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【香港デモ】「逃亡犯条例」改訂が巻き起こした衝撃と市民の怒り - ふるまいよしこ

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共同通信社

銅鑼湾書店の悪夢再び――6月9日、香港の幹線道路でシュプレヒコールを上げながら練り歩いた103万人もの市民の心には、そうした思いがあったはずだ。香港では1989年5月末に当時北京の天安門広場に政治の民主化を訴えて座り込んでいた学生たちに声援を送るため150万人が行進した時以来となる、100万人を超える人たちが街に繰り出した。だが、少なくとも当時のそれは「抗議デモ」ではなく、中国政府に天安門に座り込んだ学生たちに耳を傾けよ、と呼びかける形での「声援マーチ」だった。だが今回は直接、怒りの声が香港特別行政区政府(以下、香港政府)に向けられた。

今回起きた抗議デモの大きさは、決して日本メディアが遠慮気味に伝えている「1997年の主権返還以降初」や「2014年の雨傘運動以降最大」などというものではなく、ほぼ香港史上最大のデモ行進だった。雨傘運動以降、中国による香港包囲網が着々と進む中、ここに来てこれだけの怒りを市民が爆発させたのは、香港特別行政区政府が今月末までに成立させようとしている通称「逃亡犯条例」改訂草案(以下、改訂草案)が香港市民にかつてない恐怖をもたらしているからだった。

中国に犯人の引き渡しができない現行「逃亡犯条例」

現行の「逃亡犯条例」は、香港がまだイギリス植民地下にあった1990年代に制定された。当時の宗主国だったイギリスが「コモン・ロー」(一般法)と呼ぶ法制度を共有する約20カ国に対し、長期的な犯罪逃亡者の引き渡しを行うことを認めた法律である。

この20カ国には日本は入っていない。日本はイギリス流の一般法ではなく、大陸法と呼ばれる法体系を採用しているからだ。だが、「犯罪人引渡し条約」という国際条約に基づいて、もし日本の犯罪者が香港に逃亡したと日本政府から引き渡し要請を行うことができることになっている。

現行の「逃亡犯条例」下の引き渡しへの手順を説明しておこう。引き渡し要請を受けた香港政府(施行当時は香港政庁、現在は香港特別行政区政府。以下、特に注記する場合を除き、後者を指す)は、まずその犯罪者の容疑が香港側が定める「逃亡犯引き渡しの対象犯罪リスト」46項目に該当するか、その懲役年数が1年を超えるかを確認した上で、香港の最高議決機関である立法会で個別討議を行う。そして引き渡しが可決されれば、今度は香港特別区行政長官(以下、行政長官と略。同条例制定当初は香港総督が担当)が逃亡犯条例に該当することを確認した上で香港の裁判所に逮捕令状発行を要請。それをもとに、司法担当機関が当該人物を拘束する。そして、その容疑が政治要因でないことを確認した上で正式に逮捕し、さらに行政長官が引き渡しを行うかどうかを勘案した上で、引き渡しに同意すれば、請求国に引き渡されることになっている。

簡単に言えば、犯罪者引き渡し請求を受けた場合、香港の行政、立法、司法のそれぞれのトップ機関の審査を経て、香港に紛れ込んだ犯罪者の引き渡しが行われてきた。

だが、現行の同条例にははっきりと、「中央人民政府あるいは中華人民共和国のいかなるその他の地区の政府を除く」という一文があり、これによって香港から中国国内、及びマカオや台湾への逃亡犯引き渡しはできないことになっている。

これはまず、中国及びこれらの地域の法体系がコモン・ローではなく、「大陸法」と呼ばれる体系をとっていること(これは日本と同じ)。さらに加えて、米の非営利団体「ワールド・ジャスティス・プロジェクト」(WJP)が各国・地域で行う法律の運用実態調査に基づき、毎年発表している「法の支配指数」(the Rule of Law Index)を参考に、香港より評価が劣る国や地域に対する適用を除外すると判断した結果だという。

実のところ、今では香港の主権国になった中国をその対象から除外することを明文化した法律が香港で未だに運用されていること自体、一般市民のほとんどがこれまでまったく知らなかったはずだ。

そこに、この4月になって林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が率いる政府がこの「逃亡犯条例」の改訂草案を立法会に提出した。そしてその草案で最も議論を生んだのが前述の一文を削除し、中国に対してもその要請により犯罪逃亡者を移送することができるとした点だった。

AP

台湾で起きた殺人事件への反省が改正案提出のきっかけ

改訂草案提出のきっかけは、香港自らがその必要に迫られたからだった。というのも、すでに多くのメディアが報じている通り、2018年2月に台湾で起きた殺人事件に対応するためである。

この事件は、当時カップルだった香港人男女が台湾に旅行に出かけ、そこで男性が女性を殺害したことから始まる。女性の死体を郊外に遺棄したその足で男性は飛行機に乗って香港に戻った。その後、被害女性の家族らの追及とその男性が女性の銀行カードを使って現金を引き出したことから、窃盗罪で逮捕された男性が女性の殺害を自供した。

被害者と容疑者とも香港在住の香港人だが、事件が起こったのは台湾なので台湾で裁かれることになる。しかし、香港と台湾の間には前述の除外文によって逃亡者の引き渡しができない仕組みとなっていた。女性の家族は台湾政府にも法による処罰を訴えたが、香港から容疑者が引き渡されなければどうしようもない。このため、香港政府は、窃盗罪で現在服役中の男性容疑者が今年10月に刑期満了で釈放されるため、その前に台湾への引き渡しを可能にしようと、この法律の改訂を急いでいる。

10月までまだ時間はあるが、それを急ぐのは香港側の都合もある。というのも、香港の最高議決機関の立法会が毎年6月30日にその年度会期を終え、休暇に入ることになっている。次年度会期は10月1日から始まるため、この6月中に可決、施行のめどが立たなければ、当該容疑者の釈放に間に合わないことになり、釈放された容疑者が中国など台湾との犯罪人引き渡し条約を結んでいないところに逃げ込んでしまう可能性がある。

改訂草案(正式名は「2019年度逃亡犯及び刑事事件の相互法律協力法例(改訂)条例草案」)は4月2日に議会に提出される前の2月14日から3月4日まで一般公開され、市民の公開諮問にかけられていた。この間はここまで大きくニュースに取り上げられることはなかった。この公開諮問において改訂賛成派は「法律の穴を埋める」「香港が逃亡者のパラダイスにならないため」を理由に上げ、一方で反対者からは中国国内の司法制度の不透明さ、またこの改訂草案の「逃亡犯引き渡しの対象犯罪リスト」にも不満の声が上がったとされる。

一方で、議会提出直前の3月末になって香港政府はビジネス界出身の親中派議員の圧力を受けて、「逃亡犯引き渡しの対象犯罪リスト」から経済に関連する9項目を削除。これが「一部の利益を優遇している」と民主派議員たちの激しい反発を招いた。

そこから改訂草案の内容が大きく報道されるようになって、市民の心に浮かんだのが冒頭に上げた「銅鑼湾書店事件」の再来であった。

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