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『つみびと』から、大阪二児置き去り死事件を思う。の巻 - 雨宮処凛

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 痛ましい児童虐待の事件が続いている。

 昨年、目黒で命を奪われた5歳の結愛ちゃん。そして今年、千葉県野田市で虐待の末亡くなった10歳の心愛ちゃん。また、最近も札幌で2歳の女の子が衰弱死し、母親と交際相手の男が逮捕されている。女の子の体重は、2歳児の平均を大きく下回っていたという。

 年間の虐待件数は13万件を超え、そのうち、死亡したのは49人。主たる加害者でもっとも多いのは実母で、全体の61%を占めているという。

 そんな児童虐待について考える時、必ずと言っていいほど思い出すのはあの事件だ。

 2010年夏、大阪のマンションに子ども二人を置き去りにして死なせたシングルマザーが逮捕された事件。クーラーもつけない部屋で、飢えと渇きの果てに幼い子ども二人が亡くなったというあまりにも痛ましい事件。日本中の人々が胸を痛め、そうして母親・A子が猛烈なバッシングに晒された。風俗店で働いていたことやホスト通いなどがことさらに強調され、「鬼母」などと騒がれた。

 そんな喧騒を見ながら、思っていた。もちろん、A子のしたことは絶対に許されることではない。しかし、なぜ、彼女「だけ」がこれほどに責められるのだろうと。元夫や彼女の周りにいた大人たちはなぜこれほどに免責されるのだろうと。

 この事件でもっとも疑問に思うのは、なぜ、二人の幼い子の命が、未熟すぎる母・A子に預けられたのかということだ。なぜ、周りの大人たちはそれでよしとしたのか。なぜ、ほとんど働いたこともない20代前半の彼女が、養育費をもらわず、誰のサポートもなく3歳と1歳の子どもと自身の生活費を稼ぎながら子育てができると思ったのか――。

 離婚の原因は、彼女の浮気だった。そのことにおいて、彼女に責められるべきことはあっただろう。しかし、それと「子どもの安全」はまったくの別問題である。彼女はまるで厄介払いでもされるように、子どもとともに家を出された。

 夫とその親にしてみれば、「結局は自分の実家に泣きつくだろう」という思いがあったのかもしれない。が、A子に頼れる親はいなかった。だからこそ彼女はすぐに現金を得られる仕事として、水商売、風俗に流れていく。しかし、危機はすぐに訪れる。子どもが熱を出してしまったのだ。連絡したのは、熱血漢のラグビー指導者として知られる父親。この父親は、「子どもがインフルエンザかもしれないので面倒をみてほしい」と助けを求めた娘に、「急に言われても仕事もあるし」と断っている。

 のちにそのことを父親は裁判で、「急なことを言ってきて無理だ。勝手なことを言うな、という気持ちがあった」と語っている。また、そうやって突き放すことで娘が成長するのでは、というようなことも別の場で語っている。典型的な「根性論」が、孫の命を奪うことにつながってしまった。彼女は父親の態度によって「誰も助けてくれない」という思いを募らせていったからだ。

 一方で、A子が子どもの頃に家を出ていった母親は精神的に不安定で、頼れるような状況ではなかったという。

 事件について詳しく取材した『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』(杉山春/ちくま新書)によると、離婚するまでのA子は、びっくりするほど真面目に子育てをしていたという。が、自身の浮気からあっさりと離婚が決まってしまう。話し合いの場には夫、夫の両親と自身の父親、父親の交際相手がいて、彼女が一人で子どもを育てることが決まってしまう。

 彼女は裁判で、その場で「私には育てられない」と言ったと述べている。「今までもきちんと働いたことがないし、皆の協力があったからやってこれたことはわかっていた」からだ。しかし、「母親から引き離すことはできない」と言われたという。その場にいた皆から言われた気がしたそうだ。

 「育てられないということは、母親として言ってはいけないことだと思い直しました。自分はひどいことを言ったのだと思いました」

 この瞬間、幼い二人の運命が、ほぼ決まった。そうして放り出された若い母親と二人の子ども。彼女は、以下のような誓約書を書かされている。

・子どもは責任をもって育てます。
・借金はしっかり返していきます。
・自分のことは我慢してでも子どもに不自由な思いはさせません。
・家族には甘えません。
・しっかり働きます。
・逃げません。
・うそはつきません。
・夜の仕事はしません。
・連絡はいつでもとれるようにします

 こうして、すべての退路が断たれた。それから1年と少し。二人の子どもは変わり果てた姿で発見される。

 親子3人が半年間住んでいた部屋は、越してきて以来、一度もゴミ出しをしていない状態だったという。彼女の心は、子どもを置き去りにするずっと前から、もう修復できないほどに壊れていたのかもしれない。

 ここまで大阪の事件について書いてきたのには理由がある。

 それは小説『つみびと』を読んだからだ。著者は、山田詠美氏。山田詠美氏がこの事件をモチーフにして小説を書くことを意外に思ったのは私だけではないはずだ。「灼熱の夏、彼女はなぜ幼な子を置き去りにしたのか」。帯にそんな言葉が躍る本書のページを開いたが最後、ほとんど一気読みした。読み進めるのはあまりにも苦しかったけれど、どうにも止まらなかった。

 小説は、それぞれの視点から進んでいく。若いシングルマザーの蓮音。その母親の琴音。そして置き去りにされる「小さき者たち」。

 小さき者たちは、母親が大好きだ。だけど小さき者たちから見える母親は、いつもいろいろな人たちに怒られ、なじられている。そんな時、母親はいつも「毛を逆立てた猫のように」なり、その場を去ることしかできない。その後一人で泣き、時には「ふざげんな」と毒づき、そして時には、「駄目だなあ、私の人生」と呟く。

 そんな母が外出したきりの期間がどんどん延びていく経過が、小説では丁寧に描かれる。置いていく食事も、お菓子などだんだん腐りにくいものになっていく。母親は子どもたちと一緒に食事をとることも、一緒に風呂に入ることもなくなっていく。やっと戻ったと思っても、着替えだけをバッグにつめて慌ただしく出ていってしまう。

 「私、何やってんだ…ほんと、何やってんだよ。もう! でも、もうどうにもならない…もう、どうにもなんないんだよ…」と言いながら。

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