやりにくいこと・できなくなることは、たくさんあるでしょう。だから私は40代のうちにできることをやっておかなければならないし、50代を見据えた布石をスタートしておかなければならない。
私は20代の中盤や30代の中盤にも似たようなことを考え、ライフスタイルを大きく塗り替えてきたので、たぶんこれは、私の性分なのでしょう。その性分が『ビッグイシュー』さんのインタビューによって再起動して、「おい、そろそろ次を考えないと駄目だぞ」と警告ランプを点滅させはじめたようなので、深謝申し上げるとともに、今後のインターネット上での活動も含め、現状を変えていく決意を新たにしました。
10代や20代が一度きりなのと同じように、30代や40代も一度きりしかありません。
だからこの、中年の命を費やして何ができるのか・何をすべきなのかをよく考えて、私にできることをやっていこうと思います。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る






