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就職氷河期世代の家賃滞納 41歳独身男性は「親には頼らない」と叫んだ - 太田垣 章子

 司法書士の太田垣章子さんは2200件以上の「家賃滞納」の現場を見てきた。そんななかで近年目立つのが、就職氷河期世代の家賃滞納だという。

 就職氷河期世代は、バブル崩壊後のあおりで新卒時に正規の職に就けず、不安定な非正規労働を続けざるをえない人々。主に1993年~2004年ごろ高校や大学を卒業した人を指し、現在30代半ば~40代半ば。00年春卒で、大卒求人倍率は0.99倍(リクルートワークス研究所)、その後も低迷が続いた。

 彼らが不安定な収入状態のまま高齢化すれば、生活保護受給の増加など社会保障費が膨らむという懸念がある。太田垣さんにそんな就職氷河期世代の家賃滞納ケースを紹介してもらった。

©iStock.com

◆◆◆

「ご実家に戻られたらいかがでしょうか」「それはない!」

 41歳、独身男性。8万円の家賃の支払いは遅れがちになり、ここ3カ月近くまったく支払われていません。トータルですでに24万円ほどの滞納状態でした。

 滞納者の加藤巧(仮名)さんと初めてコンタクトがとれたのは、内容証明郵便を送った翌日。受け取ってすぐに電話してこられたので、真面目な人なのでしょう。

「転職しようと思ったら、思いのほか、次の仕事が見つからなくて」

 仕事をしていないのに、切羽詰まった感は窺えません。ただ声に元気はありません。緊急連絡先がお母さんになっていました。実家も近くです。

「一度ご実家に戻られたらいかがでしょうか」

 そう言うと、間髪を容れず「それはない!」と語気を荒らげます。このような反応をされる方は、ほぼ間違いなく親子関係が悪い状態です。だから親を頼らない、頼れない……。 巧さんは、超就職氷河期世代。その年の求人倍率は1倍を割っていました。加藤さんはこんな風に振り返ります。

<ただでさえ就職が厳しい環境の中、通っていた大学の偏差値も高い方ではありません。エントリーしても、面接までもこぎつけられませんでした。

「就職が決まらなくてご近所にも恥ずかしくて。顔を上げて外を歩けない」

 母親が電話で愚痴っているのを耳にしたとき、胃が下から押し上げられるような感覚に陥りました。

 恥ずかしい……ふざけるな。こんな俺を産んだのは、おまえじゃないか。そう思ったとたん、1日でも早く家を出たいと思いました。>

「この歳まで一度も正社員として働いた経験がないの?」

<希望していた就職先はなく、ようやく見つけられたのは製造業の工員。しかも正社員ではなく、派遣社員。一流ではないものの大学の経済学部を卒業して、 どうして派遣社員? と思いましたが、求人そのものがないから仕方がありません。

 保証はないものの、なんとか自立していけるだけの賃金を稼ぐことができました。まずはとりあえず家を出て、それから自分の好きな仕事をみつければいい、単純にそう考えていました。当時はいつか正社員になれる、そう思っていました。

 ところが現実は違いました。なんどか職場を変えましたが、就職できたのはいつも派遣。退職の理由は人間関係が嫌だったり、労働環境が悪かったり、いろいろです。面接のたびに「この歳まで一度も正社員として働いた経験がないの?」という言葉を浴びせられました。

 別に好んで派遣ばかりを選んだわけじゃない。新卒時に正社員の求人がなくて、仕方がなく派遣になっただけなんですよ。面接官にはそう言いかえしてやりたかったけど、どうせ言っても分かってもらえませんからね。諦めることだけが上手になりました。>

唯一の息抜きは、たまに立ち飲み屋に行くくらい

<結局いつまでたっても派遣社員。月々の給与はどこでもだいたい20万円ほど。税金払って、家賃払って、生活費払えば終わりですよ。生きてはいけるけど、貯金なんて絶対にできない。いつもぎりぎりの生活です。景気は回復しているはずなのに、その実感はまったく感じられませんでした。

 贅沢なんてしていません。唯一の息抜きといえば、たまに立ち飲み屋に行くくらい。彼女なんて、いるはずがないです。

 今のマンションは、ちょっと収入が多かったときに引越したところ。でもそこはあまりに劣悪な職場で、病気になりそうだったから辞めました。転職したら今の収入に下がってしまった。正直、本当にカツカツの生活でした。だからもう少し手取りを増やそうと思ったんです。そうでないと安い部屋に引越しもできないから。景気も良くなってきたから、大丈夫だろうと思っていました。

 でも、どこでも同じことを言われます。 「今まで一度も正社員で働いたことないの?」って。>

「生活保護ってどうやったら受けられますか?」

<これ、俺の責任ですか? 仕事が決まらないから、貯金もないし、家賃を払えなくなって。もう生活保護でもなんでもいいです。だってどうせ履歴書出したって、同じ結果だから。 卒業以来、実家にはほとんど寄りついていないから。ずっと派遣で結婚もできず、恥ずかしいって言う親を頼りたくないです。 生活保護ってどうやったら受けられますか?>

 結局、巧さんはその後も家賃を滞納し続け、裁判で「明け渡せ」の判決が言い渡されました。そして強制執行の催告の後に、生活保護を申請したようですが、1カ月後に部屋から追い出される巧さんには「緊急性がある」として申請はすんなり受理。生活保護制度の中から、転居費用や部屋を借りる初期費用等も支給されました。

 部屋は築古の木造アパートになりましたが、生活保護受給費で十分に生活していけます。

「今までまともに働いてないって、自分を全否定された気になって、就活しようと思うと動悸が止まらない。ちょっと鬱気味なんですかね。自分は誰からも必要とされていない気がして、どうしてもやる気になれません。当面、このままでいいかな。 夢? 持てるわけないじゃないですか」

 巧さんのパターンは少し極端な例かもしれませんが、最初の物件選びを誤って、マイナスのスパイラルに陥っていく新社会人は実は珍しくありません。

 最初は生活費にどれくらいかかるか実感もない上、夢見ていたひとり暮らしとあって、ちょっと背伸びした物件を借りてしまいがちです。けれど生活費は想像以上にかかるのが常なので、家賃の負担が大きければ、ギリギリの生活を送ることになってしまいます。

 あまりにギリギリの生活の場合、家賃滞納は目の前の危機です。ひとたび給与の支払いが遅れたら、病気になったら、怪我をしたら、転職がスムーズにいかなければ……そんなありふれた「もしも」の事態で、即座に生活は破綻します。

 身の丈を超えた物件選びが、その後の運命を大きく左右してしまう可能性は決して小さくないのです。

 また就職氷河期世代の家賃滞納でよく見られるのが「親との不仲」です。親の世代は高度経済成長期を経験しており「就職はできて当たり前」と考えてしまう。だから子どもたちが就職で悩んでいても「お前の努力が足りないからだろう」「派遣の仕事は恥ずかしい」と突き放してしまうようです。親と一緒に住んで、自分のお小遣いと親へ食費を払うということであれば、生活は成り立つのにというケースもたくさん見てきましたが、「親を頼れない」「親と一緒に住めない」と言います。就職氷河期世代の悩みへの理解が親の世代にも広がって欲しいと思っています。

(太田垣 章子)

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