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人生の終盤をどう生きてもらうかーサイエンスだけでは、その答えは見つからない - 「賢人論。」第92回山口周氏(前編)

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現在、外資系コンサルティング会社でシニア・パートナーを務める山口周氏は、大学で哲学を、大学院で美術史を研究してきたという異色の経歴の持ち主。その広範な視野と深い教養に裏打ちされた鋭い知見は、しばしばメディアに取り上げられ、各方面で話題を呼んできた。2017年には『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』(光文社新書)を刊行、多くの固定ファンを獲得している。そんなコンサルティング界の異才は、現在の介護現場をどう見ているのか。山口氏独自の視点と発想に迫る。

取材・文/盛田栄一 撮影/公家勇人

日本人には「宗教」という精神的なバックボーンがない。弱いもの、小さいものへの慈しみのまなざしをどう獲得するか

みんなの介護 介護の現場では、相変わらず深刻な人手不足が続いています。労働環境はなかなか改善されず、介護スタッフによる高齢者への虐待など、悲しいニュースを耳にすることも少なくありません。

山口さんは著書のなかで、ビジネスにおける「美意識」の重要性に言及されていますが、介護の現場に美意識が導入されれば、現場はもっと働きやすくなるようにも思います。介護の現状について、山口さんはどのような印象をお持ちですか?

山口 介護現場の方たちは、すでに十分努力されていると思うし、現場を知らない門外漢の私がコメントすべきことではないような気もします。

ただ、漏れ伝わってくる情報をもとに言わせていただくと、介護の現場は、「人生の終盤をどう生きるか?」という命題と深く関わっているはず。スタッフの方たちの立場から言えば、「人生の終盤をどう生きてもらうか?」ですね。そして、その命題については、効率や生産性といった「サイエンス」だけでは答えが得られないと考えています。

先般、ある社会学者の人が「終末期医療は必要ない」と発言して物議をかもしました。「サイエンス」の立場から発言すると、どうしてもあのような内容になってしまうんでしょうね。しかし、人が人生の最期をどう迎えるべきか考えるとき、美意識、人生観、生命倫理など、数値化できない要素がどうしてもかかわってくる。だから介護という仕事にも、他の仕事以上に、美意識が強く求められるのではないでしょうか。

みんなの介護 人が人生の最期をどう生きるかという問題は、哲学にもかかわってきますね。山口さんの著書を拝読すると、ヨーロッパでは文系・理系を問わず、基礎的な教養として哲学教育が重視されているとか。

一方、わが国では、哲学について学ぶ機会はほとんどありません。こうしたことは、わが国の介護の在り方に、何か影響を与えているでしょうか?

山口 人生観や生命倫理に関して、日本と欧米で最も異なっているのは、精神的なバックボーンとして「宗教」の基盤があるかどうか、ですね。

欧米の場合、大抵の人がキリスト教徒として幼い頃から聖書に慣れ親しんでいます。実際、新約聖書やマタイ伝などの福音書を読むと、「弱者への慈しみのまなざし」という学びが書かれていますね。そしてイエス・キリストが実践したように、弱いもの、小さいものは慈しみ、大切に守ってあげなければならないと教えられます。

みんなの介護 聖書をもとにした倫理観があるから、年老いて弱っていく人に、自然と慈しみのまなざしが向けられるのですね。

山口 ところが日本には、欧米人にとってのキリスト教のような、精神的な支柱となりうる宗教がありません。近親者が亡くなったとき、多くの日本人は仏式で葬儀を営みますが、必ずしも仏教徒というわけではない。

かつて日本の家庭では、仏壇とご先祖様の遺影が「倫理システム」として機能していた

みんなの介護 確かに、日本人の多くは基本的に無宗教ですよね。

山口 それでも、一般家庭が核家族化する前の、大家族時代の日本では、宗教に近い「倫理システム」が機能していました。そのシステムを支えていたのが仏壇であり、仏間の長押に掲げられていた、曾祖父・曾祖母などご先祖様の遺影です。

仏壇の扉が開いている限り、めったなことはできません。また、ご先祖様の写真に四六時中見下ろされていれば、ご先祖様の手前、恥ずかしいことや人の道に反することなどできませんでした。

このように、かつての日本人には、ご先祖様から、あるいは神様仏様から「常に見られている」という感覚がありました。それが一種の抑止力として働いていて、あんまりデタラメなことはできなかった、という側面があったと思います。

ところが、現代の一般家庭には、仏壇もなければ、ご先祖様の遺影もありません。もはや、私たちをうるさく監視するものはいなくなったのです。

みんなの介護 そう言われてみると、「誰かに見られている」という感覚は、あまり感じなくなったかもしれません。それと同時に、駅や電車内、学校や病院などのパブリックスペースで、節度ある行動を取れない人が増えたと言われています。

山口 ご先祖様の監視態勢から逃れた今、私たちは何でもアリの、一種の暴走状態になっていますね。人々の倫理性は希薄になり、品位や人間性はさておき、「たくさんのお金を効率良く稼げる人がエラい」という価値観が生まれてしまった。こうした環境では、自分なりの美意識を持って介護の仕事に取り組むことは、難しいかもしれませんね。

ともあれ、仏壇・遺影という倫理のシステムが崩壊したことは、今、家庭内を含むあらゆる場所で、さまざまな虐待や暴力が横行していることと無関係ではない気がします。

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