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上野千鶴子さん訴える「令和の時代こそ“うるさい女になって闘え”」

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’82年には、本人が“処女喪失作”と呼ぶ『セクシィ・ギャルの大研究』で華々しく著者デビュー。その後、アグネス論争を経て、30代を迎えてまもなく京都の平安女学院短期大学の専任講師に。

「一般教養の社会学の講師としての採用でした。18~19歳の生徒を前に専門用語は使わないと決めて講義したら、ウケたんですよね。あのコたちは、偏差値優等生とは違って体で反応するから、おもしろければ身を乗り出すし、つまらなければそっぽを向く。ここで教師として鍛えられました」

このころ、出会ったのが、短大そばにあった日本初の女の本屋『ウィメンズブックストア松香堂』の設立者である中西豊子さん(85)。WANの創設メンバーでもある。

「上野さんは、鋭い感性と行動の人。うちの本屋に来て、女性の体の本が上の棚にあるのを見て、初対面なのに、『こういう本こそ手に取りやすい下にあったらええのに』と言ったのを覚えてます。はい、すぐに棚を移しましたよ」

しかし、まだ女性学の看板は掲げられなかった、と上野さん。

「最初は大学の自主講座からで、本当に苦労しました。新しいカリキュラムを作って、予算を立てて教授会に提案しなきゃならない。男性教師から、『女性学、それは学問ですか?』と言われて流した悔し涙は、今でも忘れません」

東大文学部に招かれたのが’93年春。すでに『スカートの下の劇場』『家父長制と資本制』などフェミニズムの名著も出版しており、名実ともに、スター学者となる。

東大・上野ゼミのOBで、一番弟子といわれる武蔵大学社会学部教授の千田有紀さん(50)はこう話す。

「上野先生に接した人は、2種類に分かれます。憧れる人と、『ああはなれない』と諦める人。私は後者。あるとき私の研究が批判されて泣いていると、『そんなことで傷つくくらいなら、やめなさい』と叱られました」

先生はどうしてそんなに強いのかと尋ねたという。すると……。

「私だって、初めから強くはなかった。打たれて、打たれて、ここまで来たんだから」

千田さんは、冒頭のWANのシンポジウムで基調講演を行っていたのだが、こんな恩師との裏話を明かしてくれた。

「私、講演の最後を『もっといいたいことを言えるイヤな女になります』と締めくくりました。そしたら講演後、上野先生がツカツカとやってきて、『千ちゃん。“イヤな女”じゃなくて、“うるさい女”とか“めんどくさい女”とか、もっとポジティブな表現にしなきゃダメじゃない!』と。ああ、私、50歳になっても、まだ上野先生に叱られてます」

そんな上野さんが、超高齢化社会が進む「令和」の時代を当事者として生きる世代へ向けたメッセージをくれた。

「日本の福祉は制度としてはけっして悪くないです。老齢年金と介護保険と医療保険の3つを基本として、使えるもんは使い倒して、障害年金や支援制度、生活保護といった権利はぜんぶ行使したらいい。大切なのは、自分の人生の主役になるという生き方。たとえ結婚して母親になったからといって、脇役になるわけじゃない。自分の人生は自分で決める。いや応なしに、その時期が人生の最後には誰にでも訪れるのですから」

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