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自動車運転70年で免許返納

 昨日、運転免許の更新に一日を残して、免許返納の手続きをした。私の運転免許は昭和24年の12月24日に、高校1年の16歳で取得した。当時は小型四輪という区分があって、16歳から取れることになっていた。当時も運転免許の教習所というものはあったが、今よりもずっとゆるくて、最初に一通りの手ほどきをしてくれると、あとは基本的に場内での「自習」だった。それでも技量証明書発行の基準はあったのだが、その回数分の金を払えば、繰り上げ卒業も可能ということだった。

 私の場合は、とにかく急いで免許を取る必要があった。家業の出版(野ばら社)で、書籍の配本に必要だったからだ、中古のダットサンのバン型を買うことが、すでに決まっていた。そして、クリスマスイブの日に、免許の取得とほとんど同時に、私は社内で唯一の自動車担当者になった。当時の日記に「わが人生最良の日」と書いた記憶がある。当時は、自動車はまだ非常に少なかったから、まさに陸の王者だった。銀座の表通りであろうと、駐停車はどこでも自由だった。

 ただし与えられた車は1937年製だから、少なくとも12年以上の古いもので、エンジンのスタートは、セルモーターはほとんど役に立たず、前からクランク棒を突っ込んで始動するものだと思っていた。今から思えば、現役の高校生を運転手にした社長(父親)も乱暴だと思うが、その状態は、時代が少し落ち着いて、古くからの社員が復員してきて運転免許を取るまで、一年以上も続いたのだった。

 それでも、当時は自動車の機動力というものは貴重品だった。高校の親友が長期療養をしていて退院するとき、清瀬まで行って本人と荷物を積んで、小石川の自宅に送り届けたこともあった。母親が非常に感謝してくれて、帰りに「みかん」を一箱持たせてくれたことを覚えている。

 それ以来の自動車運転だが、私がこの20年ほどにわたって実践してきた「安全運転法」を伝授しておきたい。それは「左右の足の使い分け」であって、要するに「右足で走り・左足で止まる」のだ。今のオートマ車のペダル配置で「踏み違え」を根絶するには、それしかない。踏み違えは、危急の際の反射神経によって起こる。理性で制御できないので始末が悪い。私もその恐怖を一度経験して、対策として今の運転法にした。慣れるまでに半年もかからなかったと思う。それ以後の安心感は大きかった。そして心強いのは、最近数回の免許更新時の実技でも、この方式の実践者が、確実に増えてきていることだった。

 人間には二本の足がある。「走る」と「止まる」の正反対の仕事を、同じ足にさせてはいけない。

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